第18話 樹の巫女

今日も、悠夜は、鮫島さんたちと遊んで帰ってきた。

とてとてと、暗い夜道を一人歩いて帰路につく。

夜道と言っても、等間隔に街灯があるので、真っ暗ではない。

こんな時間になると、悠夜の赤髪は目立たない。光の加減で赤は黒髪に見える。


悠夜は、耳にイヤホンをして、音楽を聴きながら歩いていた。

すると、ザッザッっと音にノイズが混じり出した。

顔を顰める。

不快な音に立ち止まり、携帯を取り出し、一回電源を落としてからもう一度再生しなおす。

音楽がイヤホンから再び流れ出すが、ノイズが入ったままだった。

しかも、さっきよりも酷い。

もう諦めてイヤホンを外す。


もうすぐ家だし、音楽なしで帰ろう。

カバンにイヤホンを入れて、前を向いた。


すると、ドキッと心臓が、跳ねた。


悠夜が前を向いたら、手前の街灯の下に男が一人で立っていたからだ。

さっきまで居なかった気がする。

音楽を聴いてたから、足音はわからなかったけど、真っ直ぐ伸びる道の先には人は居なかった。

どこかの家から出てきた?

でも、立ってるだけだ。

携帯をいじるでもなし、タバコをふかしてるわけでもない。


変なところは全くないが、悠夜の第六感が危険と言ってる。


ゆっくりとなるべく離れるように道の端っこを歩く。

走り出したい気持ちを抑えて、平然と歩くフリをした。

通り越しても、後ろに意識を向けたまま早歩きで家路を目指す。


トタトタ...トタトタ....

ぺたん、ぺたん...ぺたん、ぺたん...


俺が歩くスピードに合わせて、サンダルで追いかけてくる靴音が不気味に響く。

チラリと後ろを確認してみるが、相手の顔は俯いていて表情は読み取れない。


でも、まずい気がひしひしと感じる。

まさか...と、考えちゃいけない。

考えたら、現実になりそうだ。


でも...。

やっぱり...。


蝕妖...だったりして?と頭の片隅で考えてしまった。

ハッとして、恐る恐る後ろを振り返る。


男が............そこに居なかった。


「え?なんで?」


おもわず口から驚きの声が出てしまう。

キョロキョロと周りを確認して男の姿を探す。


一体、男性はどこに?

いない。消えた?

まさか、上っ!?


バッと悠夜は頭上を見上げる。やはりフラグが立っていた。


ちょっとでも思っちゃダメだった!

やっぱり蝕妖だった!!


上からゆっくり緑の帳がドロっと降りてくる。


「ヒィっ!!『カタバミ!』」


頭を抱えて座り込む。

バンっと、爆発させて囲いを霧散させた。


すぐさま悠夜は、頭に地図を思い起こす。

ここからクズ高までの距離とクズ高から自宅までの距離は?

かろうじて自宅の方が離れている。


悠夜は、慌てて走り出した。

自宅のマンションが、蝕妖の行動範囲外に位置してるかは賭けだ。

後ろからは、波打つ緑の蝕妖が、地面を這いながらついてくる。


もうすぐ自宅だ。

しかし、いまだに後ろにピッタリとくっついてきている。

思わず弱音を吐き捨ててしまう。


「はっ!どこまで、離れればいいんだっ。一体何人喰ったんだよっ!」


そして、ついにマンションのエントランスが見えた。

後ろを確認すると、まだいる。

ダメか...。


そんな時、絶望しながら走る悠夜に声をかける人物がいた。


「あれぇ、悠ちゃん。また、ゴリラたちと遊んでたの。」


和葉だ。

どうやら、ゴミを捨てに降りてきていたらしい。


「げっ、マズイ。」


和葉を巻き込んでしまうと、悠夜は焦った。

しかし、予想に反して蝕妖の動きが、変わる。

トプンっと、地面に吸い込まれて緑の水溜まりが消えたのだ。


悠夜は、たったたと走るのを止めて、警戒しながら和葉に近づく。


「どうしたの?悠ちゃん、顔怖いよ?」


「いや、ちょっと今やばくて。」


エントランスから、外を窺う。

全く蝕妖の影が見えない。

ここが境界だったのか?


その時、後ろから誰かに声をかけられた。


「やぁ、こんばんは。」


パッと振り返ると、細身の男性が、和葉と悠夜に向かって微笑んでいた。


「こんばんは〜。」と、和葉がにこやかに返事をする。

しかし、目の前の男性に見覚えがない。


「なあ。和葉、知ってる人か?」


悠夜はこそっと聞いた。


「え?知らないけど、マンションの人じゃない?」


見たことがない。

しかも、このタイミングで現れるなんて怪しすぎる。


そして、目の前の人は、動かないでじっとこっちを見ている。

しかし、目線が悠夜じゃないことに、違和感を抱く。


和葉の方を見ている?

こいつ、ストーカーか?

