第28話 金貨六枚、ギルドの洗礼


胡椒こしょう、売りたいんやて?」


 商業ギルドのカウンター奥に消えた受付嬢を待つ事およそ一分、受付嬢が中年で太り気味な男を連れて現れた。


「はい、これですが…」


「ふうん…、けったいなビンに入っとるけど確かに中身は胡椒みたいやな。どれ、セキザン商業マスターのこのワイがしっかり見定めさせてもらおか」


 受付嬢が連れてきたのはギルドマスターであるらしい。単純にここのマスターなら最高意志決定者だろう。僕は素直に話が早いと少々いけすかないと思っていた受付嬢への評価を修正しようと思った。


 ギルドマスターはガラス製の容器を手に取ると色々な角度から眺めている。時折ビンを振り中身を振って確かめている。それから先程僕がビンの上方に付随しているミルで粉砕したばかりの香りの強い胡椒に鼻を寄せたり、指先ですくうとペロリと舐め味を確かめている


「ビンの中に入っとるんは粒の黒胡椒や。せやけどこっちの胡椒はちんまい粒々になっとる、この二つは別々のモンなんか?」


 僕はその質問にこのビンの使い方を示す事で応じる事にした。


「これはこうやって使ってやる事で…」


 がりがり…。


 僕は声をかけながらミルを捻る、するとまた新たな粉末が紙の皿にパラパラと落ち再び香り高い胡椒独特の匂いが鼻をついた。ギルドマスターは目を見開き、続いて鼻をヒクヒクと動かした。胡椒の香りを、さらには風味を十分に感じているのだろう。手応えアリ…、僕にはそう感じられた。


「あんさん、これ何個ナンボ用意できるんや?」


 値踏みするような目でギルドマスターがこちらを覗き込んでくる。


「十個」


「ま、ええやろ。それならうたろ。買値はギルドの定価でさせてもらうで。一瓶十万ゴルダ、全部で百万ゴルダや。アンタ、儲けたな」


 そう言ってギルドマスターは受付嬢に目配せすると彼女は布張りの皿のような物に何やら起き始めた。


 ちゃり…。


 どうやらなんらかの硬貨のようだ。百円玉とかが立てる音よりはるかに甲高かんだかい音。少なくとも銅貨が立てるような音ではない。


「こちらです」


 またもや語尾の音が上がる口調で受付嬢がカウンターの上に布貼りの皿を置いた。そこには六枚の金貨があった。


「え!?なんだこれ?」


 僕は思わず声を上げていた。


「なんやコレとは大概やな。アンタが胡椒売って得るゼニやないかい」


 平然とギルドマスターが言ってのけた。


「お金って事は分かるよ。だけどなんでこうなんだ?」


「ハア!?アンタ、何言うてるんや?」


「僕の売り上げは百万ゴルダだろ!?だけど出てきた金貨は六枚。百万を六で割ったら16万6666,666…、割り切れる数字じゃあない。これが五枚とか四枚ってならまだ分かるよ、それぞれ金貨一枚の単位が二十万ゴルダとか二十五万ゴルダって事になるから。だけど、六枚じゃどうしたって百万が割り切れないじゃないか」


 僕は憤慨して言ったのだがギルドマスターはどこ吹く風、涼しい顔して口を開いた。

 

「アンタが数字に強い事は分かったけど一つ抜けとる事があるで」


「抜けてる事?」


 なんだそれは?さっぱり思い当たらない。


「アンタ、商業ギルド員やないやろ?だから手数料が発生するんや。売り上げの四割、百万ゴルダから四割引いたら六十万ゴルダや。せやからワイらは金貨六枚、ちゃあんとミミィ揃えて出したんや。せやからアンタ、はようビン入りの胡椒を十本出してんか。チャッチャッとしいや」


 はあ?四割だァ?あらかた手数料とやらで中抜きされてしまうじゃないか。


「なんや、あんさん売るんはイヤか?」


 不意に声をかけられる。


 声をした方を振り向くと街行く人よりやや身なりの良いこれまた中年男が声をかけてきた。


「話は聞かせてもろたで。なんならワイが買おか?ギルドよりたこう買いまっせ。なんと六十五万万ゴルダや!もちろん個人間の取引、手数料なんかいりまへん。話やろ?さあ、ワイに売りなはれ」


 新たに声をかけてきた男はニコニコ顔で僕にそう言った。


「ほな、ワイは六十八万!」


 別の男が声をかけてきた。


「いやいやこっちは七十万や!一番高たこ買いまっせ!!」


 この男は右手の五指全てと左手の指を二本立て金額を口にした。


「確かに七十万なら最初の提示額と比べて十万ゴルダ増えましたね」


「せやろ?だからワイに売って…」


 七十万ゴルダの提示をした商人が満面の笑みで身を乗り出した。僕はその商人に向き直り再び口を開いた。


「だが断る」


「な、なんやてッ!?」


 かくん!商人は膝から崩れ落ちた。お笑い芸人も顔負けのリアクションだ。


「だってそうでしょう?ギルド所定の買取額とやらは百万ゴルダ…、もしギルドが落札していた物をあなたが買おうとしたら…少なくとも百万ゴルダでは買えませんよね。百万にギルドの儲けを上乗せした金額で買わねばならないはずだ。…それを百万にも満たない金額で…」


 仮に買取額の二割の利益を上乗せすれば百二十万だ。半額とは言わないが、七十万では相当な買い叩きだ。


「ほなら売らんのか?アンタ?」


「ああ、売らない。少なくともこの価格ではね」


 僕は口調を変えキッパリそう言った。少なくとも今のままなら敬語を使う必要もないだろう。


「見たトコ荷物も少ないようやしゼニを持ってるようには見えへん。あったらあったで嵩張かさばりよるんが銭やからな。せやけど物は売らんと銭にはならん。銭なくしては宿にも…、食事まんまひとつ食えへんのやで。悪い事言わん、ワイに売りなはれ」


「売らないと言ったはずだ」


 僕が返答を変えずにいるとギルドマスターが再び話に加わってきた。



「アンタ、せ我慢すなよ?えか、ここ商業都市セキザンでは何よりゼニがモノ言うんや。そんなトコで売りもせんかったら銭は…」


「これ以上は無意味だな。みなさん、ごめんなさい。無駄足をさせてしまいました、行きましょう」


 そう言って僕は外に出ようとした。


「分かった、分かった。ワイの負けや。その胡椒、ギルドが十個で百七十万で買いまひょ。そしたら手数料四割は六十八万ゴルダや、それ引いても百二万ゴルダがあんさんに残る。それでどないや?」


 ギルドマスターはカウンターからこちらにいる僕に駆け寄り購入額の変更を伝えてきたのだった。


 

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