第38話 人型拘束(ホールド・パーソン)とゴブリンの群れ


 商業都市セキザンからグランダライまでは街道を歩いて十日の道のり。もっともそれは晴れが続いて旅が順調ならば…という前提、だけど雨の降る日もあれば風が吹く日もある。つまり十日の予定も天気が悪かったりすれば伸びる。他にも邪魔する者が現れればこれまた長くなるものだ。


 それに最初に気付いたのはメイメイさんだった。山道の途中で木々の中を動く多数の気配を感じたという彼女は僕達をその場に残すと同時に偵察に出た。三姉妹の中で最も身の軽い彼女は斥候役も兼ねているのだ。


「ゴブリン…、三十…、大きい個体…、一匹…」


 ルイルイさんが呟く。


 斥候で最も敵に接近しているのがメイメイさん、僕はルイルイさんとサリナさんと待機…足元にはシトリーとアヌビスもいる。その僕達とメイメイさんの中間にいるのがアイアイ、おそらくメイメイさんが声を出さずに手信号ハンドサインで伝えてくる敵の情報を同じようにアイアイがこちらに送ってくる。それを判読しルイルイさんが一瞬思考を巡らせる。


「ゴブリンか…、倒さない訳にはいかないな。移動しているのはどこかの村落にでも襲撃でも企んでいるからやも知れん。尚更なおさら見過ごす訳にはいかん…」


 サリナさんが呟いた。それはまさしく領民を守ろうとする騎士の顔だった。


「だが、三十か…。危険な数だ、大型個体もいるとなれば…」


「姫様は倒したいと…?」


 声を落としてルイルイさんが尋ねる、即座にサリナさんが頷いた。その顔をルイルイさんは真面目な顔でまっすぐに見つめた。


「行きましょう」


いのか?」


「ええ」


 そう応じるとルイルイさんは中間地点にいるアイアイに手信号を送った。それを見たアイアイが同じように前方に合図を送った。


「姫様はあの茂みが途切れる場所で待機を。飛び出してきたゴブリンを不意打ち気味に突き伏せ敵の足を止めて下さい。妹二人は下がらせ姫様の両脇の茂みに潜ませ後に続くゴブリンを攻撃させます」


「そなたは?」


「私は今先頭にいるメイメイと位置を交代、ゴブリンに魔法を仕掛けてなるべく多くを眠らせて参ります。その後、おとりとなってこちらに逃げ戻ります。ゴブリンは仕掛けてきたのが女と知れば必ずや追って参りましょう。そこを迎え討つ…、姫様達の攻撃により敵が足を止めた後は魔法で援護に徹しましょう」


 サリナさんが心得たとばかりに頷く。


「デンジさん、あなたはいつものように…」


 そう言うとルイルイさんが素早く動く、あっと言う間に山道脇の森の中に消えていった。


「デンジ殿、そなたは建物を出し中にこもるのだ。そうすれば敵は手出し出来ぬのであろう?」


「は、はい」


 僕はすぐに店舗を呼び出す、丁度茂みから飛び出てきたゴブリンを待ち構えるサリナさんの後方に位置だ。


「ふむ、これはありがたい。敵にこの位置なら我が背後をかれる恐れはなくなった」


「危なくなったらすぐに店の中に駆け込んで下さい」


「心得た」


 サリナさんが返事をしたと同時にアイアイとメイメイさんが戻ってきた。サリナさんを中央に見立て少し離れた両翼をそれぞれ固めるようにして茂みの中に身を潜めた。


 僕は店舗スペースの片隅に置いていた洞窟内で仲間割れをして死んだ冒険者達の持ち物の中から棍棒クラブを持ち出した。木製バットくらいの大きさを手に取ったのは丸腰でいるよりはずっとマシだと思えたから。シトリーとアヌビスは僕のそばにいる。


「まあ、問題はなかろうて。此奴こやつらなら8割がた勝てるであろう」


「うむ。主に危機が迫るなら我も動くがそうでないなら手は出さぬ。…む、仕掛けおったな」


 二匹は僕にだけ聞こえるように言うと僕の足元で丸くなる、ただの子猫と子犬を演じるつもりのようだ。


「来るぞ!」


 ガサッ!!


 ルイルイさんが茂みの向こうから飛び出してきた。


「眠らせたのは十匹!」


 そう言ってサリナさんのすぐ脇を通り抜ける。


 ガサ、ガサッ!!


