オレの正義は死んだ
横山記央(きおう)
オレの正義は死んだ
オレの正義は死んだ。
ずっとそう思っていた。
人にはそれぞれの正義がある。言い換えれば、人の数だけ正義がある。
誰もが、自分の正義こそが一番だと言い張り、異を唱える相手を攻撃していた。
オレもそんな一人だった。
思い返せば、昔は、悪いことばかりしていた。かなり無茶をしたし、そのために、体を壊したようなものだった。現実を見つめたくなくて、逃げていただけだ。今ならそれを認めることができる。
本当にろくでもない人生だったと思う。
生まれ変わったオレは心を入れ替え、誰かの役に立つ人になると、神様に誓った。
最初は上手くいかなかった。
これまで人の役に立とうだなんて、思ってこなかった。我が儘に振る舞い、自分勝手な意見を主張し、他人のことなんて考えなかった。傷つけられることを恐れ、閉じこもる生活を送ってきたのだから、当たり前だった。
でも諦めなかった。神様に誓ったってこともあるが、それ以上に、昔の自分とは決別したかった。もうあんな生活を繰り返したくはなかった。
傷ついてもかまわない。
そう思える自分に気がついたとき、本当に別人になれたんだと実感した。自分が変われたことが嬉しかった。
喜びというのは、連鎖するものかもしれない。
この世で、二度と出会うことはないだろうと諦めていたオレの正義と、再び出会うことができた。オレの正義もまた、生まれ変わっていたのだ。
魂が震えるというのは、こういう感覚なんだろう。
たぶん、神様のご褒美だ。
正義を手に入れたオレは、神様へ感謝した。
「この世に、オレの正義があったことに感謝します」
『ずいぶんと格好いいモノローグですね。前世は、引きこもってネットゲームばかりしていただけなのに。しかも、悪どい人間だったみたいに聞こえますが、実際やった悪いことは、暴飲暴食という、体に悪いことですよね。そのせいで早死にしたのを美化するのは、良くないと思いますよ』
「ぐはっ! こ、心を読まないでくれますか」
『転生者の心のケアも仕事の内です。ですが、私に対する感謝は、ありがたく受け入れましょう。ある意味、私からのご褒美とも言えますし』
「やはり、そうだったんですね。これは同じ転生者じゃないと無理だと思っていました」
オレは手にした正義を見つめた。
転生した異世界には存在しないと諦めていた、オレの正義。
生クリーム大福も正義だし、苺大福も正義だ。それは認める。前世では、他を受け入れられない大福好きが、激しく議論を闘わせていた。しかし、オレの正義はそのどちらでもない。
オレの正義、それは、生クリーム苺大福。それを再び手にできたことに、感動している。
材料が特殊だからか、この世界ではかなり高額だった。次に出会えるのは、いつになるだろう。それまでの別れを思うと、悲しくなった。
生クリーム苺大福を、大切に、丁寧に、じっくりと味わう。
餅の柔らかな歯触り。餡の甘さに、苺の酸味が加わる。さらに、なめらかな生クリームが口内に甘味となって広がる。
これぞ至福のひととき。
やはり、生クリーム苺大福は正義だ。
オレの正義は死んだ 横山記央(きおう) @noneji
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