見た目だけは、和葉は美少女だ。

だが...、和葉自体を見ているような感じもない。


男の目線の先を悠夜は探る。

まるで、和葉の身体の中を観察しているような目だ。


「あ!すいません、入り口を塞いじゃってましたね。退きますね。」


和葉が、横にずれてエントランスのドアの前を開けた。


相手は「ありがとうございます。」と言うと、二人の横をすり抜ける。

その間、悠夜は緊張を解かずにじっと挙動を見ていた。


そして...。


通り過ぎたと同時に、男の背中から緑の蝕手が和葉に向かって飛び出してきた。


「和葉!!」


悠夜は、和葉の肩を引き寄せ、道に転がる。

「え?なに!?」と和葉が、驚いている。

なにがなんだかまだわからないようで、和葉の顔に恐怖は見えない。


悠夜はすぐさま立ち上がり、和葉の腕を掴んで走り出した。


「逃げるぞ、和葉っ!」


グイッと引っ張られながら、和葉は悠夜についていく。

走りながら和葉は、悠夜に説明を求める。


「あれ!何!?」


「あれは、蝕妖っていうバケモンだ!」


「ショクヨウって何??」


「人の精神を食べて成長するバケモンだ!」


走りながら、悠夜は和葉に知っていることを説明する。

今は、蝕妖の移動可能距離から離れているところだ。


「でも...、おかしいんだ。アイツは、俺を狙ってるはずなのに、なんでか和葉に執着している。」


「私!?」


今も蝕手は、和葉ばかりを狙ってる。

時々、弄ぶかのように蝕手が伸びてくるのだが、それがもっぱら和葉に向かってきていた。


普通の人間よりも上質な精神こころを持つ悠夜よりも和葉を狙う理由は、一つしかない。


和葉は、樹の巫女だ。



この辺りの土地勘がない悠夜は、今どこを走ってるのかわからない。

ただひたすらに月が出ている方向に走っていた。

しかし、それも終わる。

行き止まりだ。


後ろには高いブロック塀。

工場跡地らしく、塀の向こう側には、四角い無骨な建物が見える。


バッと、背中に和葉を隠して前を向く。

緑の水たまりの進行が止まり、地面からブクブクと盛り上がってくる。

やがて、蝕妖は人の形をとった。


さっきとは、違う人間である。

喰べた人間のうちの一人だろう。


「誰っ!?ゆうちゃん、さっきの人と違うよっ!」


「蝕妖は、喰べた人間の姿になれる。何人も喰っていれば、驚くことじゃない。

間違いなく、さっきの奴と一緒のはずだ。」


そうじゃなくては困る。

こんな小さな街に蝕妖が2体もいてたまるか。


「やぁ、鬼ごっこは終わりかい?」


「ずいぶんとおしゃべりが上手くなったな。バケモン。」


「ふふ、そうでしょう。

混じりもんを喰べる為に、いっぱい力をつけたよ。」


「ああ、そうかよ。」


「でも、思わぬ拾い物をした。まだ神徒しとが付いてない巫女がいるなんて!

僕は、ついてるっ!!これで、神も人間も僕のものだっ!!」


あはは!と高笑いをする蝕妖。

悠夜は、苦虫を潰したような顔で呟く。


「やっぱり、和葉は樹の巫女か...。」


「ね、ねえ。なんなの?ゆうちゃん?巫女って何?」


不安そうに和葉が、悠夜に問う。


「樹の巫女っていうのは、子宮に樹っていう栄養を持った女性のことだ。世界中に僅かしかいない。その栄養は、そこのバケモンのパワーアップアイテムらしい。喰べたら神に匹敵する力が手に入るらしい。」


「え?そんなのがここに?」


和葉はお腹に手を当てて、驚愕した。


「そう。そこに。」


「え?私、子供産めないの??」


「なんで?産めるぞ。」


「だって赤ちゃんの部屋、樹ってやつがあるんでしょ?スペースないじゃん。」


「栄養になるだけで生まれる。だが、和葉。今はそれどころじゃない。目の前のバケモンに喰われたら、結婚すらできないぞ。」


目の前には、ニヤニヤ笑ってる蝕妖がいるのだ。気を抜けない。


「お話終わりましたか?もう2度と喋ることは出来なくなるんです。もっと、最期のおしゃべりを楽しんでもいいんですよ。」


最期なんて冗談じゃない。

なめるな、バケモン!


「和葉。俺にしっかり掴まれ。離すなよ。」


え?と、和葉が理解できないまま、悠夜は和葉の腰を掴み寄せる。

そして、口元に2本指を持っていくと唱えた。


「『蔓蛇!』」


指から蛇結茨がブワッとでる。そして、工場跡地にそびえる木に巻きつけ、ヒュンっと自らの体を引っ張り上げ、塀を越える。


和葉は、キャアっと慌てて悠夜にしがみついた。


「なっ!!」


蝕妖は、悠夜が神徒の技を使ったことに驚いた。

そして、ワナワナ震えて絶叫した。


「混ざりモンがぁぁ!!小賢しい技を使いやがってぇぇ!」


蝕妖が、憤怒の表情で悠夜を罵倒する。

すぐさま、人間の姿を解く。

トプンっと液状化すると、塀を高速で這いずり登って越えて行った。


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