終わった世界のなんでもない日常
奈々野圭
***
―20XX年。人類は無意識から無限のエネルギーとなる『ケイオシウム』を発見した。
当初、原子力に取って代わるクリーンなエネルギーとして注目されたが、同時に軍事利用しようと言うものも現れた。
いくら技術が進んでも、人の愚かさは変わらない。
そして、ついに破滅の日が訪れた―。
「確か、この辺りに住んでるって聞いたんだけど...」
赤いワンピースを身にまとい、同じ色のリボンが着いた髪留めでツインテールにしている少女が辺りを見回していた。首を左右に振るとそれに合わせて髪が揺れる。
かつては人の往来が激しかったであろうと思わしき街並みであるにも関わらず、今はその影すら見られない。
立ち並んでいる高層ビルも廃墟と化している有様で、表面は奇怪な植物で覆われていた。
少女は人っ子一人いないどころか生命の息吹さえ感じられない街中を歩いていたが、ふと、少女の耳に物音が入ってきた。
物音の正体を探ろうと、少女は足を止める。
突如、少女に向かって影が飛びかかってきた。
少女はすんでのところで交わし、影を見る。
その影は、人の姿をしており、四つん這いに―四つん這いではなく、ブリッジになっていた。
ブリッジになる場合頭の向きが逆さまになるのだが、その影の頭は額にあたるところに口のようなものがついており、まるで首だけが180度回転しているかのようである。
不自然な体制であるにも関わらず、それを意ともせずに動き回る様は正に怪物としか言いようがなかった。
怪物はまた飛びかかる。少女は二度目の襲撃もかわすことに成功する。
「なんなのよ!こいつ!」
少女は怪物から逃げている最中思わず叫んだ。しかし、なんの反応もない。
怪物は、体勢からは想像もつかないようなスピードを出して少女を追いかける。
少女は必死に逃げるが、怪物に追いつかれてしまった。
そして怪物は―
「危ない!」
何やら声がしたかと思うと、怪物は、あらぬ方向に転がっていた。
怪物はすぐさま体勢を立て直そうとするも、もう一撃飛んできたので起き上がることができない。
「ごめんね」
怪物を攻撃していた者はなぜか謝罪したあと、その場でうずくまっている怪物に手を差し伸べる。
すると、怪物は光に包まれたかと思うと、粒子となり、そして消えていった。
「君、大丈夫?」
少女は眼前に起こっていることを見て呆然としているようだったが、声をかけられたときにその者の姿を見るやいなや、叫んだ。
「あなた、園田伊代ね!?私はあなたを探してたの!」
園田伊代と呼ばれた者は面食らった様子で少女の方に顔を向けた。
「いかにも、僕は園田伊代なんだけど...なんで僕の名前を知ってるの?」
伊代は少女の方を振り返る。伊代は少女よりも背が高いため威圧感を与えないよう、身を屈める。
「私の事忘れたの?」
少女にこう尋ねられるも、伊代には記憶にないようで、明後日の方向に目を向けてしまった。
「アリッサ!私はアリッサよ!あなたが私のことをアリッサって呼んだんでしょ!」
「アリッサ?君、アリッサなの?」
伊代は信じられないという眼差しを自分をアリッサだと名乗った少女に注ぐ。
「だって君はあくまでAIだったはずだよ。なんでアンドロイドになってるの。オマケに女の子になってるし。
「というかラブドールでさえ人間と見間違えるようなのはまだないよ。ましてやアンドロイドなんて」
伊代は、自分が預かり知らないところで文明が発展したような気がして困惑を隠せない。ましてや世界崩壊状態の今では尚更だ。
「そういえば、君を入れたコンピュータにケイオシウムを組み込んだんだっけ。もしかしてそれの影響?まあ、それが原因なんだろうな」
