一期一会の殺し愛

イノナかノかワズ

一期一会の殺し愛

 私はいつも通り刀を佩き、風を切るように歩く。

 手には枷が付いていて、それに繋がる鎖を引っ張るのは醜いオーク。ブクブクと豚のように肥えた巨体からは鼻につく悪臭が漂うが、慣れた。


 引っ張られるように歩きながら私は心を静めていく。夜の泉のように静謐で、どこか大いなる力を感じられるような、そんなイメージを心裡こころうちに浮かべながら、戦意を高めていく。

 それに呼応するように、狂気にも近い喧騒が響く。薄暗い通路の先には光が見える。


 私はいつも通り覚悟を決める。命を慈しむ豊穣神に瞑目し、死神に中指を立てる。

 女らしくない双肩にはこれ以上ない咎を背負いながら、私は微笑んだ。


 そして出口に立った。手枷が外される。


「マテ」


 オークが臭い息を私に吐いた。慣れているから顔を顰めることはない。

 オークが私の小さな右胸を揉んだ。慣れているから顔を顰めることはない。


 そうして数十秒、オークはその汚い舌で私の首筋を舐め、胸と尻を揉みしだいた。


「イケ」


 そしてオークが手を放し、私は出口へ一歩を踏み出した。

 私は嗤っていた。




 Φ




 そこは闘技場だった。

 観客席にいるのは異形。獣の顔を持ったり、四肢を持ったり、角を生やしたり、目が四つあったり、腕が十本あったり、翼を生やしたり、骨だったり。

 様々な異形、魔族がいた。


 そして目の前には男がいた。

 青年だろう。汚れているから少しわかりづらいが、かなりに偉丈夫だろう。

 怒りと恐れと渇望を抱いたその蒼穹の瞳は私を射貫く。


 私は冷徹な黒の瞳で射貫いた。

 青年が息を飲む。


 そして私たちは闘技場の中央で対峙した。


「……すまない。けど、恋人がいるんだ」


 青年が懺悔するように呟き、腰に下げた回転式拳銃を手にかけ、抜き去った。私に銃口を向ける。

 私は深く深く腰を下げ、左掌で鞘を握り、親指を鍔に当てた。鯉口を切り、右手を柄に当てた。


 

 カーンと鐘が鳴った。



「ごめん」

「シッ」


 わずかな発光が銃口から見えた瞬間、パーンと間延びした発砲音が響いた。

 だが、私は銃口から弾頭が出るよりも早く右手をかすませた。


「んなっ!」


 青年が驚く。

 古い回転式拳銃ゆえか、白煙がゆらゆらと立ち昇っていた。

 私は先ほどまで高ぶらせていた戦意とは全くもって違う雰囲気で微笑んだ。


「初めまして、名もなき青年。私は時子」

「な、なにを言っているんだ!」


 青年は一歩、二歩と後ずさる。

 ああ、やっぱりこの青年は若いな。年齢の事じゃない。経験だ。

 たぶん、ここに連れてこられて日が浅いのだろう。


 浅くない人間は、青年のような態度はとらない。

 私と同様に自己紹介するか、もしくは機械の如き冷徹な態度で無視する。


「何って、名前。これから死にゆく相手でも名乗るのが礼儀だろう? それで青年。君の名前を教えてくれないかい?」

「ッ! だ、誰がお前なんか!」


 あらら、フラれてしまった。

 たぶん、今の私の表情はとてもだらしないだろう。

 なんせ、私はこの闘技場では≪恍惚の黒≫と呼ばれているのだから。戦いの最中ずっと恍惚とした表情だからだそう。


 否定はしない。

 この異常な場所で己を保つためには、己が異常になるのが一番早い。

 そして運がいいことに、私以外ここに連れてこられるのは男だけだった。しかも、顔、体格、性格、いずれか、もしくはすべてが魅力的な男性ばかりだった。

 昨日は年端もいかない少年だったが、またそれもよかった。


 殺し合いがよかった。

 愛し合ってはいないかもしれないけど、私はこの一時だけは殺す相手を愛するのさ。そうして心を保つんだ。


 そこには快楽もある。

 


 私は一瞬だけ冷徹になった。


 その一瞬で、目の前の青年を殺すプランを立てた。

 そしてまた異常な存在へと変わる。


「ねぇ、恋人がいるって言ってたけど、どんな人なの? 髪の色は? 瞳の色は? 性格は? 胸の大きさは? 初めてはいくつ? あ、その前にキスはどれくらい?」

「な、な、な、なんなんだよお前!」


 青年が恐怖におののいたように後ずさり、私に発砲する。

 私は微動だにしない。だって当たらないから。


「ねぇ、好きな女性の好みは? 私はどう? これでもオークやゴブリンには褒めらえるのよ?」

「く、来るな! 来るなぁっ!」


 私はゆっくりと歩く。

 青年は尻餅を突きながらも、何度も何度も発砲する。

 全て当たらない。


 弾が切れ、ポケットから焦るように弾丸を取り出し、手が震えてリロードできず、やっとのこさリロードして私に撃つが当たらない。

 ほとんどがあらぬ方向へと飛ぶし、私に当たるのもすべて切り捨てる。

 一刀両断。


「あ、あ、あぁ」

「ああ、泣いちゃって。可哀想に」


 カチカチカチと、いくら引金を引いても銃弾は出ない。

 青年は泣き喚く。許しを請うようにく。

 ああ、可愛い。


 私は達する。


 ガチガチガチと、歯を鳴らす青年に私は覆いかぶさった。

 泥に汚れ、涙にれた頬を撫で、そしてその唇に喰らいついた。

 

