ボーイ・ミーツ・ガールアンドガールアンドガールアンド……

くらんく

黒と夢

 蒼穹が黒い闇に飲み込まれる夢を見た。


 「クロト……」

 

 全てが塗り潰されるような絶望に心臓が凍り付いた。


 「玄人くろと!はやく起きなさい!」


 母がカーテンを開ける。

 窓の外からの日差しが閉じた瞼越しに突き刺さる。

 

 ああ、もう朝だ。

 今日もまた学校に行かないと……。


「何時だと思ってるの!今日は王国祭に行くんでしょ」


 王国祭?何を言ってるんだ?

 寝ぼけ眼を擦りながら階段を下り、食卓に着く。

 何も変わらないいつも通りの光景だ。


 時刻は7時50分。遅刻確定。

 もう諦めて2時間目から登校しよう。


「8時から六花りっかちゃんの出し物なんでしょ。早く広場に行きなさい」


 口にパンを押し込まれ、母に玄関へと急かされる。

 俺はまだ寝ぼけているのだろうか。

 母の言葉の意味を理解できないまま鞄を持って外に出た。


 目的地はすぐに分かった。

 家を出て少し視線をずらせば広場が見えた。

 そこは異様な盛り上がりを見せていて、

 ある種の別世界のようだった。


 具体的に言うとしたら、

 それは浦安にあるテーマパークのような雰囲気で、

 中世ヨーロッパの趣きを有していると言えるだろう。


「今日は建国千年のお祭りだよ!」


 広場の入り口でピエロの扮装をした男が風船を配っている。

 なんだか聞いたことがある世界観だな……。

 そんなことを思いつつ俺は広場へと歩を進めた。


 その時だった。


「キャッ!」


 一人の少女とぶつかった。

 運命的な出会いを祝福するように広場の鐘が鳴る。

 それは8時を示す鐘だったのかもしれないが、

 俺にはもっと別のもののように感じられた。


「ごめんなさい!大丈夫?」


 転んでしまった俺に彼女は手を貸す。

 彼女の手を取って起き上がった時、思い出した。


 このシーン、見たことある。

 完全に思い出した。

 叔父さんの家でやったゲームだ。

 

 もしそうなら彼女はこの王国の王女のはずだ。

 そしてこの後、お祭りを一緒に回ろうと誘われる。


「――付き合って。いいでしょ?」


 どうやら会話が進んでいたらしい。


「いいよ」


「わーい!やった!じゃあ子供は何人欲しい?男の子かな?女の子かな?私は野球チーム作れるくらいの家族がいいなあ。あ、それとペットも飼いたいよね?君は犬派かな?それとも猫派?もしかして両方?」


「待って待って」


「なに?」


「何の話をしてるの」


「あっ、そうよね。子供の話なんて気が早かったよね。付き合っただけで結婚もまだなのに……」


「付き合った!?」


「そうよ」


「そういう意味なの!?」


「他に何があるの」


 迂闊だった。

 てっきり祭りを回るのを付き合ってと言われたと思っていた。

 まさか彼女がこんな恋愛中毒者だったなんて。

 たしかに現実とゲームは違う。

 ゲーム内の彼女とここにいる彼女を同一視するべきじゃない。

 そんなことも考えられないなんて油断していたとしか言えないな。


 だが、もし彼女が一国の王女だったならば、

 一度交際を許可したのに一方的に振るなんて真似はできない。

 いったいどうすれば。


「そうだ。君の名前は?」


「俺?俺は玄人。君は?」


「私は真理まりって言うの。よろしくね」


 真理。ゲームのキャラクター名と似てなくはないな。

 判断がつかない。

 どっちだ。どっちなんだ。

 状況が似ているだけの別人か?

 それともゲームを踏襲した王女様か?


「危ない危ない。大事なペンダント失くすところだった」


 本物だあああ!!!!

 まずい!非常にまずい!

 何とかして彼女と別れなければ!!


「どこに行こっか?」


 そうだ。

 あの手があった。

 ゲームを踏襲してこの状況を打破する一手が。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!天才美少女発明家、六花様の発明品が遂に本日お披露目だよ!」


 俺の幼馴染、六花の発明品である転送装置。

 二つのポッド間を転移できるこの奇天烈メカが神の一手。

 なんとこの装置が偶然にも異次元に繋がってしまうのだ。

 

 というのがゲームの流れ。

 俺はそれを利用する。

 被検体として真理をポッドにぶち込む。

 あとは待つだけ。

 サヨナラバイバイ。

 一件落着。


「ど、どうしよう玄人!あの娘消えちゃったよ!」


「よくやった六花。お前は天才発明家だ」


「えっ」


「お前には本当に感謝してる。最高。愛してる」


「ほ、本当に?」


 あれ?なんかいつもと雰囲気違くない?

 なんでちょっとずつ近づいて来てるの?

 そんな泣きそうな顔されると困るんだけど?


