The Un-Dead ~幽霊っぽいヒーロー? やってます~

真進ホッパー

序章 とりま、お仕事の時間兼ねてかるい自己紹介から





 草木も眠る丑三つ時、深夜2時。


「クソッ!! 一体なんなんだ! どうなっているッ! どいつの仕業だ!」


 焦りと怒気の混じった大声を高級品だろう品々でまとめられた書斎に響かせ、その書斎机に手を叩き落とす中肉中背の書斎の主たる男。しかし声を強く荒げるわりに目元には黒々とした隈が浮かび、男の顔色も悪く、やつれていた。


 怒りにまかせて書斎机へ手を叩き落としたことでその上に纏められていた事件の報告書が辺りへと散らばり落ちる。

 報告書には相次いで不審死した自身の関係者たちの状況、そして自身や自身の身内に恨みを持つだろう人間の事件が始まってからの消息や行動が記載されていた。


 男は40代で企業グループのトップへのし上がり、そのまま企業グループを率いて一代で財閥と言えるほどまでに成長させたカリスマ溢れる才人だ。

 表向きは、だが。真実たる裏の顔は裏社会と通じ、どんな汚い手段を使ってでも成り上がって来た邪道外道の輩。

 裁判沙汰も子飼いである有能な顧問弁護士たちにあらゆる手段で勝訴を勝ち取らせ、犯してきた罪が露見しそうになれば同じく子飼いの警察内部の内通者たちによって潰してきた。

 そう金と権力と伝手コネクションで犯罪行為を容易に揉み消せるだけの力と使える手駒を揃え、策謀を巡らせては己の利益のためなら恩を仇で返すことも、邪魔者を排除するのに殺害という手段を選ぶことも全く躊躇しない最低の卑劣漢。


 外面の良さと立ち回りの巧みさで表側のみの付き合いのある者たちや妻子家族にさえそんな裏の顔を見せず感じさせずにここまでやってこれたが、それが今、自らが築き上げた財閥王国と共に破綻しようとしている。


 男の裏の顔を知る重用していた者たちにそろえ犯者とも言うべき裏の連中た手駒が一月ほど前から次々と不審死、いやしているのだ。


 ある者は山深い高地にある山荘の密室で海で溺れたかのようにずぶ濡れの姿で見つかり、していた。

 ある者は宿泊先の企業グループに属するホテルの一室で助けを求めてもがくように手を突き出し、かのように生き埋めになって死んでいた。

 またある者は内で鍵を掛けた火種の一切ない私室でまるで石膏の胸像のように頭と胸部を残して焼死していた。


 他にも密室での有り得ない死に方ばかりだが、共通しているのは死亡推定時刻が深夜2時前後であること、被害者全員が恐怖と苦悶に満ち満ちた死に顔であること。

 そして、頭か心臓に『真新しい弾痕』があったことだけが、男と関係性のない以前から起きている幾つかの殺人事件と合わせ同一犯ではないかと示唆していた。


 不可能犯罪そのものな一連の連続殺人事件は警察の専門部署の捜査もむなしく進展していない。

 不可能犯罪など悪魔や魔物がポッと出てきては魔法使いだ超能力者だがと暴れ回る世の中だ、さしたる不思議でもない。何某か超常の力を得た者による犯行だろうという見解は当然上がっていることだ。

 むしろ問題は被害者に男が近しくしていた重用していた使える現職検事や刑事の連中手駒どもが居たことで自身にも捜査の手が伸び始めていることだった。

 警察内部の駒も失ってじわじわと少しずつ手駒を、手足の先からもがれて身動きが取れなくなっていく状況に男は焦り、余裕をなくすほどに恐れおののいた。


 だから男は伝手コネを使い、大きな貸しを作ってまで裏の大手組織、とある秘密結社から超能力者や魔法使いにも対抗可能な人型生物兵器改造人間らを借り受けて自身や側近ともいえる部下の身辺警護へ付けたのだ。


