「私たち、もう別れよう」と言われたけどオレは君のことなんて全く知らない件について

富士之縁

そんなことある?

「私たち、もう別れよう」


 近年稀に見る美人が語りかけてきた。

 おもわず周囲を確認する。

 駅前の広場を忙しなく行き交う人々。ベンチ的なオブジェに座り込んでいるオレの周りには、今話しかけてきた女以外誰もいない。

 つまり、この女性は明らかにオレに話しかけてきているというわけだ。

 問題は、男女関係のもつれにあるわけじゃない。オレがこの女性を知らないことが一番の問題なのだ。

 恐らく単なる手違いだと思うのだが、ただでさえ幸薄そうな見た目の女性を更に不幸にさせているなんて、そいつは罪深い男だ。

 それはそれとして、どう対処するか悩みどころだ。

 これがビジネスの場だったら、


「すいません。上司にも名刺を渡したいので一枚もらっていいですか?」


 みたいな感じで乗り切れるだろうけど、明らかにシチュエーションが違いすぎていて使えない。いや、シチュエーションが合っていても、オレは働いていないのでどっちみち使えないのだが。

 そういえば、この女子が着ているのは最寄りの高校のものだったはず。

 オレも学校には行っているが、この高校には通っていない。絶対に面識はないはずだ。

 人間の顔を覚えるのが苦手というわけでもない。むしろ死活問題だ。敵味方を識別して、味方になってくれそうなやつには全力で媚びる。これが社会を生き抜く極意だと思っている。

 記憶をひっくり返しても、こんな女子とは出会った覚えがない。

 まあ別に会ったことがあるかないかなんてこの際重要なことではないのだが、それを差し引いても、あまり関わるメリットを見出せなかった。

 あまり裕福そうじゃない、しかも傷心の女子の心につけ込むのはオレのスタイルじゃないからだ。


 ここは無視に限る。

 執拗に目線を合わせてこようとするのを頑張って躱す。


「レオ。どうしてこっちを見てくれないの?」


 猫なで声で言われても、そんなのはオレがレオとやらじゃないからに決まっている。


「私、もう耐えられないの。レオと一緒にカップルチャンネルを始めた時は私の方が人気だったじゃん?」


 こいつら、YouTuberだったのか。しかもカップルチャンネル。最近の高校生って感じだ。


「レオの人気が出過ぎると浮気とかに繋がるんじゃないか、って心配していた時期もあったんだけど、あの頃はレオの方が心配していたよね。あの頃は良かったんだよ」


 差し出される手を避けながら話の続きを待つ。


「でもさ、レオが突然あんなことになってからはレオの人気が爆上がりしてさ、毎日ファンから色んなプレゼントが届くようになるし、SNSに何を投稿しても大体の反応はレオのことばかり。私のファンなんて女子高生目当てのキモイおっさんしかいないのにさ……」


 声を詰まらせながら話す女子を前にして思わず視線を合わせてしまった。

 大粒の涙がこぼれ、溶けた化粧が跡をつくっていた。

 正直なところ、この女子が泣いていることは別にどうでもいい。

 問題は、レオとやらに起きたことである。特に説明されていないが、オレなら何が起きたのか推測できる。……でも、そんなことある?

 にわかには信じがたい話だったので、そこから先の内容はほとんど頭に入ってこなかった。たぶん、客観的にオレの姿を見たら、宇宙の背景に合成されている有名な猫の画像みたいな感じの表情に見えたかもしれない。


 女子が泣きながら走り去った後、オレも駅前の広場から移動した。

 いつもの中学校に行くと、友達に加えて珍しく新顔もいた。


「最近ここに来たやつだってよ。こいつめっちゃ変わった挨拶するんだよな。ほら、自己紹介も兼ねてもう一回頼むわ」


 オレとよく似た柄の猫が輪の中心に進み出た。

 身振り手振りを交えながら、


「はいどうも~! ムギレオちゃんねるの、ムギと~(小声・裏声)、レオでぇ~す。よろしくぅ! ムギレオのかわいい担当、レオですよ~!」


 どう見てもユーチューバーみたいな挨拶。

 明らかにレオくん以外にもう一人いそうな構成。

 しかも、今日飽きるほど聞いた名前。


「レオってお前かよ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「私たち、もう別れよう」と言われたけどオレは君のことなんて全く知らない件について 富士之縁 @fujinoyukari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