「玄人……」


「六花……?」


 後ずさりする俺を彼女は壁際まで追い詰めた。

 そして背伸びをして唇を奪った。

 ファーストキスだった。

 驚いた俺はバランスを崩す。

 彼女に押し倒される格好で俺は地面に尻もちをついた。


 カチッ


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 倒れた時に肘でも当たっただろうか。

 異次元転送マシーンが起動してしまった。


「六花ああああああああ!?」


 彼女もこの世界から姿を消してしまった。

 まずい。非常にまずい。

 事故とはいえ幼馴染を消すのはまずい。

 いや、王女を消した方がもっとまずいとは思うけど、

 六花がいなくなる方が精神的にキツイ。

 せっかくいい感じになったのに。

 もう覚悟を決めるしかない。

 俺ならきっとできるはずだ。

 

 俺は意を決して異次元の扉を叩いた。

 ワープゲートが開いて、俺の体は吸い込まれていった。


 目を覚ますと森の中。

 そしてすぐにモンスターに襲われた。

 しかし二足歩行のワニに助けられた。

 見事な剣捌きだった。

 内心カエルじゃないのかと残念に思った。


「大丈夫か?私といれば安し――」


 剣士が赤いマント翻し振り返った瞬間、

 自らのマントを踏みつけてつんのめる。

 俺は体を使って剣士を受け止めた。

 セカンドキスはワニだった。


 すると剣士の体から光が放たれた。

 光の中から出てきたのは引き締まった肉体の美女だった。

 

「お、おんな……?」


「王子様とのキスで呪いが解けたみたいだな」


 彼女は驚きもしないが俺は混乱が止まらない。


「じゃあ行こうか」


「行くってどこへ?」


「魔王城」


 彼女に半ば無理矢理連れ去られ、

 辿り着いた魔王城。

 

 現れる敵をばったばったと薙ぎ倒し、

 遂に開かれる最後の扉。


麻央まお、お前を倒しに来た」


 燭台に火が灯り暗かった部屋の全貌が判明する。

 奥に腰掛けるその人物こそが魔王なのだろう。


 人影が立ち上がり、片手で鎌を持ち上げる。

 その鎌が巨大なのか、それとも魔王が小柄なのか。

 とにかく身長よりも大きな鎌を軽々と扱う力があるとみえる。


「ワシを倒そうなど100年早いのじゃ」


 褐色のロリっ娘魔王だった。

 だがその雰囲気は並々ならぬものがある。


「そうでもないさ」


 剣士が啖呵を切る。


「ワシには物理も魔法も効かんぞ、グエン」


 剣士ベトナム系なのかな。


「だが弱点がある」


「ほう。それはなんじゃ」


「リア充が嫌いだそうだな麻央」


「なぜそれを……」


「一人魔王城で引きこもり生活では出会いも無いだろう」


「ぐぬぬ」


「私の顔をよく見ろ。呪いが解けたんだ。そこの男との熱い接吻のおかげでな!」


「な、なんじゃと!?」


 まあ事故なんですけど。


「そして私たちは生涯を共にすると誓った仲だ!」


「なんというスピード展開じゃ!?」


 そんなこと言ってな……、あれってプロポーズだったのか?


「今ここでお前に見せつけてやるぜ!」


「やめろおおおおおお!!!」


 やめろおおおおおおおおおお!!!!

 勝手に俺の唇を奪うなあああああああ!!!!!!

 

 凄腕の剣士である彼女に敵うはずもなく、

 熱く長いキスが魔王の前で披露された。

 魔王は両手で顔を隠しながら指の間から覗いていた。


「リ……、リア充爆発しろおおおおお!!!!」


 魔王は全ての魔力を注ぎ込み、

 ワープホールを生み出した。

 そして息も絶え絶えにこう言い残して倒れた。


「破局、成功……」


 俺は次元の間に吸い込まれていった。


「私の初めての彼氏があああああ!!!!!」


 剣士の叫び声が脳裏に強く響いた。


 気が付くと近未来的な施設にいた。

 だがここにはどうにも生活感がない。


「目が覚めましたか、マスター」


「君は?」


 目の前には無表情の美少女がいた。

 何となくわかる。彼女は人間ではない。


「メカです」


「もっと名前っぽいの無いの?」


「じゃあメーカーで」


「それじゃ製造元みたいだ」


芽生佳めいかはどうですか」


「いいと思う」


「ではマスター、指示を」


「マスター?」


「再起動をした人物がマスターになります」


「俺が再起動したの?」


「はい。不良品として処分されるのを待つ私に空から抱きついて、色んなところを弄った挙句に秘密の場所を触ったのです」


「言い方」


「偶然の事故を装って痴漢行為をした上、ご主人様と呼ばされています」


「すみません。最初のでいいです」


「仕方ありません。ロボットの私がセクシーすぎるのです」


「スリーサイズは?」


「66、55、77のボンキュッボンです」


「キュッキュッキュの間違いだろ」


「ボン」


 無表情のまま肩からバズーカが発射され、

 俺の背後を吹き飛ばした。


「敵を殲滅しました。マスター、指示を」


「あの、ワープホールとか開けます?自分の世界に戻りたいんですけど……」


「どうぞ」


 そう言うと彼女は簡単に開いて見せた。


「ありがとう!それじゃ!」


「サヨナ、ラ、マス、ター、オ……ゲンキ、デ……」


 相当なエネルギーを使ったのか、彼女は事切れ、爆発した。


 彼女を失った悲しみを乗り越え、

 辿り着いた異次元では戦いの真っ只中だった。

 部族を取り仕切る戦乙女のような少女に問いただされる。


「お前は敵か!?」


「違う。違うよ。飛ばされてきたんだ」


「お前も未来人か」


「お前も?」


「あいつら未来人。あいつら倒さなきゃ世界滅ぶ。お前も戦え」


 それだけ言うと彼女は獣のように駆けて行った。

 宙に浮かぶ巨大な戦艦に向けて。

 しかし彼女の爪が、牙が届くことはない。

 あの戦艦に立ち向かう術はこの世界には無いのだ。


「魔法さえ使えれば……」


 戦艦が陽光を遮り、蒼穹が黒く塗り潰された。

 鳴り止まない砲撃が、大地を赤く染め上げた。


「玄人!はやく起きなさい!」


 夢か……。

 ああ、良かった。


「今日は王国祭に行くんでしょ」


「え……?」

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ボーイ・ミーツ・ガールアンドガールアンドガールアンド…… くらんく @okclank

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