「だと言うのにっ!」


 ダンッ、と今度は握り込んだ両手こぶしを書斎机に叩き付ける。

 先日、警護を付かせた部下が殺された。

 警護に付いていた人型生物兵器を出し抜いて完全密室といえる部屋の中で、壁に身体の半分を埋められて磔にされたような姿で死んでいた。


「誰だ! 一体どいつだ!! どこでこんな力をッ!!」


 被害者全員の死亡推定時刻が深夜2時前後。眠っている無防備な間に忍び寄られるだろうことは明白で、男はここのところ夜もろくに眠れていないストレスと次に狙われるのは自分なのかという焦りと恐怖を怒気で押さえ込み、散らばった報告書のうち、自身らに恨みを持つだろう人間たちの物を乱雑に拾い集めて、破り裂くかというくらいに握りしめ、穴が空きそうなほどに睨み付けて喚く。


 しかし、報告書にあるのは消息不明だったが追跡の結果死亡確認の取れたと言う報告と距離や時間などから事件当夜に確かなアリバイがあり、何某かの力も何も得ていない極普通の一般人であることと殺人依頼を不可能犯罪で実行できるような裏への繋がりも一切なかったという情報のみ。


「あぁっクソ、クソ、クソぉッ!!

 私が何をしたというんだッ。成功するために! 成り上がるために! 幸福を得るために!!

  同じことをヤッている他の奴らより効率よくやって来ただけじゃあないかっ!

 それの何が悪い! なぜ私だけがこんな目に遭わなければならないっ!!

 報いだというなら他の奴らはどうなんだ!? 私以上に手広くヤッている裏の奴らは?! あの結社の連中は?! どうなんだッ!!」


『そりゃぁ、アンタの運がなかったか尽きたかしたからじゃあねぇの?』


 両手で頭を抱えて振り乱し、傲慢で自分勝手な正当性の主張を返答など求めず感情的に喚き散らした男へ、どこからか答えを返すように声が響く。


 自身以外誰もいないはずの書斎で。


 外に人型生物兵器が警護の付いている密室に。


「!?! ………だ、だだれだ? あ、ああいつらを、ここ、こ殺してきた……殺し、屋か?!」


 突然の自身以外の他者の声異変に戦き後退り、壁へ背を付けて部屋中を見回すが、自分以外の人影は何処にもない。

 恐怖で舌の回らぬまま誰何すいかするが反応はない。だが、確かに。薄らと何かの


「ハッハッハッ…… ッ、ハァハァハァ」


 心臓が早鐘のように動悸を激しくし、釣られるように呼吸は乱れて薄着で過ごせる適温の室内で冷や汗が滝のように流れ出す。

 男はそれでも必死に呼吸を整えて落ち着こうとするが、それでもままならない恐怖が静まる書斎へやに規則正しく響く時計の秒針の音と共にじわりじわりと増していく。


『……少しは、落ち着いたかい?』


「ッッッ!!?!」


 男の肩を黒いグローブをはめた手が後ろへぐいぃっ、と引っ張るかのように鷲掴んだ。


 声にならない悲鳴を上げて男は肩を掴む黒い手を振り払い、転がるように壁際から逃れて倒れ、立ち上がるのももどかしく必死に足と手を動かし、出入り口の扉の方へ後退った。


『おいおい、待ちわびてくれてたわりに、随分な歓待のしようはんのうじゃぁねぇのよ』


 皮肉混じりのふざけた物言いでクックッと男の無様を笑いながらはぬるりと壁から抜け出すように書斎へ踏み込んできた。


 膝丈の漆黒の装甲ブーツに腰へ髑髏を抽象化したようなデザインの白い横長な五角形のバックルが付いたベルトの巻かれた黒い軽鎧プロテクターと一体の黒のボディスーツ。その上から前をはだけた同じく黒いロングコートを纏い、顎のラインにだけ金属パーツがあ銀の線が走る頭の輪郭をなぞる漆黒のフルフェイス顔のないマスクという濃淡はあれど全身真っ黒な、ともすれば明かりの下であっても全体の輪郭がぼやけて人型の影のようにすら見えるソレ。