伊代は今の状況とアリッサの身に起こったことを照らし合わせ、結論を下した。
「こんなところで立ち話してもなんだな。君もまた襲われるかもしれないし…。
「…そうだな、君も来るか。どっちみち僕のうちに来る予定だったろうし」
「ええ、そうさせて貰うわ」
共に家路につく際、ふとアリッサは口にした。
「私に襲いかかった怪物を倒したとき、あなた「ごめんね」って言ってたけど。あれどういう意味?」
「ああ、あれね。あの怪物は元々人間だったんだよ」
「ふーん」
アリッサはなんの感慨もないような素振りをした。
しばらく歩いているうちにマンションと思わしきビルに着いた。ここも例外なく廃墟と化しており、人の気配が感じられない。
「僕は7階に住んでるんだけど、面倒くさいからエレベーターを使おう」
画面には階数表示がなかったが、伊代は構わずに上りボタンを押す。
しばらく待っていると、エレベーターが降りてきて、ドアが開いた。
「ここ電気通ってないわよね。なんでエレベーターが動いたのよ」
「エレベーターに残留してるケイオシウムに働きかけたんだ。僕はケイオシウムに干渉できるからね。ただ、これをやり過ぎると僕自身がケイオシウム化する恐れがあるけど。まあ、エレベーター動かすくらいなら大丈夫でしょ。
「さ、アリッサも乗った乗った。落っこちないから」
二人は降りてきたエレベーターに乗った。
エレベーターで7階に着くと、伊代は710号室に向かった。どうやらそこが自宅らしい。
「ただいまー」
挨拶しながら玄関ドアを開けると、玄関にはうっすらと膜のようなものが張られていた。
「この膜はなんなの?」
「これは外のケイオシウムを浄化する機能があるんだ。外から入ってくるものも遮断できるよ」
言うなり、伊代は膜を突き破って中に入った。アリッサも続けて中に入る。
「こんなものがあるのね」
「僕が作ったんだ。スライムってあるでしょ。これにケイオシウムを注入して膜にしたんだ。
「外のケイオシウムは人間の残留思念が強いから、長時間浴びると自他境界がなくなっちゃうんだよ。それだけならまだしも、そうなると今度は怪物になってしまうんだ。
「僕は外のケイオシウムにある程度耐性はあるんだけど、それでもずっと浴びてたらどうなることやら。だから部屋の中に入ってこないようにしたわけ」
アリッサは伊代の説明に耳を傾けていたのだが、ひとつ気になっていたことがあったようで、それについて尋ねた。
「さっき「ただいま」って言ってたけど、誰もいないでしょ。なんで「ただいま」って言ったのよ」
「それはね、一人暮らしって知られたら面倒くさいことになるでしょ。今それやる必要があるのかって言われたらそうなんだけど。癖になっちゃってるんだね。もしかしたら、このマンションには、僕以外まともに口が聞ける人がいないと思いたくないからかもしれない」
二人がリビングに着いた途端、一斉に照明が付き、薄暗い部屋が明るくなった。
「これもケイオシウムのおかげ?」
「そうだね。この部屋に残留してるケイオシウムは他人の思念が混じってないから大丈夫だ。そもそもケイオシウムは少量なら無害だし」
アリッサはソファーを見るなり、まるでそこに住んでいたかのように躊躇うことなく腰掛ける。
「ところでアリッサ、君はなんの用があって僕を探してたの」
「そういえば、人間は外のケイオシウムを浴びすぎると怪物になるってのはわかったけど、なんで私を襲ってくるのよ」
「僕は君に質問したらそれに関連するような答えを出すようにプログラミングしたんだけど」
自分の発した問いからだいぶ外れた返事だったので、伊代は思わずずっこけそうになった。
「でも君の疑問はもっともだ。なんで襲ってくるんだろうか。僕は襲われたことないし」