「ギギャア!」

「ギャア!」


 続いて奇声を上げながら緑色の肌をした人間より一回りか二回り小さい人型の何かが飛び出して来た。ルイルイさんを追って来たのだろう、それが二匹。頭は禿げ上がり、ボロボロの毛皮を体に巻き付けているかのような格好だ。瞬時にサリナさんの槍が雷光のように鋭く動きゴブリンの喉元を突く。


 二匹は逃げるルイルイさんを勝ち誇ったような顔で追いかけていたが、サリナさんが槍を突き入れると何が起こったか分からないといった表情を浮かべていた。


 それからさらにゴブリンが次々と飛び出してくる、そのうちの一匹は既に倒れている一匹のゴブリンに足を取られて転ぶ。全力疾走だったのだろう、勢いよくゴロゴロと店の前まで転がってきた。


あるじ、やれーッ!!」

「それを頭に振り下ろすのじゃ!」


「ギ、ギギ…」


 起き上がろうとしたゴブリンが顔を上げた、憎々しげな視線をこちらに向けた。今にも殺してやる、そんな事を言っていそうな目だった。


「う、うわああ!」


 圧倒的に有利な体勢、ゴブリンは地面にうつ伏せに倒れ武器すら手にしていない。一方、僕は立っている状況で武器まで手にしている。店から飛び出していって殴りつければ良いだけなのに戦闘なんてした事がない僕はゴブリンを前にして棍棒を振り下ろせずにいた。


人型拘束ホールド・パーソンッ!!」


 ルイルイさんの声。見れば起き上がろうとしたゴブリンに白く光る縄のようなものが巻きついた。まるで縛られるようにゴブリンが両手両足を拘束されジタバタともがくくらいしかできない。


「デンジさん、今ッ!」


 ごつっ!!


 ルイルイさんの弾かれるように動いた僕はゴブリンの頭に棍棒を振り下ろした。


「ギ…!」


 殴りつけたがゴブリンはまだ動きをやめない。二度、三度と棍棒を振り下ろすとだんだんと動きを弱めていき、ついには動かなくなった。


「はあっ、はあっ…」


 声となってしまうくらい荒い息を吐く、僕は全力でという言葉でも足りないくらいにりきんで棍棒を振るっていたらしい。


「そろそろ大物が来るよっ!」


 アイアイの声に我に返るとすでに何匹ものゴブリンが倒れている。見ればサリナさんが茂みから現れたゴブリンを槍で牽制けんせい、そこをアイアイとメイメイさんが横腹をく。


 アイアイは長い革紐のような物の両端に分銅ふんどう…重りのような鈍器が付いている武器を振り回している。ゴブリン達は棍棒やどこかで拾ったような錆びた刃物を手にしている。それを使ってアイアイの攻撃を受けようとするが特殊な武器のせいかまともに受けができない。できたとしても簡単には止まらない、紐状の部分が棍棒に触れてもそこからクルリと巻きつきゴブリンの側頭部を打ち骨を砕く音がする。


 一方、メイメイさんは取り回しの良さそうな長さの剣を扱っている。素早い動きで近付き背後を取ると一突き入れる、素人目にも心臓とか首とか急所への一撃だというのが分かる。時に蹴りなども使って縦横無尽、さらには高低差も使って立体的な攻撃を仕掛けている。


 しかし戦っているのは三人、大量に押し寄せるゴブリンに対して手数が少なくなりがちだ。ノーマークになるゴブリンが出てくる。そこをルイルイさんが先程の魔法を使って拘束する。動けなくなったゴブリンを三人のうち手が空いた者がトドメをさしていく。


「グルアアアァァッ!!」


 そこに周囲に五匹ほど連れて人間より大きなゴブリンが現れた。群れのリーダーなのか、身につけているのもれっきとした革鎧レザーアーマー。手には大振りな蛮刀と言えそうな物を持っている。


睡眠スリープ!」


 始めにルイルイさんが仕掛けた。リーダーの周囲にいた五匹のうち、四匹がバタバタと倒れた。そこをすかさずサリナさんが槍を振るってリーダーに向かう。眠らなかった一匹がリーダーを守ろうとその間に入る。


