2.12.滴る血
バッと傷口を押さえたアマリアズは、バレない内に逃走を図る。
出血したことがバレなければ魔法を使われることはない。
宥漸を一人にしてしまうことになるが、ベチヌに血液を爆発させてしまえばこちらが致命傷になることは間違いなかった。
もし生き残ったとしても、確実に片腕が吹き飛ぶだろう。
だがそこで一つ失念していたことがある。
ベチヌは……目を持っていない。
そういう生物は他の感覚が異常に長けていることが多い。
ベチヌの場合は聴覚が非常に優れており、超音波を発して敵の位置を探るのだが……。
──嗅覚も優れていた。
「キュアアアア!!」
パンッ!!
アマリアズの左腕に滴った血液が破裂した。
少量の血液だったのでそこまで強烈な衝撃は襲ってこなかったが、五歳児の体には相当な負担がかかってしまった。
勢いに負けて地面に倒れ込んでしまう。
「っぐう!」
「!? アマリアズ!?」
「キュアアアアア!!」
パパンッ!!
再び左腕が破裂する。
倒れていたはずだったがその勢いで体が浮き上がり、少し離れたところまで転がっていく。
ベチヌの魔法、血液爆破。
自身、もしくは対象の流れ出た血液を爆発させることができる魔法だ。
爆発に使用した血液は蒸発して使えなくなってしまうのだが、新たに流れ出た血液はすぐに使うことができる。
一度血を流してしまえば、急速な再生能力がない限りすぐに血液が止まることはない。
アマリアズもそんな能力は持っていなかったので、爆発に血液を使用されては傷口が広がり、また爆発させるための血を流してしまっていた。
これから死ぬまで……いや、死んでも血が出なくなるまで永遠に爆発を繰り返すことになるだろう。
そこでまた破裂する。
アマリアズの苦しそうな声が、僕の耳に届いた。
このままではいけない。
大切な友達がこんな変な生き物のせいで死んでしまう!
それだけは絶対に嫌だ!!
「このっ!!」
「キュッ!!? ギュギュッ……!!」
咄嗟にベチヌに近づいた僕は、その口を思いっきり握る。
先ほどの破裂音は、この魔物が叫んだ時に聞こえてた!
だったらこの口を何とかすればいいはず!
幸いなことに、ベチヌの殺気は独特で捉えやすい。
輪郭もはっきりしており、拘束しているということもあって口元をすぐに握ることができた。
そして次第に力を入れていく。
「ぐぬぬぬぬぬ……!!!!」
「ギュッ!! ギュキュ……ッギュッ!!」
ベチヌは吊るされながら前脚を大きく動かして僕に攻撃してくる。
地面をへこませるくらい強い蹴りが飛んできているはずなのだが、別に何ともなかった。
口を押さえているので血を吐くことができないらしく、とにかく慌てたようにして前脚を何度も何度もぶつけてくる。
ミシッ。
ミシシシッ。
細長い口は案外硬く、なかなか折ることができない。
しかし僕の技能『剛拳』が力を強くしてくれているらしく、ようやく嫌な音が鳴り始めた。
痛みと焦りからか、ベチヌは更に脚を動かして攻撃してくるが、僕には効かない。
「僕の……!! 友達を傷つけたんだから……!! 許さ……!! ないっ!!!!」
「──ッ!! ──!!!!」
ベギョアッ。
ベチヌの鼻がへし折れ、骨が肌から突き出した。
断末魔に近い甲高い悲鳴が聞こえたが、それは血液を爆発させる力を持った声ではなかったようだ。
ぼたぼたと血を流して暴れ狂うベチヌをよそ目に、僕はすぐにアマリアズへと駆け寄った。
あの声を出せなくなったんだから、多分もう攻撃はできないはずだ。
それよりも今はアマリアズが心配だった。
「アマリアズ!! 大丈夫!?」
「……ぅ……」
「ねぇ! ちょっと!」
「……」
何とか意識はあるらしいが、もう立ち上がることができないらしい。
こういう時どうすればいいのか、僕は聞いたことがない……!