 ゆっくりと歩み進むたびにカシャンッカシャンッと立つ装甲ブーツの鳴らすはっきりとした足音との落差が余計に不気味さを醸し出す。


「ッ!? お、おいっ! し侵入者だっ! ここ殺し屋だ! は早く、た助けに、来いっ、人型生物兵器化け物どもぉッ!! 」


 出入り口の扉のドアノブへ必死に縋り付いてガチャガチャと回し、ドンドンッとありったけの力で扉を叩いて外にいるはずの警護の人型生物兵器を呼び込もうと叫ぶが、しかし扉は開かず、助けを求める叫びが書斎にむなしく響くだけだった。


『無駄だよ、無意味なんだ。無駄無駄。

 アンタがオレの声を耳にしてソレに応えた瞬間、この部屋ココは『異界』になった』


「ひぃッ!?!」


 なおもドンドンッと扉を叩き、ガチャガチャとドアノブを回して叫ぶ男の背後に歩み寄った真っ黒な人影は告げる。


『なぁんも変わってないように見えるが、今居るこの部屋は元の部屋とは霊的に位相を異にする別空間。

 ま、わかりやすく魔法やらで例えるなら「結界の中」って奴だ。だからどこからも出られないしどこにも逃げられやしない。どれだけ大声で助けを呼んで叫び喚こうが、だぁれも来やできない………

  当然、外の人型生物兵器怪人どもも、な』


 首を傾げて肩をすくめるおどけた仕草で言葉を続け、最後は低く真面目な声音で男にとって絶望の言葉を口にする。先日殺された部下を、警護の人型生物兵器を出し抜き誰にも気付かれずに殺せた理由を。


「……ぃ」


『あん?』


 告げられた自身では最早どうにもできない決定的な言葉に無様に醜態をさらしていたのが嘘のように男が黙り俯いたかと思うと、しばしして何かを呟いた。


「ぃ、いくらで、雇われ、た。倍! ぃ、いや3倍、4倍の金を出す!! な、なんならそっちの言い値でかまわんッ!!」


『あ~…… いやまあ確かにオレ個人にアンタらへ恨みやらはないし、実質ヤッて来たわけだが』


「 なら!!」


『けぇど、報酬は金銭じゃぁねえんだわ』


「は?」


 『依頼された』という真っ黒な人影の言葉に男は希望を見いだし気色を良くして商談とばかりに言葉を続けようとしたが、それに被せるように放たれた真っ黒な人影の言葉に遮られて男は困惑を露わにする。

 自身を殺しにきたのが『依頼された仕事』だというなら金以外の報酬とはなんだ? なにがある? 散々部下達や関係者を探し出して殺してきたリスクや労力への対価が金じゃないなら何だと言うんだと。


『怨みを晴らす力を貸す対価として、去るべきこの世現世へ自らを縛り続ける未練や執着に怨念etc.

 生者側にもあればそれらも含めたすべてを貰い受け、それらを指向性を持たせた力に替えて、オレがいざって時に切る手札ジョーカーを作るってのが、依頼人の「」へオレが求める報酬なんだよ』


「………し、死、者……死人が、依頼人。

 生きていた時に、依頼された、わけじゃ、なく………」


『そそ。

 というか、食費も光熱費も家賃もいらねえ身の上なんでね。そんなオレに現金なんぞ渡されてもなぁ』


 自身らを狙った殺しの依頼主が死人だと聞かされ茫然となる男を尻目に指で頬を掻きながら男へ困った風に答えた真っ黒な人影は『ああ、でも遊興費はほし……店でもネットでも買いモンできねぇんだったわ』と愚痴るように自らの身の上をぼやいた。


「ふ、ふ………ふざけるなよ。 死んだ奴が依頼人、だと!? 死んだ奴がっ!? 依頼人っ!?

