第109話 ヤンデレ月乃(Ⅴ)

 ▽▲▽


 ながいながーいトイレタイムを終えたボク氏。


「随分長かったけど大丈夫? お薬もらってこようか?」


「へーきへーき」


 いやまぁ、現状全然平気ではないけど。

 むしろピンチなうなんだけど。


「ボクってこんな人望なかったかな」


 結局のところ、使い道がありそ──もとい頼れそうな知人に声を一通りかけてみたが、期待に応えてくれそうなのはまさかのゼロ。


「──なかったんかなぁ」


 思わずホロリとこぼれ落ちそうになる涙を堪えて上を向く。

 ここ何年も時間かけて、コミュニティを増やしていった結果がコレか。

 なんだろ、ボクに信用度デバフとかかかってるのかな。

 でもボクは友人キャラなんだから、あまりそういうのは無い気がするんだけど。

 逆にここまでコミュニティ広げられたのは、絶対に役割ロール補正とかあったと思うんだけど。


「だ、大丈夫だよリンちゃん! 世界中の全員が敵に回っても私だけはリンちゃんの味方だからね!」


「うん、ちょっとその励まし方は方向性違わないか?」


 そんなことを話ながらキノとふたりで教室に戻るためにペタペタと生気の無い足取りで廊下を歩く。

 今にして思うと、以前の状況がどれだけ素晴らしかったかわかる。

 紫波雪風という不安要素こそ側にあったが、なんだかんだ安定した日々だった。

 あれから一ヶ月も経ってないのに、もう遥か昔のことに感じる。

 いやまぁ、この状況を招いたのは完全に自業自得なんだけどさ。

 それに最近、紫波雪風自身もあまり見かけない。

 もしかしたら、何か悪巧みでもしているのか。

 それとも、事件に巻き込まれて──。


「──遠野さん、滝沢さん」


 ふと背後からボクたちの名前を呼ばれて、キノと共に振り返る。

 そこには、沢山のノートを抱えた源道先生がいた。


「ちょうど良かった! 少し荷物を運ぶのを手伝ってくれませんか?」


 ちょっと重くて、と情けなさげに苦笑いを浮かべながら言う源道先生。

 しばしキノと目配せした後、彼の腕からノートをいくつか取る。 


「どこまで運べばいいんですか?」


「あー、準備室までお願いできますか。それと滝沢さん」


「はい?」


「生活指導の津志田つしだ先生が探してましたよ」


 その名前にキノは怪訝な表情をする。

 津志田先生とは、従来のイメージテンプレなおっかなげな男性教諭だ

 校則違反や不良行為とは縁遠いキノにとっては馴染みがあまりないというか、接点の少ない人の筈だ。


「ボクが手伝っておくから、キノ馬そっちの件急いだ方がいいんじゃない?」


「う、うん」


 そう言ってボクはキノが取った分のノートを再度受け取る。


「リンちゃん、無理はしないでね! 終わったらすぐに追いかけるから!」


 言い残してキノはパタパタと生徒指導室のある反対方向へ走っていった。


「──さて、これで邪魔は入らないかな」


「ん? 源道先生?」


 源道先生が何かボソッと呟いた気がしたが、よく聞き取れなかった。


「いえいえ、何も。 取り敢えず歩きながら話しましょうか」


 そう言って歩き出す源道を半歩背後をあるきながら、他愛のない話をし始める。

 話題はそのうち、最近の近況に。


「遠野さんも大変そうですね」


「いやぁ、そうなんですよね」


 なんとなく源道先生も最近のキノの様子がおかしいことを察していたようだった。


「そうだ、ある意味いい機会だからちょっと手伝いますよ」


「はい?」


 そう聞き返した時、タイミング良く準備室に到着した。

 源道先生が足でドアを開けてボクに中に入るように視線で促す。

 適当な机にノートの束をドサッと置いて、ボクは振り返る。


「さっきのはどういう──」


 ──瞬間。

 突如視界がぐらりと揺れて、立っていられなくなってボクは床に転がった


そろそろやらなきゃって思ってたので丁度いいなって。──


 倒れたボクを覗き込んだ源道先生が手に持ってたスタンガンで、ようやく状況を理解する。

 しかし、ボクにはどうすることも出来ず。

 二回目の閃光を見て、意識が暗転した。

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