どど、どうすれば……。
すると、アマリアズが力を振り絞って僕に何かを渡してきた。
それを手に取ってみると、短剣だということが分かる。
「えっ? ど、どうすればいいの!?」
「……ぅ……ぁ」
「も、もう喋らないで! え、えっと……えーっと!」
アマリアズがこれを手渡してくれたってことは、何かしら理由があるはず!
いやこれ何!?
この短剣ってどうやって作ったの!?
……あ!!
これあれだ!
川で魚獲った時に、アマリアズが魚を調理した時に使ったやつ!
ってことは、あの魔物を解体すればいいのかな!?
そ、そうだよね?
いやもう考えている暇ないからこれでやってみる!!
……まって僕動物の解体方法知らない!!
ああもういいや!
お肉いっぱいついてるところに刺しちゃえ!!
ええーい!
ザクッ。
とりあえず何も考えず、ベチヌの脇腹に半透明の短剣を突き刺した。
それをグッと下げて肉を切り裂くと、めちゃくちゃ酷い臭いが鼻を突く。
どうやら内臓を傷つけてしまったようだが、解体のかの字も知らない僕はとにかくめった刺しにして初めての解体をやってのけようした。
だが半透明の短剣を三回入れた瞬間、それが急に破裂する。
パァアアンッ!!
「おわああああ!?」
あの時川で感じた危険な気配と同じほどの威力で半透明の短剣が破裂したらしい。
そのおかげで僕は遠くまで吹き飛ばされてしまい、大きな樹木にぶつかってようやく勢いを止めた。
なんか最近吹き飛ばされてばっかりな気がする。
って、アマリアズは!?
ガバッと立ち上がってアマリアズの気配がする方向へと突っ走る。
幸いすぐに駆け付けることができたのだが、そこには気配が完全に消えたベチヌの無残な死体と、元気そうに伸びをしているアマリアズの気配があった。
「ん~! いやぁ危なかったぁー!」
「……え? アマリアズ?」
「ああ、宥漸君! いやぁ助かったよありがとうね!」
「ん? ん? どど、どういうこと?」
「あはは。いや実はね、『殺吸収』っていう回復魔法を持っててね? それは敵を殺すと回復することができる技なんだ。そんでもって、君に渡したのが『空圧剣』。私の好きなタイミングで破裂させることができる技。短剣、普通の剣としても使用可能! そんで君がベチヌの体に『空圧剣』を刺した時に破裂させて『殺吸収』が発動して回復してった訳なのさっ!」
「……?」
「なんでわかんないんだよぉ!」
難しい言葉がいっぱいあって分からない。
だけど今分かるのは、アマリアズの体は怪我一つない健康体だということ。
服は血だらけだけど、腕は綺麗に治っている。
「えっと、とりあえず大丈夫ってことで……いい……?」
「もっちろん! いやぁ、宥漸君が僕がやって欲しいことに気付いてくれて助かったよー」
「……」
「? 宥漸君?」
倒れて声もまともに出せなかったアマリアズが、今こうして普通に喋っている。
それにとても安心したが、それとは違う怖さも襲ってきた。
あのままもし僕が何も気づけなかったら、アマリアズが死んでしまっていたかもしれない。
それがとても恐ろしかった。
「う、うえええええん」
「おわああああ!? な、何で泣くのさ!?」
「うぐ、アマリアズが、死んじゃうかと思ったああああ! うわああああん!」
「ああー!! そういうね! うん確かに危なかったけどほら! もう大丈夫だから! ね!?」
「わあああああん!」
「あーあー。こりゃだめだぁ」
アマリアズは宥漸を見て頭を掻き、とりあえず泣き止むのを待つしかなかったのだった。
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