 ふざけるなッ!! 生きていたら私の邪魔にしかならない負け組が! 死んでなにもできなくなった死人なら死人らしく、口も何もかも閉ざして大人しく死んいろッ!!

 この、負け犬どもがッッ!!!」


 男はおどけた仕草や声音で告げる真っ黒な人影の『依頼主は死者』だという言葉に、自身を理不尽な状況に追いやっている理由が男にとってあまりにもふざけた不条理だと教えられて先ほどまで醜態をさらしていたことも忘れて立ち上がり激昂する。



   ド ン ッ ! ! !



「ッ!?」


 しかし、男が喚くだけ喚いて荒い息を吐し始めた時、突然大きな音が鳴った。



   ド ン ド ン ド ン ド ン ッ ! !



   バ ン バ ン バ ン バ ン ッ ! !



   ダ ン ダ ン ダ ン ダ ン ダ ン ッ ! !



  ―― オ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ゥ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛


  ―― ウ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛


  ―― ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ホ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛ゲ゛ウ゛ェ゛ア゛ア゛


  ―― ウ゛ホ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛



「ッ!?」


 続けざまに鳴り出した激しく壁や窓を叩く音や床を踏み叩く音と共に怨みがましい声らによって男の怒り昂ぶった気力は根こそぎに萎え果てた。


「な……な…な、なん……」


『あ~あぁ……

 さっき言っただろう。「ココは『』になった」と、「」だと。

 つまり、今この空間へや現世この世から限りなぁ~く冥界あの世に近い場所なんよ』


 呆れた声を上げると真っ黒な人影は小さくため息を吐き、哀れんだ眼差しを向けながら男が起こしてしまった異常現象ことについて語り出した。


『オレが居るから黙ぁって大人しく、静か~に様子見していたが、さっきのアンタの吐いた言葉に、カム着火インフェェルノォォオウッ!!

 てなもんで、黙っていられなくなったらしいわな』


 おどけながら肩を竦めて『いつもなら合図を出すまで大人しくしてくれてるんだがね。アンタ、相当に怨まれてるな』と真っ黒な人影が呟けば、男は目の前の人影が自分を殺しに来た相手だというのに助けを求めて手を伸ばすが――


『さあ、犯してきた罪を数えな』


 ――真っ黒な人影はそれを拒むように、いや拒んで一歩下がり、おどけた仕草もふざけた口調もなく、冷め切った重い声で男を左手で指し示す。


『積み重ねてきた業を、刈取る刻が来たぜ』


 左手を後ろへ下げて右手を「さあ刈り取れ」と言うように左へ小さく振りながら依頼人たちへの合図となる言葉を告げる。


「つ、罪を、数えろ、だと? ……に人間、だ、誰だって、大なり小なり、罪を犯して生きてる生き物だろうが! そんなものいちいち憶えてなぞいられるか!

 だというのに、なぜ私をだけことさら罪深いように言いなじる! 私以上に罪深い奴なんて五万と居るだろうが! それこそ極悪非道な外道どもが!!」


 依頼人たちへの合図とは知らず、自身を責める言葉と受け取った男は自身の成してきた数々の悪事を棚に上げて恐慌と言い散らかし、例えば書斎へやの外に待機させて警護へ当たらせていた人型生物兵器化け物どもを借り受けた裏の大組織、とある秘密結社の連中がそうだろうがと言い募ろうとしたが「ボコリ」と足下からやけに響く物音が立ち、それを遮った。



  ボコリ……ポコポコポコ……ゴボッ!



「ヒィ!?」


 足下から聞こえる物音へ先ほどのラップ音と怨嗟の合唱異常現象を思い出し、男は確認に顔を向けることができずに棒立ちになって恐怖に喘ぐ。



  ボゴッ! ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボッ!!