伊代は顎に手を当てて考え込んだ。
「君が僕の元に来たのは、怪物から守って欲しいから?」
伊代はアリッサの問いに対して質問で返してみた。
その時、アリッサはやにわに立ち上がり、伊代が研究室として使っている部屋の方へ歩き出した。
「なんで僕の質問に答えてくれないかな!」
伊代は後を追った。
アリッサが研究室のドアを開けると、ここの入口にもスライム状の覆いがかかっていた。中を見渡すと、壁一面が本棚となっており、机には大量の書類や研究器具や覆いがかけられた物が置いてある。
そこにあるものは石と思われる物体ばかりだったが、植物のようなものもあったりで、おそらく外から採取したのであろう。
アリッサは目に付いた書類を手に取り、パラパラとめくる。
「見るのはいいけど、ちゃんと元あったところに戻しておいてよ」
あとから来た伊代は、半ば呆れた調子で書類を見ているアリッサに注意する。
「伊代、ここで何やってるの?」
アリッサは書類を置き、伊代の方を向く。
「何やってる、って…...フィールドワーク?」
伊代は躊躇いがちに答えた。
「フィールドワーク?あなた以外の人間の生存が確認できてない状況でそんなことやっても意味ないでしょ。発表する場所も聞く人間もいないのに」
「僕はケイオシウムの発見者なのっ。ケイオシウムの影響を調べるのは発見者の責任なのっ。だいいち、人間っていうのは意味のないことをするものなのっ」
冷たく言い放つアリッサに対し、伊代は熱っぽく反論した。
「ところでさ、なんで君は僕を探してたの。
「...いや、話したくないっていうなら無理に聞かないけど」
それを聞いたアリッサは、改めて伊代を見つめながらこう言った。
「あなたに、会いたかったの」
「あなたに会いたかったの」と言われたとき、伊代は思わずドキッとした。
「それは、どういう…」
「私はあなたのスケジュールを管理するために作ったんでしょ。だから、あなたに会いたかったのよ。だって、直接会ってないとできないし」
「はぁ」
アリッサは自らの意思ではなく、そうプログラミングされているから自分のところに来たのだ。
人間の姿をし、時折不可解と見える行動を取っているので、てっきりプログラムを無視できるほどの自我が芽生えたのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。伊代は内心ガッカリした。
「スケジュール管理かぁ。世界がこんなになってスケジュールも何もないような気もするけど。
「まぁいいか。でも、また君に会えてよかったよ」
そのとき、伊代はアリッサの顔を見たが、不思議そうな表情を浮かべたような気がした。
しかしそれは本当に一瞬で、瞬きをする頃にはいつもの表情に戻っている。
「ところで、なんで世界がこんなことになってるの。
「いやね、僕長いこと隔絶されてて、やっとのことで外に出たらいつの間にか崩壊してたんだけど」
伊代は自分が身動きが取れない間に何があったのかとアリッサに尋ねた。
「それはケイオシウムが暴走したからよ」
「うーん。それはわかるんだ。そうじゃなくて、僕が聞いてるのは、なんでケイオシウムが暴走したのかなんだけど」
「だからケイオシウムが暴走したからよ」
「わかんないならわかんないって言って欲しいな。
「暴走した時点で世界が滅茶苦茶になった感じだから、原因究明ができなかったってとこか」
伊代はアリッサの要領を得ない答えから仮説を立てた。
「…そういえば、「あいつ」はどうしているんだろうか」
伊代は一瞬苦い顔をした。少し考えてからアリッサにこんなことを聞く。
「…アリッサ。君は「研究所」から来たんだよね?
