2.37.友達と一緒に
ミレアは確固たる意志を持って、ウチカゲの話を断った。
こうなる可能性を予測していたのか、ウチカゲとスレイズは一切の動揺を見せはしなかったが、国王であるスレイズもこの話に一枚噛んでいるのだから、断る可能性は至極低いと思っていたアマリアズは、心底驚いた様子でミレアを睨む。
僕もミレアさんの答えには驚いた。
ウチカゲお爺ちゃんは腕を組み、スレイズさんは悩まし気に眉を顰める。
技能持ちの人間と戦える人材は、この国に数えるくらいしかいない。
であれば人間よりも身体能力の高い鬼の下で過ごしてもらうのが一番安全なはずだ。
もしミレアの我儘を通してこの話をなしにしてしまえば、確実に最初の標的はアマリアズに絞られる。
それを守れるかどうかといわれると……スレイズには自信がなかった。
確かにこの国から実力のある冒険者、騎士を集めれば防衛は可能かもしれない。
とはいえその抜けた穴を埋めるのには数十人以上の人出が必要なはずだ。
たった一人の子供を理由も話さずに守ってもらうことになるのだから、不満は出るだろうし敵がいつ来るかもわからないので仕事をしない日々が続く可能性だってある。
それに……そこまでして子供を守るとなれば、何かしら良からぬ噂が立つ可能性もあった。
あの子供に何があるのか。
変に勘ぐってくる人物がいることも可能性として挙げられるので、隠す、守るのにこのガロット王国は向かない。
それが大人ならまだしも、子供というのであれば話は別だ。
それに、この様子では……。
「城に預ける、ということも拒否するか」
「嫌です。この子は私の子供です。たとえ王様のお願いだったとしても、その話に頷くわけにはいきません。もう……手放したくないんです。私が守ります。私たち家族が、アトアを全力で守ります」
「私は前鬼の里に行く!! 絶対に行く!!」
「駄目!!」
アマリアズは手を振りほどこうと力を入れるが、やはり無理だった。
だが絶対にここには居たくないようで、全力で嫌がっている。
このままでは目的を果たすことができない。
自分が一度壊そうとしたこの世界を、直さなければならない。
その手始めとして、この事件の主犯には絶対に捕まってはならなかった。
ここにいれば、確実に捕まる。
それだけは確信できた。
恐らくアマリアズはこの国の中でも上位に立つことができる実力をすでに有しているだろう。
だがそれでも誘拐されかけた。
宥漸がいたから、ウチカゲがいたから助かったようなものだ。
今ここにいるガロット王国最強の人物だとしても、アマリアズを守り抜くことはできないだろう。
「……アマリアズ、一緒に来れないの?」
「いや行く! 絶対に行く!! 行かないと駄目なんだ!!」
「駄目よ! もう放したくない!」
「ここに居ても宥漸君は守れないんだよ!! 私もここに居たら絶対に捕まる!! 襲われた時宥漸君が助けてくれなかったら、私は既にここにいない!! あんたにそれと同じことができんのかよ!!」
「できるわよ!」
「できないよ!!!!」
ヒステリックに叫ぶアマリアズに、ミレアさんが少しだけ困惑した。
その隙をついてやっと手を振りほどき、僕の後ろに隠れる。
「私は友達と一緒にいる。それが……それが……母さんたちを守ることにもなるんだ」
「なにを……」
「……その通りだ」
そう口にしたのは、スレイズさんだった。
彼はミテアさんと僕の間に立ち、アマリアズを守るようにして立ちはだかる。
「……親である君の気持ちは、よく分かる。だがな、今この子はこの国では対処できないほどに大きな相手に狙われているんだ。情けない話だが正直、私ではこの子を守れない。すべての権力、財力、兵力を行使したとしてもだ。私でも守り抜けないものを、君は守るという。言葉をきつくしてしまうことを許して欲しいが、それは君の、我儘だ」
未知の敵、未知の技能。
それらからまともにやり合うのはもちろんのこと、それらから何かを守り通すというのは難しい。
だが、前鬼の里であればそれができる。
技能を所持する者が、あの場には宥漸とアマリアズを除いて三人いる。