 そうしている間に音は大きく激しくなり、いよいよ目を背けられない水に濡れる重い感触が男の足に張り付き広がっていき、恐る恐る視線だけを向けて声にならない悲鳴と共に後悔した。


 それは泥だ。ボコボコと床から、自身の足下から止めどもなく湧き出し続ける所々が赤黒い汚泥だった。それも眼孔と開いた口のように窪んだ怨嗟の滲む顔が模様となって幾つも幾つも浮かび、幾匹もの餓鬼のように盛り上がりながら伸ばされた手のように男へしがみつき、呻き声すら出してその足に泥が張り付いて這い上がって来ていた。

 その窪んだ目と視線が合った男は恐怖と共に叫び、泥から逃れようとするも足は本当に餓鬼に強い力でしがみつかれているように動かず、ならばと泥の塊を払いのけようと腕を振るうも腕が当たった塊が一瞬砕けて散るだけですぐに湧き続ける泥が膨れ上がるように盛り上がって元に戻る。それどころか払った腕に泥がまとわりついて足下の泥と繋がり、腕に縋り付くように自身に這い上がる泥の勢いが増してしまった。


『「人間、誰だって大なり小なり罪を犯して生きてる生き物だ」、か。


 オレは性悪説派だ。その通りだ。否定はしねぇよ。

 どんな責任ある役職の真面まともな人間であろうと己を律しきれずに「魔が差す」なんてことがあるし、時を経て他者ひとの欲望と悪意にまみれて理想と現実の差に苦しんだり諦観したところで、魔が差したのを切っ掛けに清廉潔白に理想へ燃えた初心を忘れて欲望に飲まれて性根のねじ曲がっちまっう奴もいる。

 当然だ、善悪の方向性問わず人間ひとは『欲望』を抑えられねえ。欲望は生物として備わった生存本能が根源だからだ。生きている限り、それに限りなんてあるわきゃぁねえ。

 そして『悪意』の根源は欲望だ。だから人間たちから悪意は消えない。何処からでも誰からでも大なり小なり湧いて出てきやがる。


 それに加えてこの世界にゃぁ本当の意味で「最低最悪の魔王」と呼ばれてもおかしくない外道なんてのが結構いるからな。』


 湧き続ける怨嗟の汚泥が男だけでなく、部屋までも飲み込もうかという勢いで溢れ続ける目の前の霊障ことを何でもないもののような態度で真っ黒な人影は先ほど男がまくし立てた言葉に答えを返したが『ちぃっと説教くせえか?』と自嘲しながら首を傾げ両手を挙げて肩を竦めた。


 『まあ、それでも精進努力し続ければ性悪を克服し、人は聖人君子にだって至れる善性であろうとできるってのが性悪説の本質なわけだが。


 ………アンタ、他人のために偽善だろうと、欠片でも善であろうとしたこと、あるか?』


 汚泥が真っ黒な人影を避けて書斎の床に広がる中で人影はそう言いつつおもむろに黒のロングコートの左裾を払い、右手で引き抜くためにグリップが前へ突き出して銃を納めたガンホルダーをさらすと、納めた銃を固定しているホルダーの留め具を外し、鞘から剣を抜くように『銀の拳銃』を引き抜いた。


 それは長方形型8インチ銃身のレクタングルバレル・中折れ回転式弾倉拳銃トップブレイク・リボルバー


 本来中折れ式拳銃はフレームと銃身バレルをロックするラッチが弱いために強力な火薬を用いた高圧な弾薬に耐えられずに閉鎖状態を維持するラッチが繰り返される衝撃に次第に緩み、事故が起こしやすいために廃れマイナーになていった拳銃だが、真っ黒な人影の手にしたソレは中折れ式の問題となるラッチ周辺部分、ロック機構を強化するためか特に銃全体と比較して普通サイズの回転式弾倉シリンダーが小さく見えるほどにフレーム全体が無骨なまでに縦横幅共に分厚く、.60口径(15.24mm)マグナム弾の使用にすら耐えうるロック機構と強度頑強さを備え、装弾数を4発までとすることでシリンダーの強度も高く上げられていた。