「ええ」
「あいつ、当麻って生きてるの?」
「そうね、生きてるわ」
「…居場所わかる?」
「自他境界がなくなって怪物と化してたら、アリッサは「生きてる」と言えないはずだ。だから、「生きて」るんだろう。
「ようやく意思疎通ができそうな人間に会えると思ったら、よりによってあいつとは…」
伊代はボヤきながら出かける支度をしていた。
「アリッサ、君に渡したいものがある」
伊代はアリッサにペンダントを渡した。ペンダントトップには青い液体が入っている。
「そのペンダントに僕の意識を分けておいたんだ。今は眠ってるんだけど。眠らせておかないと意識がごちゃごちゃになっちゃうからね。
「青い液体は僕の血液だよ。色々あって僕の血は青くなっちゃったんだ。
「ちなみに、なんで血を入れたのかというと、具体的なイメージがあった方が意識を分けやすくなるからね。それに血は命だっていうし」
「なんでこんなものを渡すのよ」
「なにが起こるか分からないからね。とにかく、君に持っていてほしい」
伊代はアリッサに言い含めた。
アリッサを残し、伊代はマンションを後にした。アリッサは怪物に狙われているので、迂闊に連れ出す訳にはいかないからである。
怪物に狙われる原因は不明だが、外のケイオシウムが関係しているのだろう。とするならば、浄化フィルターが付いている部屋の中ならばきっと大丈夫だ、と考えたからである。
「というか、まだ『研究所』にいるのか…何を企んでいるんだ?」
そもそも伊代がここに住んでいるのは、かつて勤めていた研究所が近くにあったからだ。
因縁の相手がずっと傍にいたにも関わらず、それに気が付かなかったとは。
伊代は苦笑いをした。
伊代は歩き続け、かつての職場である研究所に到着した。
研究所も街と同様にボロボロになっており、異様な植物に覆われていた。
時折悲鳴のようなものが聞こえるが、声の主はもしかしたらかつての同僚かもしれない。伊代は余計なことは考えないようにした。伊代は研究所の敷地内に入り、奥へ進んでいくと、かつて研究室だった場所に着いた。
「久しぶり、当麻」
そこには一人の男がいた。
「その声は…園田か?」
当麻と呼ばれた男は振り返り、伊代の方を見た。
「随分と様子が変わったな。なんで髪を切ったんだ?私は長い方が好きだったよ」
「久々に会って言うことはそれ?髪を切るのは勝手だし、他にも色々あるでしょ。左右の目の色が違うとか。あと、血も青くなっちゃったよ」
伊代は冷静さを保とうとしたが、どうしても苛立ちを隠せない。
「そもそも僕がこんなになったのは、当麻、お前のせいだ。でも僕が怒ってるのは…。
「ケイオシウムを軍事利用しようとしたからだろ!」
伊代は怒りを顕にした。
「それの何がいけない?ケイオシウムの有効性が認められれば、それこそ研究が捗るだろう」
「それで人類が滅んだら本末転倒だろ!そんなことの為に僕はケイオシウムを発見したんじゃない!」
「人類は滅んではいないさ。自他の境界が無くなっただけだ。むしろケイオシウムによって人類は死を克服したと言える」
「何を言ってるんだ。自我を保てないんじゃ死んだも同然だ!」
「それは違うぞ、園田。人間は自分以外のものを認識できないと生きていけなくなる。だが、ケイオシウムによって自分の身体を認識しつつ他人を認識することができるようになったんだ。つまり、自分が見ている景色を他者にも共有できるようになったんだよ。
「それによって人類は各々同じ景色を見、同じ考えを持つ。そしてひとつになった。素晴らしいじゃないか」
「ふざけるな!当麻、じゃあなんでお前はひとつになってないんだ」
「仕方がないだろう。誰かが導き手にならねばいけないのでな。
「残念だよ、実に残念だ。君と2人でならより良い世界を築き上げることができると思ったのに」
当麻は妙な機械を取り出し、伊代に向かって照射した。
「高濃度のケイオシウムを浴びたにも関わらず人の姿を保っている時点で奇跡としか言い様がないから、こんなことをしたくなかったんだがな」
ケイオシウムを浴びせられた伊代は、跡形もなく消え去った。
