出会いは別れ,別れは出会い(月光カレンと聖マリオ7)

せとかぜ染鞠

第1話

 特別な配慮が必要だからと度重なる多額の教育庶務費を要求されても,キヨラコへの風あたりが強くなることを危惧して従順な保護者を演じつづけた俺は猫被りを剝ぎむいで,青雲海道菜乃花学園の理事長室から寄付金を残らず奪ったあと,列席する親たちにまじってキヨラコの晴れ姿を見ていた。視力障害に理解の乏しい人々に冷遇されながら,苦労の絶えない3年間を愚痴一つこぼさずよく頑張った。

 式次第が校長祝辞に入るや否や,壮年の男が壇上へ駆けあがり,校長の腹を包丁で突いた。生徒や教職員や保護者の悲鳴を男の怒号が貫いた。「全員動くな! 爆発させるぞ!」男の着るベストの裏側には爆弾が装着されていた。

 男は持ちこんだ無数の粘着テープをばらまき,男性教職員や生徒や出席者の拘束を女性教職員へ命じてから,彼女たちにも隣りあう者の手足にテープを巻きつけるよう命じた。そして自由に動ける者を徐々に減らし,最後の1人は男自身でテープでぐるぐる巻きにした。

 男は学園内のいじめを苦にして自殺した生徒の父親だった。調査を切望したのに相手にされず何事もなかったかのように隠蔽されてしまったと父親は息巻いた――心労から亡くなった妻も学園に殺されたようなものだ。だから卒業式会場を爆破し全員を道づれにして死ぬのだと。

 父親の恨み言は延々と続いた。人質たちは疲労困憊の極みに達し,刺された校長も虫の息だ。既に外は薄暗い……

「お父さまが亡くなられては優希ゆうき君が悲しみますよ――」1人の教師が声をあげた。「親御さん思いの,とても優しい優希君が」

 艶葉つやはだった。艶葉先生が大好きだから今日も学校へ会いにいくのだと,キヨラコがいつも話している……

「お父さまがこのまま会場を爆破されずに出ていけば,そこにいる理事長は今日の出来事を不問に付すでしょう――だって事勿れ主義の守銭奴で,菜乃花の名に傷がつき生徒の集まらないことを一番に恐れている人ですから」

 学園関係者席近くのフロアに転がる肥満体の中年男が満面に朱を濺いだ。

「学園の誰かを殺さないと気が済まない!」父親が涙声で叫んだ。「いじめの事実を公にしないと,息子と妻に顔むけできない!」

「では私が参りましょう。本州へ繫がる橋から2人で落ちて死にましょう。そうすれば警察もマスコミも動いてくれるでしょう――ですからここで爆発を起こして生徒たちを犠牲にするのは御容赦ください」

 父親は艶葉を伴って会場をあとにすると,軽自動車の運転席に彼女を乗せて両手首のテープを解いた。父親の指示で艶葉は車のエンジンをかけた――

 5分足らずで周囲にサイレンを響かせながらパトカーが追跡してくる。

 父親が呪わしげな声色を出す。「奴ら,通報しやがった」――それは違う。高速を走るドライバーたちが警察に連絡したのだ。「満月を真上に擁して車のルーフに立っています! 紛れもなく月光カレンです!」

 艶葉が物静かな口調で尋ねた。「とまりますか?」

 父親は返事をしない。 

「構わないのでは?――捕まったら正直に本当の話をすればよいのです。優希君の自殺の原因を公にしたくて犯行に及んだと言えば,どうです」

「警察は強い側の味方だ……」父親が自嘲的な笑みを浮かべた。「優希の自殺を伏せたまま,頭のおかしな男の凶行事件で終わるだけさ……先生には悪いが,一緒に死んでもらう」艶葉に包丁を突きつけてスピードをあげさせた。

 車が連絡橋に乗った。

 俺は助手席の窓ガラスをわるなり,父親の首を絞めて気絶させた。ドアをあけて車内に飛びこむ。

「あなたは!――」艶葉が目を見ひらいた。

 父親を抱えて車外へ出ようとすれば,呼びとめられる――

「私も一緒につれていってちょうだい!」

「……君,正常かい?」

「おかしくしたのは,あなたよ! はじめてニュースで見たときに一目惚れしちゃったの! だからあなたが活動拠点としているこの街へ赴任してきたのよ! そして私たちは出会った!――神さまが巡りあわせてくれたのだわ!」

「出会いは別れのはじまりと言うよ。俺たちは出会うべきじゃなかった――」

 腕を摑まれる。「愛を拒むなら死ぬわよ」念のこもる目をしていた。

 ハンドルを奪い,路側帯へ寄りながらブレーキを踏みこんだ。

「君の新しい出会いに乾杯――」

 父親を肩に担いで欄干に飛びうつれば,上空から強烈なライトを照射される。

「月光カレン! 逃がさないぞ!」破裂音を降らすヘリから三條さんじょう公瞠こうどう巡査が身を乗りだしている。

「青雲海道菜乃花学園へむかえ! 早くしないと人が死ぬぞ!」

「何!――どういうことだ!――」

「バイバーイ」橋梁から飛びおりる。

 複雑に入りくんだ岸辺へと泳ぎつき,父親を横たえ,その脇へ戦利品の寄付金を置いていく。息子と妻は帰ってこないが,この男を救ってくれる新たな出会いがありますように……

 馴染みの鮫たちに送ってもらい,離島へ帰ればキヨラコが転倒しそうになりながら出迎えて卒業証書を見せる。今度は大学の通信教育部で教育職員免許を取得して教会で先生をするのだと瞳を輝かせる。

 教会が教育の場になれば出入りする人も増えるだろう。彼女が幸多き出会いに恵まれるならば,庇護者の役目を返上して教会を去らねばなるまい……。一抹の寂しさを覚えつつ,聖マリオとしての身支度をはじめた。

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