 もはや「銃の形をした鈍器」と言えそうな威容を持つその長方形の銃身には掻き刻み歪に彫られて書かれた『You are guiltyてめえは有罪』『Go to hell地獄へ逝きな』の二行の文字が銃そのもの以上に嫌に目に付いた。


『……あったなら、先にあの世逝きにした連中と一緒で、そこまで怨まれちゃぁいないだろ』


 左手でコートの懐から漆黒の弾頭に金の薬莢部に何語かの経文きょうもんらしき幾何学模様がびっしりと細かく彫らた.50口径(12.7mm)完全被甲弾フルメタルジャケットの形をした一発の弾丸を取り出すと、真っ黒な人影は銃の中折れのロックを外して露わになったシリンダーへと丁寧に差し込んだ。


  ガキャリ


 重い金属音を立てながら中折れの状態から『銀の拳銃』を元に戻し、調子を確かめるように銃を見つめながら怨嗟の汚泥に飲まれしがみ憑かれてもはや汚泥の外に出ているのは頭だけ溺れかけとなった男へ視線を向けずに言葉を投げかける。


『そのまま肉体ごと冥界あの世へ引きずり込まれてもオレは一向にかまわねぇんだが、それじゃぁただ突然の蒸発か誘拐神隠しの行方不明扱いでアンタの妻子やら身内がモヤついたりアンタに苦しめられてる連中や殺された依頼人たちの遺族やらの溜飲なんやらも下がらんからな。



 ―― 逝くのは、アンタの「魂」だけだ』



 大口径.50口径使用の上に強度向上などのために極度のフレームの大型化で重量の増した片手では撃つには適さない『銀の拳銃』ソレ右手片手だけで重さを感じさせない軽々とした動きで構え、その銃口を男へ向けた。


『存分に、地獄を楽しみな』


 そう言って真っ黒な人影がガチリと撃鉄を引き起こすと男が無様に「助けてくれ」と命乞いしようとするも、怨嗟の汚泥はそれを許さぬとばかりに泥の手がその口を塞ぎ、髪を鷲掴み男の顔を上げさせると口や鼻から汚泥が食道も胃も肺も身体の中身すべてを埋め尽くす勢いで瞬く間に流れ込み、全身にまとわりついた汚泥の拘束力の強さに暴れて逃れることも叶わずに弱々しくもがくのが精一杯となった男を窒息死へ導いて行く。


『「蜘蛛の糸」なんて都合の良い一分いちぶの救いすらない本物の地獄をな』


 男が窒息死する寸前、重い射撃音と共に男は眉間を撃ち抜かれ、その頭を貫いた漆黒の弾丸はその後頭部から飛び出した時には黒い霧となって霧散しながら慣性の法則に従って弾道を描き、壁に当たって広がり消えていった。


 そして、男の身体は汚泥から解放されるように崩れ落ち、眉間に『傷口の塞がった真新しい弾痕』を作って汚泥の沼へと飲み込まれていく。


 撃たれて死んだと思っていたは変わらず怨嗟の汚泥に拘束されて立ったまま、目を見開いて信じられないものを見るように自身の身体が泥の沼へ沈んでいく様を見ていた。

 そして餓鬼たちが餌へ喰らいつくように残った男の顔を、頭を泥が飲み込み汚泥の沼へと沈めていく。


 残ったのは所々が赤黒い汚泥に沼のように埋め尽くされ、生きている者が誰も居なくなった静かな書斎へやのみ。


 いや、書斎を埋め尽くす泥の沼の上に死因となった負傷箇所や怨みがましい眼差しの瞳から血を流し続ける血だらけのおびただしい数の死霊たちが真っ黒な人影を囲うように立ち並んで居ることが分っただろう。


『滞りなくここに契約は履行された。

 契約に従い、対価をこれへ』


 そう言って左手で銃を掴み、右手をグリップから離すと右腰に吊された『レリーズカードジョーカーズ』を収めたカードホルダーのロックを外して開くと、銀の縁取りがされた紅地に五芒星の形に絡み合う太い鎖に押さえ込まれた人魂のような蒼い大炎の描かれた背表紙を持つ真っ白な表紙のカードを一枚、引き抜くままに宙へと投げ放った。