マンションに残されたアリッサは胸騒ぎのようなものを覚えた。だが、アリッサにはそもそも胸騒ぎというものが分からない。
「なんなのよこれ…」
妙な感覚を覚えたアリッサだったが、自分の身になにが起こったのかさえわからないので加えて苛立ちまで覚えた。
アリッサは貰ったペンダントを首から下げていたが、ペンダントが胸元で震えているような気がした。アリッサはペンダントトップを手に取った。
「伊代!なにか言いなさいよ」
アリッサはペンダントトップに向かって叫んだが、何も起こらなかった。
「いつまで寝てるのよ!」
アリッサはペンダントを外し、床に叩きつけた。
すると、ペンダントは青白い光を放ったかと思うと、その光は人の形をとり、そして伊代が姿を表した。
「研究所に行って、当麻に会ったけど、ケイオシウムを浴びて…ええと、なんで僕はマンションにいるんだ?」
伊代が戸惑いを覚えつつ部屋を見回していると、アリッサが抱きついてきた。
「うわわっ!」
アリッサの予期せぬ行動に伊代は思わずびくっとなった。
「心配かけさせないで、馬鹿!」
「僕のこと、心配してくれてたの?…ありがとう」
伊代は微笑みながらアリッサの頭を撫でた。
「なにそれ?馬鹿って言われて嬉しいの?」
「人間には色々あるんだよ」
「ところで、伊代のいう「人間」っていうのは一体なんなのよ」
「はあ」
妙なことを聞くもんだと思った伊代は頭を傾げた。
「血液が青くなってたり、ケイオシウムを直にコントロールできるのは、一般的な人間の定義には当てはまらないわよ」
「そこなんだけどね。今のところ人間こそいちばん賢いってことになってるけど、人間が使う言葉というやつは、時間とか空間とかの縛りを受けてるわけだ。それというのは、人間ってやつこそ時間とか空間とかの縛りを受けてるからなんだけど。
「僕は時間とか空間とかの縛りから解放されてるわけじゃないので、僕は人間なんだって。といっても周りが人間と認めてくれるかどうかはまた別の問題」
「でもそれだと私も人間になるわよ」
「君の場合、「何処までがプログラム由来なのか」っていう問題があるな。
「まあ人間だって言うほど自由とは思わないけど。
「ちなみに僕は君を人間にする研究をしてたんだ。その過程で発見したのがケイオシウムだよ。
「ケイオシウムっていうのは人間の無意識を結晶化したものなんだけど、これをコンピュータに組み込めば、AIが人間みたいに自分で考えて行動できるんじゃないかと考えたわけなんだけど…」
「ふーん」
アリッサはなんの感慨もないような相槌を打った。
「アリッサ、話長いなって思ってないか?話が長いのは科学者の宿命みたいなもんだから諦めてくれ」
「―そういうわけなので、僕はもう一度、研究所に行こうかと思う」
「反対よ!」
「だよねぇ」
伊代の身に何が起こったのかは分からないが、死ぬ目に合うようなことになったのは確かだろうと踏んだアリッサは、伊代の「もう一度研究所に行く」という提案を却下した。
「でも、当麻を放って置く訳にはいかないよ。なんとかしないと」
「対処法はある訳?」
「そりゃ無策で行くわけないでしょ。確実とは言えないけど…でも、何もしないでここにいるよりマシだ」
伊代はアリッサの手を握った。
「君にも来てもらうよ」
「なんで私が研究所まで行かないといけないのよ」
外に出た途端、アリッサを目掛けて怪物が襲いかかってきた。
「君がいないとダメなんだよ」
伊代は次々と襲いかかってくる怪物を倒していく。
「そもそもなんで君が襲われるのかってことなんだけど。
「それは君が異物だからだろう」
「異物?」
「ケイオシウムを浴びて怪物になっちゃうと自他境界がなくなるわけだけど、君の場合はケイオシウムを浴びても独立したままだからね。どうやらケイオシウムは君を人間とは見なしていないようだ」
「それと私を危険な目に合わせることと何が関係あるのよ」
「どうやら君にもケイオシウムに干渉する力があるみたいなんだ。頼む、これから僕のケイオシウムに干渉し続けて欲しい」
「どういうことよ」
