2.28.紙束の内容


 ウチカゲが手にした書類は少し分厚い羊皮紙のようだった。

 その中に書かれている文字を見てみると、それは……ウチカゲの知らない文字だった。


 羊皮紙に書いてある文字は動いていた。

 それぞれが意志を持ったように動き回り、伸びたり縮んだり、千切れたりくっついたりと気色悪く動いている。

 まるで小さな虫が一枚の羊皮紙に棲んでいるかのようだ。

 指で引っ掻いてみるがそれを剥がすことはできない。


 はて、このような魔法があっただろうか。

 奇妙な魔法だとウチカゲは眉を顰めて考えてはみるが、見たことも聞いたこともないものだったので何も分からなかった。


「……」

「ウチカゲ様? なにが書かれているのですか?」

「お前たちは読めるか?」

「ん? ……うっ、な……なんですかこれ……」

「どう見える? 私は虫が動いているように見える」

「文字一つ一つが波打っているように見えます。見てると酔いそうですね……」


 カンヌキが嫌な顔をして羊皮紙から目を放す。

 どうやら人によって見え方が違う様だ。


 だが……これはそれだけ他者に読ませたくない書類なのだろう。

 重要なものだ。

 これは絶対に持っておいた方がいい。

 どうすれば読むことができるかは今のところ分からないが、里の者に研究させることにする。


「え? で、結局何なんだそれ」

「読めないように魔法がかけられている。この羊皮紙自体が魔道具かもしれんな。カンヌキ、何か分かるか?」

「いや……さすがに分からないですね。そんなうっすい羊皮紙に魔力回路を組めるとも思えませんし……」


 カンヌキはそういいながら手渡された羊皮紙を受けりと、隅々を確認するように手で触りながら目視でも確認した。


 魔道具には必ず魔力回路なるものが存在している。

 魔力で回路を組み、使用時に自動で魔法を使うようにするための仕組みだ。

 難しい仕組みであればあるほど魔力回路は複雑になり、これを組み込む媒体も大きくなる。


 このような羊皮紙に、文字が動くような魔法を組み込むのはカンヌキの知っている限りではほぼ不可能だ。

 それに羊皮紙は普通の物より少し分厚いと言っても、やはり薄い方だ。

 中に魔力回路が組み込まれているとは到底思えない。


 それに、魔力は有限だ。

 自動で魔力を生成し続ける回路もあるのだが、それを組み込もうとすれば組み込む媒体がとても大きくなる。

 小さな媒体であれば、魔石を埋め込んでそれから魔力を供給するのが普通だ。

 しかし……。


「……見てみる限り、魔石もなさそうですね……。しっかりと丸められるし……柔らかい」

「特定の魔力に反応して形を成すのか?」

「どうでしょうか……。でもウチカゲ様が文字を見た時と私が見た時では違いましたから、その可能性はあるかもしれません。許された人にしか見えないようにされているのではないかと」

「んじゃあよ! その死体に羊皮紙当ててみようぜ!」

「死者は魔力を循環しないですよ。無駄でしょう」

「まぁまぁ物は試しだよ!」


 カドマはカンヌキを促して、彼が担いでいる男にその羊皮紙を当ててみた。

 だが、やはりというべきか文字が読めるようになることはなかったようだ。


「駄目ですね」

「ん~まぁそうかぁ」

「ではウチカゲ様。俺はこの羊皮紙を持って魔道具屋に見せてみます。よろしいですか?」

「構わん。その男の装備についても確認をしてもらっておけ。できるだけ早くな」

「分かりました」

「では今日のところは帰ろう」


 そう言うと、ウチカゲはスタスタと前鬼の里へと歩いていった。

 カドマとカンヌキがそれに置いていかれないように後ろをついて行く。

 シズヌマとタタレバはその場から消え、また隠れながら共に帰るようだ。


 歩きながらウチカゲは考える。

 ちらりとアマリアズを見て顎に手をやった。


(この子は一体……何者なのだろうか)


 まだ幼いというのに受け答えもはっきりしており、中身は大人だ。

 それに加え、技能も所持していると来た。

 明らかに普通の子供ではないだろう。


 この子が、宥漸にとってとても重要な存在となる人物。

 良い方向へと定めを動かしてくれることは明白ではあるが、一抹の不安をウチカゲは覚えたのだった。

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