 放たれたカード、ブランクカードはしばしクルクルと勢いよく回りながら飛ぶと唐突に真っ黒な人影へ表紙を向けて宙で止まり、周囲の死霊たちから凄まじい勢いで黒い靄を吸い出し、真っ白だった表紙を黒く塗り替えていく。そしてそれが終わる頃にはカードは表紙を黒地に変え、淡くあかい縁の真っ黒な深淵の穴が描かれた≪Wormholeワームホール≫と文字の記された絵を浮き上がらせて人影の手元へ投げ放たれた時の巻戻しのように勢いよくクルクルと回って飛び戻った。


 そうして黒い靄を吸い出された血だらけだった死霊たちは血を流していた負傷箇所も流し続けていた血涙も消え、生前の穏やかだっただろう頃へ姿を変えて次々に光の微粒子となって霧散して消えていった。


『≪Wormhole移動系カードUR≫、ゲットだぜ! っと』


 手元へ戻ってきたカードを見てそう呟いてカードホルダーへ投げ込むと、フゥゥと大きく一息吐いて依頼人たちが天国へ逝ったか地獄に墜ちたかは定かではないが、これで仕事は終わったというように真っ黒な人影は銃を右手に持ち直し、中折れ式のロックを外してシリンダーを開けた。その動きと共にエジェクター機構によって幾何学模様が彫られた金の薬莢が突き出されるままに勢いよく排莢され、床に着く寸前に金の粒子となって溶け消えた。











………………………


………………


………




『………はい。お仕事しゅーりょー、肩の凝るシリアスもしゅーりょー。

 なんで、さっさっと撤収撤収即撤収しよーねっと』


 あ~肩凝ったとばかりに『異界』を解くと同時に身体の実体化も解き、半透明になった身体から思いっ切り力を抜い脱力してゆらぁりと宙に浮いてフヨヨヨ~っと進んで壁抜けして男の居た屋敷を後にする。


『さて、サブタイ通りに自己紹介と行きたいんだぁが、残念な~が~らっ、オレには自己を示す名前がないッ!』


 まあ、他人様が勝手に付けて呼ぶ呼称は幾つかあるんだが、どれもこれも安直在り来たりで何の捻りもなく、何よりもオレ自身がしっくり来ないんで自分の名前として名乗る気にはならねぇなっと、もう好きに呼べばって感じだ。

 だからどうしても名乗らにゃならん時は種族名っぽいのの方を使ってる。そうタイトル通りの『Un-Deadアンデッド』だ。

 アンデッドって言っても別に己の種族を繁栄させるために最後の一人目指してバトロワするモンスターじゃぁねえからな。至って普通? の元人間の不死者だ。


 まあ、元は死んだ中流家庭普通の人間だったぽい記憶はあるにはあるんだが……

 生前の性別が男だった以外のことは名前を始め自分がどういう人間だったか、歳は幾つで家族やらはどうだったかとか、いつどこでどう死んだのか、どうしてこんな姿や力を得たのか、まるっきり思い出せないんだわくぉれが。


 本能的になにが出来てなにが出来ないのか、なにをしなきゃぁならないのか。それらがわかることだけが、せめてもの救いか…… 救いになってない気もするけどね!


 あん? そのわりにゃぁところどころでネタ混じりのことやったり言ってなかったか? お前『転生者』だろって?

 残念無念スーパーふどじくんボッシュート!!

 ネタ混じりあれやこれやは……… 壁向こうの読者さんアンタらの世界から読み取ったんだよ。


 ま、創世王作者の趣味嗜好で読み取れる情報が偏ってたり古かったりするけどな。


 と、そろそろ時間決めてた文字数だ。


 こっちの世界についての詳しいことはまた次回ってことでアデューあ~んどサラバ~イ♪





 -多分つづかない-





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