「君はペンダントを元に僕を復元したんだ。オリジナルの僕は消滅したんだけど、記憶は受け継いでるから誤差の範囲内だろう。
「検証してないから憶測の域を出ないけど、僕のスケジュールのデータを元に、君の内包しているケイオシウムを使って復元したってとこかな。僕の行動データが大事なのであってスケジュールはきっかけみたいなものだけど。
「だから僕がこの姿を維持できるように干渉し続けて欲しいんだ。そうそう僕から離れないでね、干渉できなくなるから」
「やっぱり危ないのは嫌よ。だいいち、あなただって危ないでしょう」
「大丈夫だって。僕が君を守る!」
「大丈夫の根拠は?」
伊代は何も答えずにアリッサの手を引いて歩き続けた。
「答えなさいよ!」
伊代は迫り来る怪物を迎え撃ちながら研究所へ向かう。
「あなた、強いのね」
「君のおかげで強くなったんだよ」
「ふーん」
「気の利いた反応を期待したのが悪かった。でも君のおかげで沢山干渉ができるようになったから君のおかげで強くなったのは本当だ」
二人はどうにかして研究所に辿り着いた。研究所は外の喧騒とは打って変わって驚くほど静まり返っている。
「ここにも怪物はいるんでしょう?なんで襲ってこないのかしら」
「いや、ここの怪物も襲ってくると思うよ」
伊代は怪物は襲ってくると言っている割には、随分と落ち着き払っている。
「でも、ここのやつが襲うのは君じゃない」
ガタッ。
突如、部屋の中に物音が響き渡った。
そして、ヒタヒタと足音がする。
「アリッサ、何があっても頑張って僕から離れないようにしてね」
「無茶言わないでよ」
ヒュンッ。
伊代に向かって風を切るような鋭い一撃が飛んできた。伊代はスレスレでかわす。
攻撃は壁に当たり、部屋中に大きな音を響かせる。
音の主は長い触手のようなものを持っており、どうやらそれを打ち付けたようだ。
「離れないようにって無茶なこと言ってるのわかってるの。こっちにも飛んでくるんだけど」
「だから大丈夫だって。僕が責任もって守るから」
「だから何が大丈夫なのよ」
伊代とアリッサは押し問答をしたあと体勢を立て直し、そして怪物の方に向き直った。
「こいつ、人間の頭が3つあるわ」
「自他境界が無くなったからくっついたのかな。
「よく見たら、身体同士がくっついたみたいになってるし」
上半身は3人の人間の身体がくっついたようであったが、下半身は百足のようになっていた。
「触手みたいなのは腕を変形させたのかな。
「これじゃ近づくのも精一杯だな。これでどうだ」
伊代は右手を振りかざすと、手と腕が鋭い刃になった。
「ケイオシウムはなんでもできるんだ」
怪物は触手を伸ばしてくる。伊代はそれを切り裂き、距離を詰める。そして怪物の首を飛ばした。
「やったか!?」
首から真っ青な血が吹き出しているが、怪物の動きは止まらず、のたうち回っている。
床に転がっている首も目をぱちくりさせており、口がパクパクしている。
伊代は怪物をケイオシウム化させようとするが、なんの変化も見られず、相変わらずのたうち回っていた。
「この怪物も干渉されているんだ。だから死ぬこともできないんだろうな。
「先に進もう」
伊代とアリッサは怪物を残し、先へと進んだ。
しばらく進むと広い部屋に辿り着く。そこにはたくさんのパソコンや実験道具が散らばっており、部屋の真ん中には一際巨大なディスプレイとそれに接続された大量の機械があった。
「驚いたよ。跡形もなく消え去ったと思っていたが」
ディスプレイから声がしたかと思うと、そこに当麻の姿が映し出された。
「君には驚かされてばかりだよ。流石ケイオシウムを発見しただけの事はある。
「そもそも世界がこんなことになったのは、園田、君のせいじゃないか。君があんなものを発見したからこうなったんだ」
コンピュータから発せられている話を聞いていた伊代は、モニターを睨みつけた。
「それはお前が軍事利用しようとしたからだろう」
伊代はモニターを睨みつけていたが、次第に口元を歪めた笑顔に変わっていった。
「そもそもケイオシウムをコントロールすること自体が間違いなんだ!
