百合とTSと悪役令嬢
宇奈木 ユラ
プロローグ
第1話 いつの間にか始まっていました(Ⅰ)
この世界には、秘密がある。
そのことをボクだけが知っている。
▽▲▽
「――っと言う訳で、今日の終礼は以上だ。部活ある奴は頑張れ、無い奴はさっさと帰れよ!」
6月9日、金曜日。
若いのにしっかりとした物言いをすることに定評のある担任がそう言って教室を後にすると、にわかに教室が沸き立つ。
待ちに待った週末に、誰も彼もが浮き足立つ。
――少し前までは、ボクも
だがしかし、ボクはここからが正念場だ。
周りにバレないように、小さく頬をぺちぺちと叩いて気合を入れると、ボクの前の席にうつ伏せになったまま寝息を立てている友人をつつく。
「キノ、終礼終わったよ」
「――ヴァ!?」
ボクの言葉にびくっと身をよじらせ、奇声と共に起き上がったのがキノこと
色素の薄い髪と取り立てて特徴のない、しかしよく整った顔立ちをしたボクの親友――いや、違うな。
正しくは、
「あー、ごめんねリンちゃん。私また寝ちゃった」
そういって申し訳なさそうに笑う彼女に、ボクは気にしていないという風に手を振って答える。
「昨日はオンラインで
彼女は申し訳なさげにそう言うが、この返答にボクは内心ガッツポーズを取る。
彼女の言う宮古くんとは、ボクたちのクラスメイトであり
ーーそう、攻略対象だ。
何を隠そうと、この世界はとある乙女ゲームに酷似した世界であり、ボクはそのゲームがある世界から転生した存在だった。
それこそが、ボクだけが知るこの世界の秘密だ。
▽▲▽
ボクの名前は、
身長は154センチ、体重は非公開。
黒髪ショートカットで胸は控えめ、しかし他のスタイルは割と良さげ。
学業の成績は並、運動能力もだいたい並。
少しばかり好奇心旺盛な15歳。
今年から女子高生になったごく普通の少女。
ーーという
実は、今通っている私立
ある朝のことだ。
前日深夜まで新しく出来た友人とずっとメッセージのやり取りをしていた代償に、その日の朝はなかなか酷い眠気を感じていて、不意にふらついて車道に躍り出てしまった。
不幸にもその瞬間にぽーんと車に跳ねられ、頭をごちんと。
まぁ、きっかけはそんな感じで。
事故の衝撃で、ボクは知ってしまった――否、
自分の前世というヤツを。
ボクの前世は、ごく普通の男子高校生だったみたいだった。
その事実に、内心結構驚いた。
ボクは、一人称こそあれだがれっきとした女性であったからだ。
――あれか、これは所謂TSというヤツかな?
そんな戯言が一瞬頭をよぎったが、そんなことは次に思い出した事に比べれば、まさに戯言レベルの些事であった。
『この世界はゲームである』
より正確に言えば、生前のボクはこの世界によく似た感じのゲームを知っていた。
そのゲームには今のボクのような外見で同じ名前のキャラクターが出ていたし、何より今回の事故の遠因である夜更かしの相手こそ滝沢月乃というそのゲームの主人公だった。
マジかって思ったよね。
ゲームの世界に行きたいとか、割と誰でも考えるし憧れるだろうと思うけど、ボクの場合は気がついた瞬間変な汗が出た。
このゲームは、生前の妹がリビングでやっていたのを兄として何回か見た記憶がある。
正直、ゲームのタイトルとか細かな部分は覚えていない。
だって妹の趣味のモノで、ボクの趣味じゃなかったからね。
そこはまぁ、仕方ない。
しかし、ちょっと見過ごせない要素が、このゲームにはあった。
何故なら、その乙女ゲームは割と鬱END多めの作品だった筈だから。
バッドエンドがどれもこれも救いがなく、周りをごっそり巻き込んで大破滅するものばかりで、少ししか見ていないボクですら、ちょっとトラウマになったレベル。
そこからしばらくの間、悩み落ち込み考えこみ。
やがて、ある結論を出した。
ボクは自分の身を守る為、そして掛け替えない友人を救う為にあることを始めた。
それはこの設定を完璧に演じ、
しかし、ゲームの詳細を知らないボクに何が出来るのか。
――いや、
それは、
この世界でのボクの役割は、所謂主人公の親友。
主人公の恋路を手助けするサポートキャラだった。
その為か、自然とボクの耳にはあらゆる攻略対象たちの情報が入ってきた。
それをキノに伝えて行動を誘導したり、さりげなく攻略対象達にもキノの情報を上手く伝えたり、敢えて嘘をついたりして物語をコントロールする。
それが今のボクにとっての最優先事項、使命であった。
ゲーム本編は高校一年生から。
それまでの中学時代は本編で使えるコネクション作りに奔走した。
そして、今月にとうとう高校入学となったんだけどーー。
▽▲▽
今のところ、状況は上手くいっている。
現在キノ、ゲーマー陰キャな宮古くんを攻略中。
この調子で、バッドエンドを回避するように頑張らないと。
――しかし、最近ボクはある二つの問題を抱えるようになってしまった。
「別に気にしてないよ。それにキノが最近イキイキしているように見えて、ボクは嬉しいよ」
「リンちゃん!」
ボクの発言に、感極まってキノはガバッとボクに抱きついてきた。
「ちょ、キノ!?」
問題その一。
キノを相手に、変な気を起こしかねない時があること。
以前は平気であったスキンシップ等が、中身の性別が男であることを思い出してからはキツい。
今だって、ほら!
胸!
胸めっちゃ押しつけられてる!
この子すごい着痩せするタイプなんだけど!?
それに顔が近い。
無個性系とはいえ、生前は見た事すらない程の美少女。
美少女から無邪気な好意を受け、こんな過剰なスキンシップ。
――言葉を選ばず言うのであれば、
今だってこの展開に、頭がクラクラしてきている。
早く、早くキノをどかさなければ!
ってか長いなハグ!
「――失礼いたしますわ!!」
そうしてボクがてんやわんやしていると、騒がしい教室の空気を一刀両断するような声が響いた。
騒いでいたクラスメイト達が一斉に黙り、教室の入り口に立つ一人の女生徒を見つめる。
長い絹のような黒髪をくるくるにした如何にもお嬢様然としたヘアースタイルと、制服の上からでもわかる抜群のプロポーション。
身長は160センチ程あるボクより更に高いモデル体型で、顔は怜悧な雰囲気。
可愛い系庶民派のキノとは真逆のクール系お嬢派な美少女。
――彼女の名前は、
キノを主人公にしたこの
俗に言う、悪役令嬢という奴である。
彼女こそ、ボクが抱えている問題その二。
悪役令嬢・紫波雪風は――
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