「グギャア!」


 リーダー達二匹の後ろから悲鳴が上がる、倒れたゴブリンに飛び乗るようにしてメイメイさんが下向きに剣を突く。グッと膝に力を溜めるとメイメイさんが再び宙を舞う。


 ひらり。


 空中で一回転、その着地点には別の眠っているゴブリン。


「ギィッ!」


 正確に二匹目の首に突きを入れる。


「ギャッ!?」


 背後に気を取られた眠らなかったゴブリンをサリナさんが突いた。隙だらけ、見逃すはずがなかった。


 残る二匹はアイアイがいつのまにか倒していた。残るは大きなゴブリンのみ。


 足元を確認しながらリーダーと見られる個体と切り結ぶ事になる三人がゆっくりと包囲にかかる。三人の中で一番遠い間合いから攻撃できるサリナさんが牽制気味に仕掛けた。それをリーダーはきっちりと武器で受ける。反撃に転じようとしたゴブリンのリーダーにアイアイがフォローの攻撃に入るが敵もさるもの。見事にかわされた。


「アイアイ、下がって!」


 だんっ!と派手な足音をさせメイメイさんが剣を振りかぶる。それに反応してリーダーはメイメイさんに注意を向けた、しかしそれはメイメイさんのフェイント。最初から切りつけるつもりはなかったようですぐに間合いを取る。一旦仕切り直しとなった。


 再びサリナさんが仕掛けた、同時にアイアイとメイメイさんも仕掛ける。今度は一斉攻撃のようだ。


人型拘束ホールド・パーソン


 リーダーに光る拘束縄のようなものが絡まる。


「ゴガァッ!!」


 リーダーが一声大きく吠えた、すると拘束が解けリーダーが動き始める。しかし魔法を解く為に動きが一瞬遅れた。


「十分な支援だ!」


 サリナさんの突きを武器を受けようとしたリーダーだが動き出すタイミングが遅れ脇腹を突かれる。たまらずといった感じでリーダーから悲鳴が上がる。痛い筈だよ、日本の古い刑罰の一つはりつけの刑は槍で脇腹を突くという。すぐには死なないがその苦痛は大変なものだそうだ。生前の罪を思い起こさせるためにわざわざそうするのだという。


 そこにアイアイの分銅がリーダーの額のあたりを打ちつけた。脳震盪を起こしたかリーダーがフラフラとたたらを踏んだ。


 その背中にメイメイさんが組みついた、おんぶされるような姿勢だがその手には刃が握られている。


 どすっ!


 背後から首への一撃!そのまま剣を刺したままメイメイさんがリーダーの背中を蹴って宙を舞う。くるくると回転して綺麗な着地を決めた。


「周囲に気配は…、無し。眠らせているゴブリン達くらいね」


 周囲に気を配りながらメイメイさんが口を開いた。


「ならば目を覚ます前にトドメをさしてしまおう」


「賛成、どこかに逃げ延びられたら他の人を襲うかも知れないし」


 サリナさんとアイアイが残るゴブリンを掃討しようと話している。


「なら三人で行ってらっしゃいな。起きる前に」


 そんな三人にルイルイさんが声をかけた。息こそ切らしていないが額には少し汗が浮かんでいる。


「姉さんは大丈夫?あれだけ魔法を使ったら…」


「私は一足先に休ませてもらうわ、デンジさんのお店の中なら敵意を持つ者は入って来れないから」


「分かった、行ってくるね。ルイルイねえ


 そう言うと三人は森の奥へと向かった。眠らせた残り十匹ほどのゴブリンにトドメをさしに行ったのだろう。


 戦闘が終わると途端に静かになり急に自分の手にゴブリンを力任せに殴りつけた気色悪い感触が蘇ってくる。


「は、ははは…。ぼ、僕がゴブリンを…」


 手にかけた…、そう言いかけてから不意に体に震えが走る。殺したんだ、そんな思いが頭をぎる。


 これがゲームなら『攻撃』のコマンドを選択し『◯◯のダメージを与えた』と言うテキストが流れヒットポイントがゼロ以下になれば倒した事になる、ただそれだけの事だ。

 

 だがここでは実際に生きていたゴブリンを滅多打ちにして殺したんだ。その事実に体は震え、そして重く感じる。


 すっ…。


 僕の頬にルイルイさんがそっと触れた。


「中に…戻りましょ。ね?」


 目の前にルイルイさんの綺麗な、それでいて優しげな顔があった。

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