マオグイ――招福と呪詛の物語
斑猫
前編:金運もたらす招福の猫は
「今のご時世、ペットにみんな関心が向いてるんすよ。そう言う今だからこそ、ペット動画をぶち上げれば確実に売れる」
ペット動画と言えばやはり猫でしょ! 某名物教師よろしく意気込んで言うのは春谷という若者だった。若者と言って侮ってはならぬ。彼は大学在学中に「株式会社リバティ」だの「株式会社ハーリー」だのを立ち上げた若手実業家なのだ。
※リバティは既に無く、後継会社のハーリーが八面六臂の活躍を行っているらしい。
春谷社長はだから、都内某所のオシャンティなビルを借り、オシャンティな部屋にてこうしてオシャンティな会議を行っているという事だ。
そして今の議題は、「いかにして楽に儲けを出すか」であった。春谷社長のオシャンティな脳内コンピューターの中では、猫動画こそが最適であると答えが出ていたのである。
現に猫動画をウィーチューブにアップして稼ぎを得ているチャンネルは存在していた。自然な動きで視聴者を魅了する物、長毛のイケメン猫と独身女性とのオシャンティな暮らし、噛み癖のある猫とそれ以上に曲者の飼い主とのやり取り……実例を挙げれば枚挙にいとまがないだろう。
「社長。猫に関しましてはスコティッシュ・ストレートで行きましょう」
「そうだな」
小鳥のように大人しそうな女性スタッフの意見に春谷はオシャンティな軽薄さでもって頷いた。スコティッシュ・ストレートの猫の動画が人気である事を知っているためだ。
諸兄姉のために解説するが、スコティッシュ・ストレートとは立ち耳のスコティッシュ・フォールドの事である。スコティッシュ・フォールドのような折れ耳はないものの、ぬいぐるみのように愛らしい姿と大人しい気質から人気がある猫種でもあった。
実はスコティッシュ・フォールドの特徴である折れ耳は軟骨の形成異常によってもたらされた、端的に言えば畸形なのだ。立ち耳のスコティッシュ・ストレートはスコティッシュ・フォールドよりも軟骨の病に苦しむ可能性は少ないとされているが、その真偽は猫本人しか解らない事である。
こういった事からスコは諸外国では繁殖や販売が禁止されてもいるのだが……映えや流行を第一に考えるオシャンティ春谷には全く無関係の事であった。
ともあれスコの仔猫を看板とした猫動画ちゃんねる「ましゅまるチャンネル」が令和二年の晩秋にスタートした。ましゅまると名付けられた仔猫と一人暮らしの青年の素朴な暮らしを売りにした猫チャンネルとされているが、飼い主に当たる青年が、春谷社長が抱え持つスタッフの一人である事は言うまでもない。
余談だが猫の世話係役となったこの青年も、ましゅまるチャンネルのプロジェクトに参加する事にはかなり乗り気だった。猫が好きだから、可愛い猫のためになどという殊勝な心掛けではない。猫と暮らしているように見せかけ、映える動画を提供するだけで収入が得られる。その事で要求を呑んだだけに過ぎなかったのだから。要するに金に目がくらんだ俗物だったのだ。
無論春谷社長もそんな青年の腹の底は知っていたが気にも留めなかったようだ。オシャンティな春谷社長は、オシャンティな青写真にしか興味が無いのだから。
※
「初めまして、ましゅまるくん」
キャリーケースからまろび出る白い仔猫に語り掛ける世話係の優しげなテロップ。ましゅまるチャンネルの全てはここから始まったと言っても過言ではなかった。
ましゅまるチャンネルは人気を博した。小鳥のように大人しくも聡明なスタッフが選んだ仔猫は驚くほどに愛らしく、多くの人間の美的センスをわしづかみにする何かを兼ね備えていたのだ。またシンプルなBGMと素朴なテロップもまた、ましゅまるの魅力を引き立てるのに十二分だったのだろう。
かくしてましゅまるチャンネルは知られるや否やすぐさま人気の猫動画と相成ったのである。その時間は数か月と、人間の基準では短い期間ではあった。しかし、成長の早い仔猫が大きく育つには十分すぎる時間でもあったのだ。
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