別内駅

西沢哲也

第1話

北の大地北海道の旭川から日本最北端の駅稚内に向かうディーゼル特急は大きなうなりをあげて加速する。

人は寂しさや辛さを感じると北へ北へ向かう習性があるとは聞いたことがあるが、そのような気配もなく閑散とした車内で僕は慣れ親しんだラジオスピーカーを尻目に、おぼつかない手つきでイヤホンを付け、覚えて間もないスマホでラジオを流し始めた。

ラジオからはミューミンの曲だと確かにわかるが、曲名はよくわからない。

ミューミンのファンであった妻がいれば聞けたのだろうが、その妻もいない。


妻とは社内で出会い、かれこれ25年。ようやく僕の定年退職も見えて頃合いに突然心筋梗塞で亡くなった。

子どもを何度か欲しいねと不妊治療もやってみたが、なかなかうまくいかず子供もないまま、退職の波は避けられず、孤独の春を迎えたのであった。

定年前の子供もいないならせめて老後は二人で旅行でもどうかな? という意見に頷いた妻の笑顔が脳裏に何度も何度も浮かべてそして、後悔の念が浮かぶ。

不器用な人間なもので妻に思いは伝えていなかったが、確かに妻のことを愛していたのは間違いない。

だからこそ、寂しいのだ。


“別れさえなければいいのだ”


~~

ふと、列車は急停車する。どこでもない場所なはずである。

何事かとイヤホンを外して車外を覗いてみると、なぜかプラットホームのような不自然な段差があって、もしかすると駅に停車したのかもしれないと思い、もう少し見渡してみると駅名標らしきぼろぼろの木板に『別内駅』と書いてあった。


私はすぐに目についた鞄だけをもって、車外へ降りた。

石が積まれただけで本当に駅なのかというホームらしきものを踏みしめると背後からなぜか列車の気配は消え、

“おっと私はおいて行かれたのか?”

と降りたことを後悔した。よく見るとイヤホンにつながれていたスマホを車内に置いてあって今ここはどこで次の電車は何時なのかさえよくわからない。

“北海道の列車の本数は少ないし、とりあえず待合室へ行こう”

そう思って歩き出すと、人影が見えた。こんなチャンスはないと急いで声をかけようとすると、その影はあまりに見覚えのある妻のものであった。


「あら、貴方? どうしたの?」

見慣れていた横顔、張りのある声に私は声に詰まる。

「ずっと…… お前に会いたかったんだ。今まで、たくさん言えなかったことがあってな……」


「……。るーるる~」

妻は突然曲のイントロのようなメロディーを口ずさむものだから困惑する。

「なんだ急に歌いだして……。 てかこれって、さっきラジオで流れていた曲じゃないか?」

「そうよ、辛気臭いあなたが色々いいそうだったからつい…… 言葉なんていらないのよ。しかし、なんで神様は残酷なことをするのかしら? 貴方はまだ、生きていく資格があるのだから、ずっとここにいちゃだめよ。」

「どうして?」

「ここは貴方がさっき、駅名標で見たかもしれないけど、別内駅。貴方みたいな寂しがりが、北の大地にすぐに向かって行方不明になるのが後を絶たないものだから、生きている人がどうしても会いたい人と会わせて生きろと説得するのだけど、かえって辛くなるんじゃないのかってね…… だからもう、私のことは忘れたほうがいいと思うのね?」

「そ、そんな……」

私は必死に食い下がろうとする。

しかし、それを尻目に、

「貴方はやっぱりどこか辛気臭いのよね。好きな曲もちょっと私に合わなくて…… だから趣味が合うような友人と新しく出会ったほうがいいのよ?」

そして、彼女は私の鞄を取り上げて鞄の中から大切にしているスピーカーラジオを取り出して、

「それに、れるのも出会いのよ。貴方は新しい出会いを見つけるのよ。その応援はするから……」


その声とともに私の意識が遠のいた。


~~

ふと、僕は目が覚めた。さっきまで立っていたホームはなく、座席の上で座っていた。


『先ほど、不審な影を見つけて安全確認をしておりましたが、確認が終わりましたので、間もなく運転を再開いたします』とアナウンスが流れた。


「なんだ夢か。しかし、何を見ていたのだろうか思い出せないな……」

と、僕は再びラジオをかけようとイヤホンをしようとしたが、何を思ったか鞄から手慣れたスピーカーラジオを取り出し、そのままかけだした。

閑散な車内にささやかながら力強い音が生まれる。この曲は僕の大好きなみゆきの後悔かな。

と思ったら、ふと、背後から人がやってきて、


「おっ、いいスピーカー持ってますね。流れているのは…… みゆきさんの?」

「ありがとうございます! そうです。みゆきさんの後悔って曲で力強くて、辛気臭いって誰かに言われた気がするんですけど、そんなの知らねえってくらい位に……」

「いや~、それで俺も一人もんで貴方も一人っぽいからどうせリュックもって観光でしょ?一緒に宗谷岬でも行きませんか? って」

「おお、いいですね。」

僕は自然と新たな出会いができていた。

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別内駅 西沢哲也 @hazawanozawawa

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