第36話 シトリーとアヌビスと傳次郎

 サリナさんは公国の姫君であった。…が、本人はそんな肩書きはどうでも良いようでそれから後は塩の取引の話に終始した。


 グランダライ公国に向かう道中にはルイルイさん達が引き続きついてきてくれる事になった。新たに人を雇いに動き回らずに済むのでありがたい申し出だった。


「ねえシトリー、アヌビス」


 僕は自室に戻るとついてきた二匹に声をかけた。


「なんじゃ?」

「どうした、主よ」


 部屋に入るなり二匹は部屋に敷きっぱなしだった布団に一目散。二匹仲良く陣取っていた。僕も布団の上にあぐらをかいて座った。


「まずシトリー、君はひょうの体にグリフォンの翼を持つ序列第十二位の魔界の大公爵…なのかな?」


 僕は目の前にいる翼が生えている事を除けば子猫然としているシトリーに尋ねた。


「ふむ…、まあ大体合っておるの。じゃが十二位というのは…」


「え、違うの?」


「魔界の中というのは混沌としておる。今の妾はこの通り幼体じゃ。成長すれば前にも勝る力を得るであろうが、この体では十分に力を振るえぬ。ゆえに妾の序列は下がっているであろう、実力ちからこそ全て…それが魔界じゃ。序列は常に変動する」


「なるほどね。だけどどうして幼体に?」


「転生の秘術を用いたのじゃ。生まれ変わる事により今までの実力ちからに新たなものを得ようととしたのじゃ。言った通り魔界とは実力の世界、常に何かを得ていかねば食う側が食われる側になるとも限らんからの」


「…生死をつかさどる我の前でよくもぬけぬけと転生などと口にするものだ…」


 シトリーの話にアヌビスが不満そうに言った。


「ま、まあまあアヌビス。き、君は人と同じような体に狼の頭部を持つ冥界の神…って事で合ってる?ミイラ作りの神でもあるとか…」


あるじよ、その通りだ。しかし神族とはいえ主神ではない我の事を…、主は神学に相当通じておるのか?」


 狼とはいうが今はただの可愛い子犬にしか見えないアヌビスが応じた。

 

「い、いや…、たまたま知る機会があって…」


 シトリーとアヌビス、実は日本では悪魔を合体させたりして戦力を強化していくゲームがあり、それでシトリーとアヌビスの名前が出てきて覚えていた。


 そして日本に戻った時にネットでシトリーとアヌビスの名前を検索。そして見つけた記事をプリントアウトしておいたのだ。それを読んでいた僕は二匹がくらいに思っていた。


 だが、先程のサリナさんとの会話で出てきたオーディン…。たしか北欧神話に出てくる神だ、そんな存在がいるというならシトリーにせよアヌビスにせよこの異世界では実際に存在するのでは…僕はそう思った訳だ。


「我は冥府において生死を…、とりわけ転生を司る。転生とは冥界に来た者がしかるべき時を経て物質界に再び生を受ける事。それなのにそこな野良猫…、此奴こやつはその摂理に反し自らの邪法をもって現れた。ゆえに我はこの者を滅するために降り立ったのだ」


「ふん!妾を滅するじゃと!?面白い、できるものならやってみるのじゃ!貴様こそ冥界に叩き返してくれる!」


「言うたなぁ!?ならば我はその豹の首を取って魔界に蹴り落としてやる!」


 たちまち布団の上で二匹の睨み合いが始まった。ふしゃー、くぉるるる、見てる分には可愛いが二匹の視線がぶつかるとバチバチと雷光のようなものが弾ける。


「ちょ、ちょっと待った!!」


 僕は慌てて二匹の首ねっこを捕まえた。


「ふにゃ!」

「くぅん!」


 二匹の動きが止まった。


「だ、駄目だよ!ケンカしちゃ!」


「や、やめるのじゃ!首根っこを抑えではならん!」

「ぐ、ぐぬぬ!動けん」


 二匹の動きが止まった。


 あ、たしか猫は母親が子猫を咥えて運ぶのに首根っこを噛むっていうよなあ。そうすると子猫は動きを止めてなすがままになるって…。


「ねえ、ケンカは駄目って言ったよね?」


「し、しかし此奴こやつとは不倶戴天ふぐたいてんの敵!」

「摂理に反する生を受けた者をほふるは我が使命!」


「それでも、だよ。たしかにシトリーにもアヌビスにも僕には分からない事情や譲れない事があるのかも知れない。だけど何日かだけど一緒に過ごしたり、今だってこの布団で隣同士で丸くなってたじゃないか。一緒にいられるんだよ、君達は」