 べちゃくちゃと舌を入れ、快楽をむさぼる。

 そうして数十秒味わい、私は唇を離した。わざと自らの舌を出し、淫靡いんびなまでの銀の糸を垂らす。

 

「ぁ。ぁ。ごめん、ごめん、カーラ」


 ああ、可愛い。恋人への罪悪感と死への恐怖。そしてこれから死ぬからこそ、男としての本能に抗えない。

 つ。

 私は青年の一物を右手で触りながら、左手で回転式拳銃を持つ手を握りしめる。


「ねぇ、恋人に会いたくない?」

「へ、え……」

「私ね、もう疲れたのよ。あなたみたいな魅力的な青年に会えてうれしかったの。ほんのちょっとした夢を見たかったの」


 青年の一物をじらすように撫でながら、蠱惑的に言った。

 青年の目に疑惑が浮かび、けれど微かな縋りが灯る。


 ああ、やっぱり可愛い。

 達しちゃう。


 左手を回転式拳銃から離し、懐に手を突っ込んだ。

 そして青年が先ほど落とした弾丸を取り出した。


「え」

「あげる」


 私は回転式弾倉を横に振り出し、装填する。

 そして銃口を私の心臓へと向けた。


「ほら、撃ちなさい。私の左の胸に向かって撃ちなさい」

「え、あ、え」

「さぁ!」


 右手で一物をまさぐり回しながら、左手で青年の指を触る。焦らすようにゆっくりと触り、引き金に手を人差し指をかけさせた。

 ああ、ああ、いいわ! 

 その惑い、興奮しながら私を殺そうとする希望を抱くのがいいわ!


 私に罪悪感さえ抱いて、ああ、もうたまらない!


「さぁ、引きなさい!」

「……あぁあぁ!」


 そしてパーンと間延びした音が響いた。

 同時に左胸に衝撃・・が走り、後ろに吹き飛んだ。


 青年は呆然としている。

 けれど、事態を把握したのか、カランと回転式拳銃を地面に落とし、わなわなと震えながらも、泣き叫ぶ。

 それが数分続いただろうか。


 青年がゆっくりと立ち上がった。

 

 そして私を見て。


「え」

「じゃあ、死んでね。……シッ」


 呻いた。

 ああ、その絶望に歪んだ表情がいい。

 泣くことすら許されず、怒りと絶望を抱いたその蒼穹の瞳を見ながら私は首を薄く切った。


 血飛沫が舞い、青年が倒れた。

 鮮血の海ができる。


 その鮮血をもろに浴びた私は、ペチャリと音を立てながらそれを舐めた。

 ああ、生臭くて鉄臭くてまずくて、甘美だ。


「……ど、どう……して。ぼく……をカーラ……に」

「私は会いたくない? と尋ねただけ。会わせてあげるなんて一言も言ってない」

「でも……うって……って」

「撃っていいとは言った。けど、死ぬなんて言った?」


 私は嗤った。

 自分の左胸を弄り、入っていた鉄板を取った。

 

「あの心臓を殴られるような痛みを感じたかっただけ」

「あ、あ、あ、……ああ!」

「いいわ、いいわ、怒りなさい、絶望しなさい、あなたは生きることはできないのだから。私に憎しみをぶつけなさい!」


 血に塗れた青年は、憎しみに塗れていた。

 それこそ私が求めていた快楽。愛。

 憎しみをぶつけられることが、この闘技場で唯一感じられる愛!


 そして醜く悍ましく殺してあげる。

 ゆっくりと、ゆっくりと苦痛の中で殺してあげる。

 それが私の愛。愛の一つ。


「手首」

「ぁぁ!」


 私は両手の手首を薄く切り裂いた。

 そこから血が溢れる。


「足首」

「……ぁぁ」


 私は両足の足首を薄く切り裂いた。

 そこから血が溢れる。


「邪魔ね」

 

 ついでにすべての服を切り裂いた。

 鮮血の海に沈み裸の青年がいた。


「つぎ、ふともも」

「…………ぁぁ」


 私は太ももを薄く切り裂いた。

 そこから血が噴き出る。


「お腹に胸」

「………………ぁ」


 私は十文字に上半身を薄く切り裂いた。

 そこから血が噴き出る。


「最後に、たくましいあ、そ、こ」

「…………………ぁ」


 私は一物を薄く切り裂いた。

 そこから血が舞う。


「さて、仕上げ」


 私は抜刀した刀を自分の腹に向けた。

 そして子宮あたりを薄く切り裂いた。


 血が溢れる。痛みはない。慣れた。

 刀をカランと地面に落とし、私は腹からあふれる血を手ですくう。

 私はわずかに呼吸し、死にかけている青年に跪いた。


「これが私の愛。母の愛」


 子供は母親のお腹の血を浴びて生まれてくる。手にある血は母の血。私の血。

 青年は私の子に生まれ変わる。


 頬に血を塗りたくる。体に塗りたくり、足先まで塗りたくる。

 最後に失った一物をぎゅっと握り潰した。


「さようなら」

「………………………………………………ぁ」


 そして抱きしめた。




 Φ




 歓声が響く。その中を私はゆっくりと歩く。

 オークがいた。


 手枷を嵌められる。


「ヨカッタ」


 オークが臭い息を私に吐いた。慣れているから顔を顰めることはない。

 オークが私の小さな両胸を揉んだ。慣れているから顔を顰めることはない。


 豊穣神に瞑目し、死神に中指を立てる。

 

 ああ、さようなら。

 今日出会った見知らぬ青年。


 


 ありがとう。






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