第九章 本拠血戦

9.1.出発準備


 時間がない。

 時間がない。

 このままうだうだしている余裕はない。

 今すぐに、今すぐにでもこの場を発って、天使の本拠地に殴り込みに行かなければならない、という焦燥感だけが僕を支配していた。


 場所も分からないのに走り出そうとする僕を、アマリアズが必死に引き留める。


「待て待てこら!!!! 気持ちは分かる! 分かるが待つんだ宥漸君!」

「ウチカゲお爺ちゃんが連れてかれたんでしょ!? 早く行かないと! 助けに行かないと!!」

「んんーーなこたぁ分かってんだよ!! だけど冷静になれ!! 敵の本拠地は!? ウチカゲお爺さんが飛ばされた場所は!? 相手の戦力は!? こちらが動かせる戦力は!? 移動方法は!? ガロット王国に行く時も言ったけどなぁ!! 行くにしても考えねぇと痛い目見るぞ!!!!」


 ゲシッと足を払われる。

 前のめりになっていた僕はそのまま転倒し、顔を地面に打ち付けた。

 とはいえなんともない。

 すぐに立ち上がろうとしたが、その瞬間に数十という数のガードのついた『空圧剣』が地面に刺さり、体を縫い付けてしまった。

 動こうとしても、動けない。


「余計なことに技能使わせんな馬鹿! 単騎で突っ込んで何ができるんだ! 言ってみろ!」

「ぐぬ……!」

「若いなぁ。ああ、いい若さだ。ぶつかり合うのも時には必要──」

「黙ってろテケリス!」

「悪かった」


 少しだけ離れたところでやり取りを見ていた彼は、くつくつと笑って顔を反らした。

 なにが可笑しいのかさっぱり分からず、僕は少し苛だった。


 だけどアマリアズが言っていることは、全部正しい……!

 本拠地が分かったとは聞いていた。

 でも僕はその場所を一切知らない。

 なにがいるかも、移動方法も、何にも考えていなかった。


 頭では理解しているんだ。

 理解してるけど、ウチカゲお爺ちゃんは僕にとって……!


「ぐぬぬぬ……!」

「はぁ……。君にとってウチカゲお爺さんがどれだけ大切な人なのかくらい、私は知ってる。長い間一緒にいたしね。でも落ち着いてくれ頼むから。感情だけで動いていい相手じゃないことくらい、君も分かっているだろう」

「……」


 返す言葉が出てこない。


 抵抗する気力がなくなったことを見たアマリアズは、拘束していた『空圧剣』をすべて解除する。

 すぐに立ち上がろうとは思えなかった。

 今は何もできないことを突きつけられ、ただ我慢するしかない事に嫌気が差す。

 自分の無鉄砲さにも、嫌気が差した。


 アマリアズは大きなため息を吐き、頭を掻く。

 そしてテケリスに指をさす。


「テケリスさん、君も来るよね?」

「んん? ああ、もちろんだ。忌々しき天使を握りつぶせるのであれば、自分はいつでも君たちの味方をしよう」

「そんじゃ早いところ味方をここに集めてくれるかな。君が移動して声をかけた方が早そうだ」

「おお、君より千年以上年上の自分に指図するか」

「さっき私たちのことを笑った罰」

「むむ、謝った手前、そう言われると従った方が蟠りがなくなりそうだな? では一仕事するとしようか」


 テケリスはすぐに溶けて液体状になり、その場から瞬時に移動してしまう。

 気配感知を得意としない彼ではあるが、あれであればすぐに人を集めてくれることだろう。


 少し落ち着いた僕は、上体を起こしてその場に座る。

 遠い空を見ながら、皆を待つ。

 今はそれしかできない。

 早く助けに行きたいけど、まだ、行けない……。


 するとアマリアズが隣に来た。

 コンッと拳を頭に落としてくるが、逆にアマリアズの拳の方が悲鳴を上げている。

 当たり前だよ……。


「痛った」

「……」

「準備は整った? もう覚悟はできているみたいだけど」

「……大丈夫」

「ガロット王国では結構消極的だったけど」

「……そう?」

「うん。次はもっと暴れてね。私も暴れるから」


 そんなに消極的だったかな……。

 精一杯頑張ったつもりだったけど……。

 いや、あそこでキュリィを仕留めたのがお父さんだったのは違ったよね。

 僕がもっと前張らないと駄目だった。

 アマリアズに頼らないくらい、もっと前の踏み込んでもよかったはず。


 もっとしっかり戦わなければ。

 前を張って、後続に繋げる。

 それが僕の最も活躍できる役割だ。


「なんだ、どうした。お前らの背中めちゃくちゃ小さく見えるぞ」


 気配を一切出さずに後ろから声をかけてきたのは応錬さんだ。

 どうして気配を消しているんだろうか……?

 戦う前だから今から準備しているのかな。


「応錬さんは空気読めないよね」

「ううん、耳がいてぇな。てかよ、お前らまさかとは思うけど、ウチカゲがどっか飛ばされて焦ってるんじゃねぇよな?」

「え」


 正直、僕は今焦っている。

 これは間違いないし、今すぐにでも動き出して助けに行きたい衝動に駆られていた。

 長い間一人で戦い続けるなんてウチカゲお爺ちゃんには無理だろうし、一刻も早く増援として駆けつけたい。


 でも応錬さんの口ぶりからするに……。

 心配して……ない……?


 すると、アマリアズが呆れたようにして親指で僕の方を指す。


「私はそうでもないけど、宥漸君は相当焦ってるみたいだよ」

「だろうな。そこの穴を見ればお前が技能を使って宥漸を止めたのがわかったよ」


 さっき僕が地面に縫い付けられた時、『空圧剣』が作ったの穴……。

 それを見て一瞬で分かったの?

 やっぱ応錬さん、凄いな……。


 僕たちの反応を見て予想が当たっていたことに満足したらしく、少し機嫌よく口調を弾ませる。


「あのな、宥漸……。ウチカゲがそう簡単に……くたばるわけねぇだろう!?」

「ッ!?」


 ドンッ……と強く威圧した口調に変わり、僕は肩を跳ね上げて驚いた。

 アマリアズも同様に、一歩下がって強い圧にのけぞっている。


「当初から俺の側を堂々と歩いて来た奴だ! そんな奴が天使如きにやられるものか! 寧ろ敵の首取って帰って来るわ! だからな宥漸! 俺たちはウチカゲを助けに行くんじゃねぇ……。ウチカゲが開いた戦線へ混ざりに行くんだ!」


 応錬はそう言い切って、僕を無理矢理立ち上がらせる。

 アマリアズの背中もついでに叩く。


「ほら行くぞ」

「で、でも場所が……。それに移動は?」

「移動はすぐに終わる。そうだろルリムコオス!」

「すぐにでも」


 いつの間にか静かに佇んでいたルリムコオスが、指を鳴らす構えを取っていた。

 その後ろには、今から天使の本拠地に向かうであろう仲間たちが立っている。


 応錬をはじめ、鳳炎、テケリス、ケンラ、アブス、イウボラ。

 数は少ないかもしれないが、精鋭揃いだ。

 アブスは応錬に治療されたようで、既に全快しているらしい。


 ルリムコオスが全員の顔を見る。

 既に準備は整っているらしい。


「では、皆様。健闘をお祈りしております」

「悪魔が祈るなよ」

「あら、それはそうですね。では、勝利の報告をお待ちしております。『破壊』」


 パチンッ。

 指が鳴った瞬間、景色が様変わりした。

 そこには……無数の死体が転がっていたのだった。

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