選民の古城
沢河俊介
地下の仕事
小柄な女の栗原班長の指は爆破スイッチに置かれている。爆破の許可を管制官から待っているのだ。我々、『
私は有坂、三十三歳。この前まで都市開発省というところで役人として働いていた。しかし、訳があって上司と、いや、組織と対立して、この暗くて広大な地下へ移動となった。地下と言っても、それは気の遠くなるような時間をかけて自然に作られた洞窟や
栗原班長は枯葉の下に居る昆虫のようにカサカサと動く。管制官の爆破許可を待っているその姿は、
「私はきっと上から声がかかり、また元の地上勤務へ戻るように言われるはずです」
すると、
「あなたはもう役人じゃなく、元役人よ。ここに来たら地上へ二度と戻れない。残念だけど」班長は独り言のように覇気のない声で答えたのだった。
ここの作業では周囲をライトで照らすことになるが、光に浮かび上がるものといったら無数の柱だけだ。それ以外は白い砂で敷きつめられた地面があるだけだ。砂は何年か前にオークションで入手した
「爆破許可が下りる前に、勝手に爆破しちゃいましょうか?」
作業に慣れてきた私は初めて軽口をたたいてみた。栗原班長はまるで背中を
そうだろうな。勝手に爆破してはまずいのだ。上から天井が落ちてくるかもしれないから。そんなこと子供にもわかる。天井裏にいる我々の管制官は構造計算の担当者に確認をとってから我々に爆破の許可を出している。爆破するには順番というものがあるのだ。勝手気ままに柱を壊してまわったら、天井が崩れ落ちて、こっちの身が保たない。
『GtoAne248 栗原、爆破を許可する』
管制官から無線連絡が届くと、栗原班長は私に目配せしたあと爆破スイッチを押す。
真っ暗な空間で一ヵ所だけ
我々は爆発した柱から七〇mほど離れた別の柱の陰で爆風を避けている。砂塵がおさまると壊した柱のところへ行き、自分たちの仕事の成果を見とどけに行く。壊した柱を見ると、それは
「次へ行こう」
栗原班長の声がヘッドフォンを通じて届く。
我々のそばを自動運転で付かず離れずついてくる『
現代の地上でこのようにホバリングする乗り物はエネルギーを無駄遣いするという理由から使用が禁止されている。しかし、地雷が敷き詰められたこの地下ではそうもいってられないらしい。
硝舎の用途は現場へ移動するときに使うだけではない。寝泊りをしたり、食事もしたりもする。言ってみればアパートのようなところだ。一日の作業が終わると私たちは各個室へ戻り、朝まで過ごす。栗原班長とは当初よりも打ち解けてきたけれど、仕事が終わったらお互いの個室に帰って翌朝まで会うことはない。
我々の現在位置が示される旧式のタブレット端末を頼りに、班長は硝舎を次の目標地点へと走らせる。その端末には地雷の
次の現場では先ほどの爆破方法と違うやり方で作業するよう管制官から指示がきた。柱を完全に破壊せずに強度を落とすだけの爆破をしろという内容だ。これには専用のドローンを使わなければならなくて、それに搭載する爆薬付きのロープが必要となる。このロープには数メートルおきに爆薬が取り付けられていて、端には点火を示す信号を受け取る受信機が付いている。使い方はまず、ロープの一端をドローンに取り付けて飛ばす。ドローンは柱の周りをらせん状にまわって上昇する。規定の高さまで巻き終わると、ロープが落ちないようホチキスのはりに似た二足のピンを柱に発射して打ち込む。これで柱に巻かれたロープの端はホチキスで留められたように固定される。次にドローンはロープを切り離すと爆発の影響を受けないところまで退避する。ここで人間がスイッチを押して爆破すれば作業は完了する。この方法だと柱の表面だけにダメージを与えることになり、柱の強度を落とすだけにとどめることができる。これは導入されたばかりの方法で、近ごろ研修を受けた新人の私にしかできない。
ただ、ここで張り切って私が操縦をしながら作業に入りたいところだが、たいていはドローンに内臓されているプログラムが状況を自動的に判断して勝手に作業してくれる。手もとのコントローラを使って私が手動で操作することが、いつかあるかもしれないが、それは
管制官から指定された柱へ到着すると、ドローンは三分で爆薬を仕掛け終わって退避を完了した。
そのとき、暗闇の彼方から奇声をあげて誰かが走って来るのに気づいた。誰だろう、と栗原班長の方を振り返ると、彼女は管制官からの爆破許可の無線指示を聞き逃すまいと耳をそばだてているのか、単に反応が遅いのか、声のする方に背を向けたままだった。
向かってくる男は見たところ同業者のようだ。
「助けてくれ」
男が
「誰? どうしたの」
「恐ろしい」
「何が?」
「巨大な生き物の
「死者? 落ち着け。何があった?」
私は男に水筒を差し出した。喉を鳴らしながら飲んでいる男の姿をしげしげと眺めてみる。この男、地雷探知機を装備していないようだが、この地下に敷き詰められた地雷を踏まずに、ここまで走り抜けて来たというのか? なんて
男は熊沢と自ら名乗る中年の男だった。年齢は三〇代の後半ぐらいに見え、体形は中肉中背。顔は面長、唇はぶ厚く、走ってきたせいで荒い息遣いをしていると、ぶるぶる震えた。顔色は少し青白く、額は広かった。走ってきた足取りから体力はありそうだった。彼は落ち着きを取り戻すと、数十分前に自身が体験した出来事を話し出した。
「私はこの地下で看守をしています。
「ああっ!」
私の首筋に上空の暗闇から、水滴が置ちてきて思わず叫び声をあげてしまった。
「あ、有坂さん、びっくりさせないで」
「すいまんせん。背中に水滴が入ってきて。で、囚人たちはどこに?」
「みんな
「それで?」
「爆死したと思います」
「地雷で死んだのかい?」
「わからない、爆発音だけが聞こえて。振り替えるのも怖くて、走り続けたんだ。囚人の
「しかし、変だな。大きな声がしたぐらいで。巨大な生物に誰か
「いや、その声があまりにも恐ろしくて。何か体の奥にまで響くような不思議な音で、耳を手でふさいでも体内がひりひりと熱くなるんです。なんというのかな、動物の叫び声とも人のうめき声ともとれるようなものが体内で共鳴するようで。とてもその場になんか、いられないんですよ。」
そうこうしていると爆破するよう栗原班の管制官から無線の指示が届く。我々はやりかけていた仕事のことを思い出し、さっきドローンが仕掛けた爆薬に点火する。ぱらぱらと粉が上から落ちてくるだけの爆発があった。強度を落とすだけの爆破なので破片や
「今日の仕事はもう終わり。有坂さん。どうします? 呻く獣とやらを見にいく? 三一地区に」
栗原班長は平凡な地下生活の中で、好奇心をそそる対象を見つけたことが嬉しいのだろうか。いつも後片付けの遅い彼女はやるべきことをいつのまにか終わらせて、私が意見する前にもう硝舎に乗り込んでいる。
「あの男、熊沢はどうします?」私はドローンをかたずけながら班長に尋ねる。
「一緒に来るでしょう」
硝舎のデッキにいる班長から私はそう言われると、車外にいる熊沢を見つめ、彼に対して乗れよという
彼は軽くうなずくと、硝舎に乗り込んできた。
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