かせ、妾には此奴と交わす言葉なぞ持たぬのじゃ!」

「離すがいい、主よ。我とは相容あいいれぬ存在、滅するのは道理!」


 二匹は相手を敵だと決めつけている。だけど歩み寄る事ができれば…、主義主張は違うが何か少しでも共通点はないのか…、僕は必死に考えた。


「相容れない存在なんて悲しい事言うなよ。君達に同じような目標でもあれば…」


「無いのじゃ!」

皆無かいむッ!!」


 二匹が同時に叫んだ。


「じゃ、じゃあマウローの冒険者ギルドで僕が絡まれていた時にシトリーもアヌビスも同時に飛び込んできたよね。あれはなんで?」


「それはなんじに死なれたら困るからじゃ!お主が差し出したあの乾燥させた食物しょくもつは美味いのじゃ!それにその後に出したあの『ち◯ーる』というのはまさに格別、それゆえ密かに後をけていたのじゃ」


「我はあるじと認めし者を影ながら見守っていたのだ。その主が危機ともなればさんじるのが道理というもの。結果、主は我を迎え寝食を共にしている。さらには至高の美味『わんち◯ーる』を下賜かしされる厚遇、これに勝る喜びはない」


「……………」


 エ、エサに釣られてかよ!だ、だけど、それなら!


「ねえシトリー、アヌビス。僕の故郷ではね、同じ食卓を囲むのは家族とか…あるいは友人とか仲の良い関係なんだ。君達と僕は同じ食卓を囲んできた仲…、仲良くしなくてはならない」


「誰がするかッ!」

「拒否!」


 二匹は揃って反対し、唸り声を上げ始める。


「そしたら…困ったな」


「何がじゃッ!?」


 シトリーが即座に反応した。


「仲良くないと僕は食卓を囲まない。そしたらシトリー、カリカリのごはんも『ち◯ーる』も出さないよ」


 ぴくっ!


 シトリーが分かりやすいくらいに体を反応させると動きを止めた。チャンスだ!


「アヌビス、君は僕を主と認めるなら期待に応えてくれるよね?それなら明日も『わんち◯ーる』をあげるからね」


「もちろんだ!主よ!」


 しゅたっ!


 アヌビスは即座に僕の膝にお手をした。


「ははは、アヌビスは可愛いなあ。よし!じゃあ、もう一個『わんち◯ーる』いっとく?」


「うむ!あんな野良猫は放っておくと良いのだ」


 僕が『わんち◯ーる』を取り出すとアヌビスはブンブンと尻尾を振っている。


「ま、待て待て待て!?どうしてそうなるのじゃ!?」


「え?だって、殺し合いをするような存在と僕は仲良くごはんを食べられないよ。ねえ、アヌビス?」


「うむ、まったくもってその通りであるな」


「むむむ…、ええい!分かった、妾もしばらく休戦としてやる!和睦わぼくじゃ、和睦!これでよいのじゃろ!?」


「でもなあ、食べ終わったらすぐ約束を反故ほごにされたりでもしたら僕だけバカを見る羽目になるし…」


「まだ言うか!妾も魔界の公爵なのじゃ!守護する者に嘘などかぬ、馬鹿にするでない!」


「分かった分かった、ほらおいて!」


「ふん!」


 ぴょんっ!


 口では不満そうにしながらもシトリーは僕の膝の上に飛び乗った。


「さあ、妾も『ち◯ーる』を所望するぞ!なあに和睦の約束くらいならいくらでも守ってやるぞ。せいぜい五十年か百年といったところであろ?魔族の妾にとってはしばしの暇つぶしじゃ、どうという事はない」


 『ち◯ーる』をねだりながらシトリーが言った。


「シトリー…、それとアヌビスも聞いて。僕らはきっと縁あってここにいるんだよ。だからさ、いがみ合うだけじゃなくて理解し合えたら良いなって思うよ。五十年か…、それまでに君達が理解し合えていたら嬉しいよ」


 ぺろぺろとすっかりお気に入りになったものを舐めている二匹を見ながら僕は呟いていた?

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