今、ラーメンをあなたと
戸森鈴子(とらんぽりんまる)
今、ラーメンをあなたと
「いただきますっ」
ラーメン屋のカウンター席。
前髪をヘアピンで留めて、熱々のラーメンを前に私は手を合わせ割り箸を割った。
チラリと横を見ればカウンターの三席空いた隣。
同じように『濃厚味噌野菜ラーメン』を前に『いただきます』と言う男性。
今日も会ってしまった……。
しかし今は他の人など、どうでもいいわ!
私はスープをまず味わってから、太めの麺を箸ですくい上げ一気に啜り上げた。
う~~ん! 最高!
濃厚味噌という名に偽りなし!!
三種の味噌がハーモニーのようにお互いの素晴らしさを引き立てている。
そして味噌ラーメンといえば! 野菜!
甘みが出るまで炒められた野菜は、濃厚スープに絡む絡む絡む。
あ~シャッキシャキのもやしが美味しい!
玉ねぎ甘い! きくらげがぷり!
そしてこの、弾力のある太麺!
スープをよく絡ませて私の口にズルっと入る! もちっと良い歯ごたえ!
スープ! 麺! 野菜!
全てがダイナミックなのに、しっかりとまとまった一杯。
ずるるっ! と吸い込む吸い込む。
麺! スープ! 野菜!
麺! スープ! 麺!
汗が流れる。
美味しい……!
お一人様と笑われても、この味噌ラーメン通いはやめられないわね!
そして、ほぼ麺を食べ尽くしてから気付く……いつもの男性。
私より、ちょっと年上かな? 男性の年齢はわからない。
いつも此処に来ると、出会う人。
『私、ラーメンが大好きなんです』というと大抵の男性は苦笑いをして逃げていってしまう……。
情けないわね、と思っちゃう。
ラーメン好きって事を受け止めてくれないと一緒にはいられない……私の生きがいなんだから!
最後にスープをれんげで飲んでいる時は、ちょっと彼をチラっと見てしまう。
きゃ! 目が合っちゃった!
少しドキドキしちゃった……。
これって……出会いの一つになるのかな?
声を掛けてみる……? ううん、そんな勇気ないわ。
でも、人生は一度きり。
やっぱり勇気を出してみる?
なんて……少しドキドキする妄想をする事が楽しみなだけ。
彼はいつも店の方に『ごちそうさまでした』って言って店を出るの。
私も言うタイプ。同じ。
優しい雰囲気なのよね。
彼を見送ったつもりなのに、本当に偶然。
お持ち帰りラーメンの人が先に会計をしていてね。
会計で一緒に並んでしまった。
「ありがとうーございましたー!」
ここでは会計の後に小さなアイスバーが貰えるの。
それも小さな楽しみ。
外に出てアイスに口を付けたら、その人もアイスを食べながら『よく会いますね』
と私に言ったわ。近くで聞くと優しい声、近くで見るともっと素敵。
「そ、そうですね……」
「今日は運ばれてくるタイミングも同じで笑ってしまいました」
「はい……」
すごく爽やかな優しい笑顔で、心臓が高鳴った。
「あの……大変失礼なのですが」
「はい」
「今は……お一人なんでしょうか」
き、聞かれてしまったわ!
「……えぇ、主人には十年前に先立たれてずっと一人です」
先日私は七十七歳、喜寿を迎えたわ。
お祝いにも、孫とラーメンを食べたの。
息子はまだ若いのに、ラーメンなんかもう胃がもたれるって言うのよ。
ヘアピンの跡がついてないかしら? 白髪の前髪を慌てて撫でる。
「私も妻に先立たれて一人で……」
「はい」
「ラーメンはみんな、もう重たいって」
「えぇ、そうですよね」
「でも一人で食べるのが好きなわけではないんです」
「……わかります」
彼はアイスの棒を捨てて、キッと私に向き直った。
かっこよかったの、すごく。
「今度、一緒に隣でラーメンを食べていただけませんか?」
「……はい……!」
私はもちろんオッケーしたの。
一緒にラーメンを食べてくれる男性との運命の出会い。
天国のお父さんもきっと見守ってくれたわよね。
それから和也さんとは何度ラーメンを食べただろうか。
蘇る沢山の思い出……。
今、私の目の前に二杯のラーメン。
自分で作ってみたの。
二人でのラーメン作りも楽しかったわ、あの店の再現をしてみたのよ。
さすがにもう、麺も野菜も二人で半分この量になっちゃったわね。
「和也さん、一緒に食べてね」
ラーメンの前には和也さんの写真。
本当は一人で寂しかった私と一緒にラーメンを食べてくれてありがとう。
今頃、奥様と天国で食べているかしら?
私もそっちへ行ったら。うちのお父さんと四人でラーメン食べましょうね。
私と出会ってくれて、ありがとう。
声をかけてくれて、ありがとう。
「いただきます」
みんなの声が聞こえた気がしたわ。
今日も美味しい、ありがとう。
今、ラーメンをあなたと 戸森鈴子(とらんぽりんまる) @ZANSETU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます