序章、生活

粉薬の絶望的な甘さ

入院中で爪が伸び切っている。誰かを引っ掻いてしまいそうで怖い。長さ5mmほどの最弱のシザーハンズ。爪が長いと、ささくれを抉ってしまう頻度も高くなる。過去最高の痛々しさ。常に赤が滲んでいる。手の洗いすぎで、手の甲はカサカサ。手の甲に点滴を打ったせいで出来た青痣は、まだ治らないでいる。首も、誰かに絞められたような青あざ。看護師さんが「誰かに首絞められたみたいな痣だね」や「ロープで絞められたみたいだね」とよく言ってくる。ぼくが一度でも縄などを使って自殺未遂をした過去(失敗付き)があるなら、その言葉への怒りで、入院中おかしくなっていただろう。


下唇も、右側は痺れて感覚が鈍い。今日から血流を促して、痺れを改善させていく(?)治療が始まった。治療中は痺れている範囲に何かを被せ、数十秒おきにピピっと鳴る赤い光を時たま眺めていた(本当は目を瞑っていてくださいと言われたけれど)。椅子に微弱な電気が流れていて、座ると身体のなんやらが改善しますよ、という嘘営業を思い出した。祖母は信じて、週に一回ショッピングモールの特設スペースみたいなところに座りに行って、購入しようか悩んでいたが、周囲からの反対もあって止めた。ぼくも座りに行ったが、本当にただの椅子だった。


同じ手術を受けている人より、ぼくは回復が早かったらしく、次の日には自分で起き上がって歩き回ったり、看護師さんと喋ったりして、あちこちから「元気ですね」と言われた。普通は頭痛がひどくて起き上がれなかったり、吐き気がすごくてぐったりしているらしい。日々運が悪いせいか、こういうところで運の良さを発揮する。ありがとう神様と思ったけど、いや違う、入院前に色々な神社に行ったからかもしれない。退院したらお礼を言いにいこう。


天気がいい日は、窓辺でぐったりしている。今は天気が悪いけれど、窓辺でぐったりしている。細い糸のような雨が降っていて、なんだかずっと見てしまう。その奥には無尽蔵に煙が立ちのぼっている。ぼくが死んで火葬されているときは、どんな煙があがるだろう。なんか、ヤッターマンみたいなドクロの煙が空にのぼっていったらいいな。

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