第一節


 人族と魔族の戦争はおよそ100年間続いている。

 

 その間、血と憎しみが流れ過ぎた。

 私たちは互いに対して無知で、だからこそ互いを恐れ、排斥し、屈服させようとした。

 そうして争い合ううちに憎しみだけが膨らんでいく。

 連綿と続く報復の連鎖の果てに、相手を理解しようという感情はすっかり消え去り、憎悪と怨嗟の感情だけが私たちにこびりついてしまった。

 戦争は私たちからたくさん奪っていく。

 住む家も、豊かな土地も、大切な人たちも、私たちは全てを失った。

 そして失ったものは、二度と戻ってこない。

 失った者の悲しみは、二度と癒えることはない。

 お互いに歩み寄るには、流した血の量が多くなり過ぎていた。


 そして戦乱の世の末に、私たち魔族は追い詰められていた。

 

 私たちは増え続ける人族の兵士に、次第に対応出来なくなっていったのだ。

 魔族の間で意思を統一出来なかった事も、私たちが追い詰められた要因の一つだろう。

 逃げたい者、戦いたい者、降伏したい者、現実から目を背けたい者、皆様々だった。

 意見は纏まらず、私たちは崩壊の一歩手前まで追い詰められることになる。


 そんな危機的な状況を打破した英雄が、私の祖父だ。

 

 彼はばらばらだった私たちを纏め上げ、魔族が一致団結し、人族と戦うよう仕向けた。

 彼は偉大な指導者で、誰もが彼を敬愛していると信じていた。

 そう、あの瞬間までは。


 裏切り者の策によって無残に殺される祖父の姿を見るまでは。




 拝啓、おじいさま

 そちらはお変わりないでしょうか?

 私は今、とても大変な状況です。

 なんとあの憎っくき勇者が私のことを組み伏せています。

 それだけでなく私は彼女に求婚されているようです。

 私はいったいどうすれば良いでしょうか?


 少し現実逃避をしていると勇者から声をかけられた。

 「魔王、今すぐ決めて」

 「はぁ?何を?もしかして結婚の事?いやいや無理だから!お互いのこと何も知らないのに結婚とか…、って言うかそれ以前にあんたは人族で私は魔族なのよ!?」

 「そう」

 「いや、そうってあんた…」

 「結婚して私に協力して」

 こいつの中で結婚って一体どうなってるんだ?主従契約か何かか?

 これまでの会話でこいつに害意がないということは、なんとなく理解した。

 だけど決定的に胡散臭い。

 本人がそれを自覚していなさそうなところが、余計にたちが悪い。


 「悪いけど、訳の分からない契約はしないことにしているの。あんたの目的を言いなさい。それ次第では聞いてあげなくもないわ」

 「わかった」

 「私は魔王に協力して欲しいことがある」


 うん、厄介ごとの匂いがプンプンする。

 是が非でも関わり合いになりたくない。


 「だから私も魔王に協力する」


 そう言い切った彼女は説明完了とばかりに黙り込んでしまった。

 うすうす察してはいたが、彼女は人と喋ることが苦手なのだろう。

 結局私にどうして欲しいのかが全く分からなかった。


 「それで?あんたは何に協力してほしいのかしら?」


 そう問いかけた時、勇者の目から温度が急速に失われていくように錯覚した。

 それほどまでに冷え切った眼差しで見つめられ、私の肝も少し冷える。

 少しの間があり、ついに彼女がその重い口を開いた。

 

 「殺して欲しい人がいる」


 暗殺の依頼か。

 それ自体はわかりやすくていい。

 問題は

 「なぜ私に頼むの?」

 殺したい人物がいるなら自分で殺せばいいじゃないか。

 きっと彼女には、それを実行するだけの力を持っているだろうに。

 「情報が漏れるのは困る」

 「私から誰かに漏れるとは考えないの?私たち今の今まで殺しあっていた間柄じゃない」

 「魔王なら大丈夫」

 「なんでそんなに私の信用が高いのよ!」

 本格的に訳が分からなくなってきた。

 支離滅裂な彼女の主張を整理してみるとしよう。

 一つ、彼女は私に人殺しを依頼したい。

 二つ、訳あって彼女はその人物を殺せない。

 三つ、彼女はなぜか私を信用している。

 こんなところか。

 そして答えは決まっている。


 「断る」


 自国の民を護る以上に大切な責務が、王にはあるだろうか?

 たとえあったとしても、それを私は知らない。

 知らないことは考える必要もない。

 それとも彼女には私が護るべき民を放り出す、無責任な人物に見えているのだろうか?

 だとしたら心外だ。

 「たとえどんな理由があったとしても、私はここを離れるつもりはない」

 それだけは絶対に譲れないことなのだ。

 決意の固い私に彼女は衝撃の事実を告げる。


 「わたしは教会に所属してる」


 教会という言葉を聞いて思わず眉根にしわがよってしまった。

 もともと魔族排斥を主張し始めた団体こそ、その教会なのだから。

 教会は人族こそが神に選ばれた唯一の種族であり、それ以外の異形の種族は排斥すべきである。という訳のわからない主張を続けており、人族の間で広く信じられている宗教だ。

 これで益々彼女を信用できなくなった。


 「いかれた狂信者の戯言を信じると思う?」

 「信用する必要はない」

 「はぁ?信用がない人の話に乗る訳ないでしょ!?冗談も程々にしなさいよ!」

 そんな私の言葉を遮るように、彼女が話し出す。

 「教会はある情報を掴んでいる」


 情報、その言葉に反応してしまう。

 まさか、そんなこと…。ありえない!

 ありえないとは思いつつも、私は彼女の言葉の続きを聞かずにはいられなかった。

 

 「今回の大遠征もその情報を元に立案された」

 「情報源は魔族」

 「そいつは先代魔王を名乗っている」

 「魔王がわたしに協力してくれたら、魔王を裏切り者のところに連れて行く」

 「だから、お願い。協力して」


 仄暗い復讐心が、首をもたげる。



 「魔王、時間がない。今、この瞬間に決めて」


 外が騒がしくなってきた。

 この部屋に人が来るのも時間の問題だろう。


 「……………条件がある」

 「なに?」

 「まず私はあなたを信用していない。それを覚えていなさい」

 「うん」

 「これ以上同胞への追撃をやめさせること。出来る?」

 「できる」

 「嘘だったら殺すわよ」

 「わかった」

 「もう一つ、誰を殺すにせよこの城を壊す。手伝ってくれるわよね?」

 「わかった」


 私は魔王城に火を放ち、勇者と城が焼け落ちる様を眺めていた。

 生まれ育った城が焼け崩れて行く様子は、これから私たちの辿りつく果てを暗示しているように思えた。

 形ある思い出を自らの手で壊す寂しさと二度とこの場所には戻れないだろうという覚悟を決める。

 私は勇者について行くことを決めた。

 きっとこの先私はこの選択を後悔するだろう。

 それでも進もう。

 たとえこの旅の行き着く果てが、この世の地獄だったとしても。



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