「僕は人間のようなAI…いや、新しく人間を作り出そうとしてたんだ。ケイオシウムはその為にあるんだよ。だってコントロールできるAIなんか人間じゃないでしょ」
部屋にしばし沈黙が訪れた。
「…園田、やはり君は危険だよ。危険なところが魅力でもあるんだが」
先に沈黙を破ったのは当麻だった。
「僕にしたら神様気取りで世界を支配しようとするお前の方がおかしいよ。だって他人の人生を、生き方そのものをコントロールしようだなんて」
「創造神を気取っている君にそんなことを言われるとはな。お互い様じゃないか」
「…どっちみち僕らは平行線ということか。残念だよ。どうしてこうなっちゃったのかな」
伊代はアリッサの手を強く握るとモニターに手をついた。
「当麻!ケイオシウムをコントロールする為にコンピューターと融合してAIそのものになったんだろう。でも、ここにコンピューターウイルスを流したらどうなるのかな?
「ケイオシウムって凄いよね。物理的にコンピューターウイルスを作れるんだから」
伊代の顔面に浮かんでいる笑みは狂気走ったものだった。
「馬鹿!やめろ!」
当麻は悲鳴をあげる。モニターの画面は乱れ、つながっている機械はバチバチと音を立て、そして破裂した。
その時、手を握っていたアリッサが伊代のそばで崩れ落ちた。
「アリッサ!?」
伊代は急いでアリッサを支えたが、アリッサはグッタリして動く様子さえ見えない。
「アリッサ、アリッサ!」
伊代は懸命に呼びかけたが、なんの反応もなかった。
「…アリッサ…」
ピクリとも動かないアリッサを抱えていた伊代の目から一筋の涙が零れた。
「なんで泣いてるのよ」
倒れてから動く様子さえ見せなかったアリッサだったが、いつの間にか起き上がっており、伊代を見つめていた。
「アリッサ!?」
伊代は喜びのあまり、強く抱きしめた。
「なんなのよ」
アリッサはなんの感慨もないような返事をした。
「コンピューターウイルスを作った時に負荷がかかりすぎてフリーズしてしまったのかな」
「あなたが悪いんじゃない」
「そこはごめんよ。でも、起きてくれてよかったよ」
伊代は決まりの悪さを誤魔化すように微笑した。
「これで一件落着になるのかなぁ」
伊代は破裂した機械に目をやった。
「一件落着ってなによ。人間がいなくなってる状況なのは変わらないわよ」
「…だよねぇ」
伊代は気弱に返した。
「そういえば、あなたは私のスケジュール管理のデータを元に復元されたって言ってたわよね。企業のアカウントデータが残ってたらそれを元に人間を復元できるんじゃないかしら」
「君すごいね!でも僕はやりたくない!」
伊代はアリッサの提案を一蹴した。
「さっき当麻が言ってたけど、人間がいなくなったのって、元はと言えばあなたがケイオシウムを発見したからじゃないの。ケイオシウムが原因なんだから発見者として責任を持つのは当たり前でしょう」
「人間を復元するということは、その後に起こるであろうことにも責任が発生するんだ。僕はそこまで責任持ちたくない!
「あぁ、過去の発言がブーメランになって飛んできたー!」
伊代は頭を抱えた。
終わった世界のなんでもない日常 奈々野圭 @nananokei
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