冬の温もり

名苗瑞輝

冬の温もり

 出会いは突然だった。

 少し肌寒くなってきた秋口の出来事。それは友人からの勧めだった。そしてその瞬間、一目惚れした。

 だから俺は迷わず選んだ。今でも後悔は無い。

 何度も身体を重ねて感じる温もり、柔らかさ、そして優しさ。俺はいっそう惚れ込み、そして俺にとってかけがえのない存在となっていった。


「いっつも一緒だよね」


 ある日彼女からそう言われたこともある。


「好きだからな」


 少し照れくさかったが正直に答えると、彼女は「バカじゃ無いの?」と辛辣な言葉を返してきた。

 けれど俺は気にしなかった。むしろ誇らしくもあった。


 そんな日々がある程度続いた。

 やがて長いようで短い冬を乗り越え、春を迎えた。

 お世話になった先輩を見送り、新たに後輩を迎え入れる。出会いと別れのこの季節。


「いつまでそうしてるつもり?」


 彼女はこの気候よりは冷たく、しかしわずかに温かみを込めた声色で訊ねてきた。


「もう、終わりにしたら?」

「けど、俺は……」


 離れたくない。俺のその思いを彼女は理解してくれなかった。

 いや、本当に理解が無いのは俺自身なのかもしれない。


「我慢してるの、解ってるのよ」


 彼女は本当の気持ちを理解してくれていた。そう、俺だって限界を感じていたのだ。

 時間とは残酷だ。出会った頃は温かく心地良かったハズなのに、今では苦痛に感じることもある。

 まだ春だというのに、徐々に汗ばんでくる。嫌な空気だ。だから、もう覚悟を決めなければならない。


「……解った、今日で最後にする」

「バカ言わないでよ。今すぐこの場でお終いにしなさい。未練がましく今日一日なんとかしようとしないで」

「……」


 彼女の鋭いまなざしが俺を突き刺す。思わず目をそらしたくなった。けれどそれを我慢して、彼女の瞳をしっかりと見る。そこに揺るがない意志を感じた。


「……わかったよ」


 最終的に俺が折れる形になった。もちろん納得もしている。

 セーターを脱ぐと、途端に開放感に襲われた。確かに俺は縛られていたのかもしれない。


「じゃあそれ、早速洗濯するわよ。そんなに気に入ってるなら、ちゃんと綺麗にして、丁寧に仕舞っておきなさい」

「オカンかよ」

「あなたがだらしないだけ。ホント、しょうが無い人」


 呆れの中に、何か別の感情を込めて彼女は言った。そんな彼女のことももちろん愛おしい。

 そしてそんな彼女に感謝をしつつ、このお気に入りのセーターに別れを告げたいと思う。なにも今生の別れではない。また季節が巡ってくれば再会出来るのだ。


「ありがとう」

「セーターにお礼言うのキモい」

「お前に言ったんだけど」

「あ……あっそう、どういたしまして」


 こうして俺たちは新しい季節を迎えた。

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冬の温もり 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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