スーパー
鳥取の人
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秋の朝。開店前のスーパーで店長が一人作業をしている。
「今日は田中も梅田も遅刻か……。梅田は最近遅刻が多いと思ってたが、田中まで……」
後ろから田中の声がした。「スイマセン、遅刻してしまって」
店長が振り向くと、田中はおらず、タヌキが一匹、手を擦り合わせていた。
「えっと…………誰?」
「田中ッス」
「いや、え……田中?」
「朝起きたらタヌキになってて。車運転できないから歩いて来まして」
十数秒ほどの沈黙の後、一応事態を受け入れることにする。
「そ、そうか……。しかし、タヌキの体じゃ仕事できないからな……。そうだ、タヌキなんだから、人間に化けれないのか?」
田中は爆笑しはじめた。「タヌキが人間に化けれるワケないでしょ。店長そんなの信じてるんスか?」
「そもそも人間がタヌキになってるのがおかしいんだから今更なんだよ。しかし仕事できないんじゃ困るな」
「でも店長だってゴリラみたいな外見なのに仕事してるじゃないスか」
「そういうの良くないぞ」
「そうだ。かわいいから客寄せタヌキとかどうスか?」
「よく自分で言うな。じゃあ外で客寄せでもしといて」
田中は表に出ていったが、しばらくして店内に戻ってきた。
「全裸だから寒くて……」
「服着てくりゃ良かったのに……」
再び爆笑して言った。「タヌキが服着てたらおかしいでしょ」
「だからそもそもタヌキになってるのがおかしいんだから今更だよ」
「なんか体冷えてオシッコ行きたくなっちゃったな」
「さっさと行ってこい、もう」
しばし後、トイレに行ったはずの田中がなかなか戻ってこないので様子を見に行く。惣菜売り場の方でカサコソと音がし、見ると田中が商品のエビフライを食べ散らかしていた。
「お前、なにやってんだ!商品だぞ!」
「あ、店長、スイマセン。タヌキなもんで、つい」
「オシッコも変なトコでしてないだろうな」
「精肉コーナーでしちゃいました。あそこため糞場にいいかなと思って」
「何やってんだよ!」
タヌキには、複数の個体が同じ場所に糞をする「ため糞」という習性があり、この場所を「ため糞場」という。通常、一匹のタヌキの行動範囲内に10程度のため糞場があり、臭いによって個体同士の情報交換に役立っているものと考えられている。
と、後ろの方からパカパカと変な足音が聞こえてくる。店長と田中がそちらを振り向くと、商品棚の間を馬が歩いてくるところだった。
「オレ、梅田です。朝起きたら馬になっちゃってて。あれ?先輩も動物になったんですか?馬が合いますねぇ!馬だけに。ハハッ」
今度は店長も驚かなかった。「君、最近遅刻が多いぞ。直しなさいよ」
「馬の耳に念仏ですよ」
「自分で言うな。それにしても馬の体じゃ仕事できないな」
「大丈夫ですよ。かわいいから表で客寄せ馬として……」
「いいよ。外は冷えるし、変なトコでオシッコされても困るから」
「そういや今さっき駐車場で馬糞してきたんですよ。ドッサリ」
「客来なくなるよ!」
「すみません。このところ食べ過ぎちゃって。天高く馬肥ゆる秋ってやつですかね」
「いちいち上手いこと言おうとするんじゃない」
そのとき、覆面を被った男が店に入ってきた。
「すみません、まだ開店前なので」と店長。
「うるせぇ!金を出せ!」
男は懐からナイフを取り出し、店長に突きつける。
店長は驚いて飛び退った。「分かった、分かった!金は出す!………………なんか臭いな」
「さっき駐車場でなんかの糞踏んじまってな。そんなこといいからさっさと金を出せ!良い車買って彼女に金があるところを見せてやるんだ」
「強盗なのに動機ペラペラ喋りますね」と梅田。
「取らぬ狸の皮算用、か……」と田中。
「上手いこと言ってる場合か!」と店長。
「ハクビシンだ!カワイイ〜」と強盗。
「え?」と店長、田中、梅田。
強盗の態度はガラリと変わり、田中に飛びついて撫で回しはじめた。
「え、え?オレ、ハクビシンだったの?タヌキだと思ってた……」
強盗は機嫌良さげに笑って「タヌキとハクビシン間違えないだろ〜。『ダーウィンが来た!』観てないの?」
店長が洩らす。「まずハクビシンが喋ってることに驚けよ」
微かにパトカーのサイレンが響いてきた。強盗はハクビシンを撫で回す手を止め、聞き耳を立てる。
「お前がハクビシン撫でてる間に通報しといた。もう逃げられないぞ。馬鹿な真似はやめろ」店長が説き伏せにかかる。
梅田が反応する。「馬鹿な真似って、馬だけに?」
「違う」
「クソ!こうなったら……」強盗は素早く梅田に飛びつき、首にナイフを当てる。「こいつがどうなってもいいのか!」
梅田が吠える。「この強盗め!とうとう馬脚をあらわしたな!どこの馬の骨だ!」
「だから上手いこと言ってる場合じゃないんだって」と店長。「……そうだ!田中と二人、いや、一人と一匹がかりなら……」
田中を見ると、横になって寝たフリをしている。
「狸寝入りしてる!ハクビシンなのに!」
サイレンは次第に大きくなり、駐車場に数台のパトカーが到着する。店内に警官隊が踏み込んだ。
強盗は警官たちにナイフを見せつけて叫ぶ。「妙なマネするなよ!こっちには人質……じゃなくて馬質がいるんだぞ!」
ふと何か思いついた店長が野菜売り場を指差し、「梅田!あれを見ろ!」
野菜売り場を振り向いた途端、梅田は強盗を後ろ足で蹴り上げ、猛スピードで走り出した。
床に伸びた強盗は逮捕され、あとには疲れ果てた店長と、まだ狸寝入りしている田中と、商品のニンジンを食べている梅田が残された。
その後、警察の聴取の為に一日閉店することになった。聴取が終わり、3人は警察を見送った。
「まったく散々だよ。店員は動物になるし、商品食われるし、店汚されるし、挙句の果てに強盗まで来るし……。このあと本社の人にどう説明したらいいんだ……」
さっきからスマホをいじっていた田中が言う。「でも店長、警察の人が裏垢でツイートしたっぽいんですけど、この店、タヌキと馬とゴリラがいるって話題になってますよ。明日から繁盛するかもしれませんね」
「ゴリラはいないけどな」
梅田が嘯く。「人間万事塞翁が馬。お後がよろしいようで」
「やかましいわ!」
スーパー 鳥取の人 @goodoldtottori
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