「旅行先で美少女師匠が僕をお兄ちゃんと呼ぶ双子姉妹に入れ替わる現象編(旧題:魔女と競輪のゴールデンウィーク編)」ペルソナ・ノン・グラータ②

鉄弾

プロローグ 海辺の記憶

 この上なく気持ちのい晴れた日だった。海岸を歩く成行。生憎あいにく、カモメの声は聞こえないが、打ち寄せる波の音だけでも十分だろう。

 普段、歩き慣れない浜辺を歩くのには、慎重にならざるを得ない。砂浜は、まるで成行の体重を吸うように、足元をすくおうとする。


 五月。ゴールデンウィークのっただなか。今日の天気は文句無しの快晴。肉眼では雲を一つも確認できないくらい美しい青空が、どこまでもどこまでも広がる。海風は少し強めだが、それも悪くない。しおの匂いは嗅覚に訴えかけてくるが、風は不快感を軽減してくれる。

 天気の良い日、海辺の散歩とは、こんなにも気持ちが良いのか。普段、調布の街で暮らす成行は、都会では感じることのできない解放感に身を委ねていた。


 海と空に見とれていると、不意に成行へ向かって叫ぶ人物がいた。

「おーい、お兄ちゃん!こっちやで!」

「お兄ちゃん、こっち!」

 成行に向かって二人の少女が手を振る。一人は黒髪のショートボブ。もう一人が同じく黒髪でセミロングヘア。としは成行として変わらないくらい。中学三年生くらいだろうか。顔は瓜二つの少女達。違うのは髪型くらいで、よく似ている。双子の姉妹なのだろう。

 元気よく手を振る二人。快晴のもと、二人の美少女に手を振ってもらえるのは悪い気がしない。


 双子姉妹は、成行に先んじる形で波打なみうぎわを歩いていた。

「お兄ちゃん、はよ来て!」

「こっち!」

 見た目よりも子供っぽい仕草をする双子姉妹。打ち寄せる波は強めで、二人はそれとたわむれるように。二人もまた、こんな景色とはあまり縁のない生活をしているのだろう。

「二人とも、危ないぞ!」と叫ぶ成行。


「うひゃあ!」

「わあ!」

 成行の忠告も空しく、波に濡れる双子姉妹。すると、二人が成行の方へと歩いてきた。


「お兄ちゃん、濡れてしまったわ・・・」

「うん、冷たいわ・・・」

 しょんぼりとしている二人。濃い紺色のジーンズが波に濡れてしまっている。双子なので、お揃いのジーンズだった。

「あんなに波に近づくからだろう?」

「せやかて、ウチらあんな波の近くに行ったことないんやもん!」

 すぐさま反論してきたショートボブの少女。

「うん。こんな凄いなみ、琵琶湖は来ないし」

 そして、呼応するようにセミロングの少女も話す。


「じゃあ、着替えはある?」と、問いかける成行。

「そら、ホテルに戻ればあるで・・・」

「うん。でも、変なシミとかになったりしないかな・・・?」

 潮水に濡れたジーンズを眺めながら、今更いまさら不安そうな双子姉妹。

「大丈夫だよ。今の洗濯洗剤の技術は凄いんだから」

 さもを言う成行。


「せやね。大丈夫やね」

「うん」

 成行の助言が効いたのか、互いの顔を見合わせて納得した双子姉妹。二人は再び波打ち際に向かって走り出す。

「うひゃあ!やっぱ、本場ほんばの波は大違いや!」

「せやね!」

 たった今、なみに濡れたとのに、またも波と鬼ごっこをし始めた。


「やれやれだな・・・」

 古き良きラノベ主人公のような言葉を口にする成行。

 無邪気に遊ぶ二人を見ていると、何だか心が癒されるような気がした。そんな気持ちとは裏腹に、成行の心中しんちゅうには疑念あった。

「あれ?何で海にいるんだ・・・?」

 波打ち際を眺めながら、その雄大な景色に見惚れる成行だった。

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