怪談「近所の黒猫」

Tes🐾

近所の黒猫

 私の職場の後輩にS君という霊感持ちの青年がいる。

 彼は物心ついた時から他の人には見えないモノが見えてしまい、幼少期からこれまで、様々な心霊体験をしてきたのだとか。

「それは何というか、大変だね」

 霊感についての話を聞いた私の言葉に、けれどS君は首を振り、あっけからんとした様子でこう返してきた。

「最近はもう色々割り切れるようになっちゃってるんで」

 そしてこんな話をしてくれた。


 今の会社に就職が決まったS君は、それを期に、実家から引っ越しをすることを決めたそうだ。

 そのまま通勤できなくもなかったが、その実家というのが結構古く、S君の霊感に引っかかるモノが結構現れたらしい。危険があるものはいないが、出来るならばそういうモノから解放されて、新生活に集中したかった。

 ただ、当然家の外にも霊はいる。全くそういうモノがいない場所というのは珍しいらしく、新居選びは難航した。けれど、S君は根気よく内見や独自の実地調査をして、ついにその場所を見つけた。

 そこはなんの変哲もない住宅地だったが、どういうわけか、驚くほど霊的な存在が少ない場所だった。見かけたとしても、気づけばいなくなってしまう。会社からもそんなに離れておらず、まさに理想としていた環境だった。そうして、その地域にあるマンションの一室、今も住むその場所に転居を決めたのだそうだ。

 ただ、どうしてそこが霊の寄り付かない場所なのか。当時は全く見当が付かなかったらしい。


 その原因が判明したのは、転居から半年ほど経った頃だった。

 ある時、S君はコンビニへ荷物の受け取りへ行った。そこで少し小腹が空いていたこともあり、ホットスナックを購入し、コンビニの隣にある公園で食べることにした。

 公園のベンチに座って揚げ物を頬張っていると、ふと近くの草むらから黒猫が出てくる。

 この黒猫はここに越してきてから度々見かけており、結構ふくよかで大きい猫だったが、首輪もしておらず野良猫だった。どうも、ここら一帯を縄張りにしているらしい。

 S君は猫好きだったので、見かける度に撫でようと策を弄していたが、いずれも失敗していた。どうやら気高き孤高の猫らしく、他の人から餌をもらってる姿も見たことはない。この時も、S君が舌を鳴らし、揚げ物の一部を差し出しても見向きもしなかった。

 ただ、いつもだったらそのままどこかへ行くはずが、黒猫はS君の座るベンチの隣、そこにあるもう一つのベンチの元へと向かっていく。姿勢をやや低くし、ゆっくりとした足取りは、何やら獲物を狙っているかのようだった。

 ――ネズミでもいるのか?

 そう思って、S君は体を傾けて下を覗いてみた。

 途端に、何かがさっと飛び出し、奥の植木の中へ飛び込む。黒猫はそれを追い、植木の中へと飛びかかっていった。

「嘘だろ」

 呻きのように声が漏れた。

 今飛び出したのは、ネズミではない、人だ。服装ははっきりとは分からなかったが、全体的に白く、そして長い髪があったので恐らく女だろう。それがベンチの下から這いずり出てきたのだ。

 恐らく、生きている人間ではない。

 それから植え込みが大きく揺れ、猫の狂ったような鳴き声と、甲高い女の悲鳴にも似た声が響いてきた。けれどそれも一瞬で、すぐ静かになる。

 そして、あの黒猫が中から姿を現す。


 口には女の頭が咥えられていた。


 女の頭は髪の根元を咥えられ、驚愕の表情のままゆらゆら揺れている。その視線はぴったりとS君と重なり、口が何かを言うようにもごもごと動く。だが、声がはっきり聞こえる前に、頭を咥えた黒猫は、ふと身を翻して公園を出ていってしまった。

 すべてが過ぎ去ったあとも、S君はしばらくその場を動けなかったという。

「多分、あの黒猫は相当ヤバいモノなんだと思います。でもまあ、おかげで幽霊とか気にしなくていいし、こっちも襲われたこともないんで。折り合いというか、もう割り切って暮らしてるんですよ」

 ただし、もう二度と、あの黒猫を撫でようなんて思いませんが。

 S君は話の最後にそう付け加えた。

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