推しと決別したら、出会えるもの

華川とうふ

釣り配信

「今日も見てくれてありがとう♪」


 画面の向こうで彼女が笑った。


 ダイヤのみたいな星がたくさんちりばめられた瞳に、現実ではありえないようなストロベリーブロンドのグラデーションの髪が風もないのにふわふわと揺れる。

 ゴスロリっぽいレースとフリルがたっぷりのスカートはさぞかし重力の物理演算処理が面倒だろう。


 でも、画面の向こうにいる女の子は現実ではありえない完全無欠、無敵の可愛らしさを武器に生きていた。


 僕の推しているVuberである星屑いのるは最高の女の子だった。


 配信を開始したときは元気いっぱいなのだが、ときどき垣間見る社会に疲れたっぽい発言とのバランスが絶妙でルックスとのギャップがたまらない。


 普通にゲーム配信しながら、ふと我に返って「死にたい」とか「明日会社に隕石振らねえかな」とか小声で言ってそれがもちろんマイクで拾われてしまっている。

 ゲームの敵には「死ね」なんて言わないとっても良い子なのに、自分の命に関しては想像を絶する軽さで扱う。


 きっと中の人は、社会に疲れたおっさんだというのが、星屑いのるの正体としての定説だ。


 でも、『天の川』――星屑いのるのチャンネル登録者のことこう呼ぶ――たちは、星屑いのるの中の人がおっさんであったとしても気にしない。

 たとえ、中の人がハゲでデブの痛風まっしぐらのおっさんだとしても気にしない。

 僕たちは星屑いのるの後ろ向きで人生につらみを感じていても、一生懸命誰かを楽しませようとしているその真摯な姿勢とそのアバターのデザインのクオリティーの高さに心底ほれ込んでいるから。


「さー、じゃあ今日は〇ィンダーに登録して、頭の中に脳みそじゃなくて精液スペ○マがつまってそうな連中を釣ちゃっうよー♡」


 正直いって、星屑いのるはVチューバーとしてはクズだ。

 とてもじゃないけれど、誰かに夢を与えるとかそういう代物じゃない。

 だけれど、毎日がつまらない。

 仕事にもプライベートにも特に生きがいも希望もない僕みたいな人間が、ただ退屈な毎日の中で時間をつぶすのにぴったりなささやかな癒しである。


 星屑いのるは大きな瞳をぱちくりさせながら、有名なマッチングアプリをインストールして登録を始める。

 思わず「そこからかいっ!」と突っ込みたくなる。

 小細工なしというか行き当たりばったりの適当さだ。


 まあ、どうせ釣りだからいいんだろうけど。


 だけれど、いのるはなんだか登録に手間取っているみたいだった。

 思わず、僕は手元のスマホで同じアプリをインストールして登録してみる。

 もしかしたら、いのるが何か困ったときにアドバイスのコメントとかできると思ったから。


 僕は登録事項を真面目に入力する。

 こういうので適当なことをすると後で退会とかするときに登録情報と違って面倒なことになるからだ。


 画面の向こうのいのるも無事に登録できたらしい。


「さあー、いい男とマッチしたい!」


 さっきまでのテンションとは違う、すこしだけガチめなトーンだった。

『釣るんじゃなかったのかよw』とコメントがたくさんついていた。


「いのるだって、いつか女の子として幸せになりたいの」


 そういいながら、星屑いのるはアプリがおすすめする男性の写真たちをスワイプしていく。

 正直あまり楽しくない。

 というか、これ配信して大丈夫なのか?

 他の人の写真、ぼかしてあったりしてわかりづらいとは言えのせちゃってるし。

 きっとこの動画はアーカイブにも残らないだろう。


 たいして面白くないのに、危なっかしい。

 そういうところが星屑いのるの醍醐味だと、僕たち『天の川』は思っている。


 あまり面白くないので、僕もいのると同じように画面をスワイプさせていく。


「えっ!?!?」


 適当にスワイプさせていくなかに、僕のスマホの中に、星屑いのるの写真が現れた。


 もちろん、いのる本人とは限らない。

 弱小とはいえ、世界中の人がいのるをみることができるのだから。

 ただ、彼女の抜群によいビジュアルに惹かれてアイコンにしただけかもしれない。


 だけれど、僕は思わずその女の子をLIKEにした。


 *****


「マッチングアプリで釣った人に会ってみるん♪」


 画面の向こうのいのるは無邪気な顔で邪悪なことを言っている。

 おっさんがマッチングアプリで釣った男と会うなんて、危ない気がする。

 おやじ狩りに会わないだろうかとコミュニティーないではひそかに心配されていた。


 僕もいのるのことが心配だった。


 だけれど、今日の配信をみることはできない。


 なぜなら、この前のいのるの配信を見ながらマッチした女の子と会う約束をしているから。


 まさか自分がマッチングアプリを使って女の子に出会うなんて思ってもみなかった。

 だけれど、意外なことに、マッチした女の子はビジュアルだけじゃなく星屑いのるのことをよく知っているし。

 漫画やゲームなどの趣味もあっていた。

 意気投合した僕たちが会おうとなるまでそう時間はかからなかった。


 僕も人生初の彼女作りに向けて頑張るから、おっさんも頑張れよ。

 僕は心の中で星屑いのるにエールを送った。


 *****


 あの日から星屑いのるの配信をみることはなくなった。


 今の僕は幸せだ。


 けだるい雨の休日。

 大好きな女の子と裸で抱き合いながら眠る。

 湿気を含んだ布団は二人を包みこんでお互いの体温を感じられて気持ちがいい。


「ねえ、お水のみたい」

「ん? 喉が渇いたの?」


 僕がそう言って、彼女にキスをすると彼女はもっとともとめてくるので、水じゃなくて僕の唾液を飲ませる。

 彼女は喉をならして嬉しそうに飲んだ後、


「これも好きだけど、ねえ、お水が欲しいの」


 そう言って甘えてくる。

 本当に可愛い。


 僕は別に、彼女ができたから星屑いのるの配信を見なくなったわけではない。

 あの日から、星屑いのるは配信をしていないのだ。


 そう、今僕と一緒に毛布にくるまる女の子が星屑いのるの中の人だから……。


 僕は、大好きなVtuberの配信をだらだらと見続ける日々と決別し、最愛の彼女との新しい生活に出会ったのであった。




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