彼ら彼女らであれば、守り通すことができ、さらに技能を狙う敵を探すこともできるだろう。
そしてアマリアズの言う通り、彼がここから去ることこそが両親を守ることに繋がる唯一の方法だ。
これは巻き込まないために、アマリアズが思案していたこと。
いくら嫌っていたとしても、育ててくれた肉親に変わりはない。
情はあまりないが、自分のせいで殺されるというのは嫌だった。
「……ミレア。理解してくれ」
「……どうして……どうしてうちの子なんですか……! アトアにはいろんなことをさせたいだけ……だったのに……!」
「それで子供を縛ってはいけない。それに、アトアは君を守ろうとしてくれている。自分の立場を理解している頭のいい子だ。では君は、アトアの理解者にならねばならないのではないか?」
「……」
ミレアはアマリアズを見る。
目には大粒の涙を蓄えており、既にこぼれていた。
アマリアズもこの別れを申し訳なく思っている。
たった五歳の子供を送り出さなければならないのだから、その精神的負担は大きいだろう。
ミレアが絞り出したような声で、アマリアズに声をかける。
「……アトア、どうして貴方が……」
「ごめんね、こんな事になって。落ち着いたら、帰ってくるから」
そう言って、アマリアズは馬車がある方へと歩きだしてしまった。
ケンラがすぐに追いかけて護衛を務めるが、こちらを何度か振り返ってこれでいいのかと心配そうな目線を送ってくる。
スレイズがミレアの下に寄り添い、ウチカゲに指示を出す。
「行け。あとは任せろ」
「ああ」
僕の手を掴んだ後、ウチカゲお爺ちゃんはケンラさんの後を追っていく。
置いてきた二人が見えなくなった辺りで、僕は聞いてみた。
「……ねぇ、ウチカゲお爺ちゃん」
「なんだ」
「ああするしかなかったの?」
「酷な話ではあるが、アマリアズは敵にとって重要人物だ。無理にでも離しておかなければ……あのミレアという女性が最初に狙われる」
「どうして?」
「アマリアズの居場所を聞き出すために。それか、人質に取られるだろうな。だから敵に悟られる前に、距離を置いておかなければならないのだ」
それを……アマリアズは分かっていたのかな。
僕は全然分からなかった。
ただ本当にお母さんと会うのを嫌がっているだけだとしか思っていなかったし、ここまで大きな話になるとも思っていなかった……。
でも……僕はお母さんと離れ離れになるのは……嫌だなぁ。
そうしなくちゃいけないと分かっていたとしても、アマリアズみたいにスパッと諦められないと思う。
「……」
「だから宥漸。お前は友達を守れ。アマリアズも、友であるお前を守るだろう」
「うん」
友達と一緒にいるということが、ここまで難しいなんて思わなかった。
うん……うん、守ろう。
僕だったら、守れると思う。
僕たちは少しだけ重い足取りで馬車の置いてある場所へと向かった。
そこには既にアマリアズが居て、先ほどとは一変したいつも通りの笑顔で出迎えてくれる。
作り笑顔であることがバレバレだ。
だがそれだけ、今は無理をしているということ。
誰もそのことを指摘しないまま、馬車が動き出す。
アマリアズは何かしらの覚悟を決め、僕はアマリアズを守ると心に決めた。
早くこの事件が解決できるのであれば、すぐに親元へと帰すことができるだろう。
だが、まだ足りないものがある。
このままではアマリアズを守り切ることはできない。
あの時『身代わり』という技能が発現しなければアマリアズはそのまま倒されていた。
何もできなかったことを、今思い出す。
同じことが起きないために、もっと修行を付けてもらう必要があった。
「ウチカゲお爺ちゃん」
「……任せろ」
言わんとしていることが分かったのか、ウチカゲお爺ちゃんが僕の頭を撫でてくれる。
少し乱暴ではあったが……。
結局その後はガロット王国を散策する気にもなれず、そのまま前鬼の里へと戻ることになった。
新しい目標ができて気を引き締めたところで、急な睡魔に襲われる。
そのままコテンと倒れて、僕は眠ってしまったのだった。
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