2章②

 お婆さんが「そろそろコハクが来て1年くらいね?」と言い始めると、お爺さんも「そうじゃな。」と答えました。するとお婆さんが戸棚の方に行って何か取り出しました。それを見たお爺さんが「お前、まだそれを持っとったんか…。」と少し驚いています。

 それは僕の名前の由来になった琥珀でした。大きさは長いところで3センチメートルくらい、涙型になった琥珀の細くなった方に穴が開いていて、紐が通っていました。

 「もうこれ以上急激に大きくなることもなさそうですし。この子の首に合うように紐をつけてやれば似合うんじゃないかと思って…。」

 …これをもらっていいのかな…?これはお爺さんにとっても大切な思い出の品のはず。お爺さんの方を見ると「ああ、そうじゃな。儂らの子に与えるのにちょうどいい。ただこの子を見るたびにこっぱずかしくなりそうなのが困ったもんじゃな。」と苦笑しています。

 お婆さんはそれをそのまま僕の首に合わせようとして、「このままだと先端が首に刺さりそう…。」と言って、一度琥珀の先端部分の上くらいで結び、それから首に巻いてもう一度結んでくれました。立派な首輪の完成です。鏡がないので自分の姿が見えないのが残念…。お爺さんもお婆さんも満足そうに見ています。ありがとう、一生大切にするよ!



 それから1週間、いつものように狩りをしている時でした。僕が見つけたのは体長80センチメートルくらいで僕より大きな1匹の真っ黒のネズミでした。



 それは自分より大きな蛇を食べていました。見た瞬間『ヤバい!』と思ったけど、音を出したりしていないのに、ネズミがこちらに気づいた!幸いなことにお爺さんは僕からは少し離れたところにいて、ネズミには気づかれていないようだ。お爺さんのいる方向と逆の方に動いて誘い出せば、お爺さんは逃がすことができそう。僕が逃げられるかどうかはあのネズミの走る速さ次第だけど…。

 ネズミがこちらに動き出そうとしているのを見てどうするかを決めた僕はすぐに行動した。ネズミは思ったより速く走っていますが、まだ僕の方が速い!これならお爺さんから引き離したあとに逃げられそうだね。


 そう思った時でした。


 「コハク~、どこ行ったんじゃ~!」


 …まずい、ネズミがお爺さんに気づいて向きを変えようとしてる!

 僕は覚悟を決めました。このネズミをなんとしても殺す!

 ネズミめがけて一直線に加速!ネズミの歯は大きく、噛まれれば致命傷間違いなしだろうけど逃げるわけにはいかない!僕が向かってくるのに気づいたネズミはこちらを向いて、僕を獲物と見定めて走ってきた。

 ここは森の中とはいえ、地面は枯れ葉に覆われ草は短く、動くのに支障はない。しかも僕はさっきまで、お爺さんからネズミを引き離そうとネズミから直線的に見えるように動いていたから、ネズミと僕の間には障害物はない。あっという間にネズミとの距離はなくなった。

 ネズミが僕に噛みつくために突っ込んで来ようとした瞬間、僕は進路を変え、横に生えた木に向かってジャンプした!そして木を壁に使って再度ジャンプし、ネズミの首に噛みつく!

 僕の歯は深く刺さったけど、ネズミの肉は固く、食いちぎることはできない!

 ネズミは痛みに悲鳴を上げ、首を振り回し始めました。僕は逆らわずに口を放して飛ばされ、着地。あのまま食いちぎれるのなら何としても口を離さないけど、食いちぎれる気がしない以上、殺す手段を変えなくちゃいけない。幸いなことに、大きな血管を傷ついたのか、口を放したことで血を噴き出してる!ただ問題なのはまだ口を放して出血し始めたばかりとはいえ、今のところネズミが怯む気配がないこと。このまま様子見をしていると、いつお爺さんの方に向かうかわからない。だったら出血で弱って死ぬまで他のことを気にする余裕をなくしてやるだけだ!

 僕はもう一度ネズミに向かって走る!さっきのジャンプで警戒してるみたいで、今度はネズミは待ち構えている。ネズミに近づいた瞬間、さっきと同じように木に向かってジャンプ!そしてネズミも予想していたから、今度は噛みつかれないように木の方に向いて構えてる……けど、僕は本能のみで生きている猫じゃない!さっきと同じことをするわけないじゃん。木を壁にしてネズミに噛まれないところに向かって全力で再度ジャンプ!こういう風におちょくっておけば、こっちを警戒してお爺さんの方には向かわないはず。このままここに食い止めてやる!


 「コハク!っ!?」


 …このまま耐えれば大丈夫だとおもってたけど、お爺さんはネズミのことを知らないから、僕を探しにくるに決まってるのになんで気づかなかったんだ!

 ネズミがお爺さんに気づき、そっちを向いた瞬間、僕はネズミに向かって走り出しました!お爺さんがいるのは僕から見てネズミの後ろ、ネズミはお爺さんに気を取られたから、こちらには無防備な背中側の首が見えてる!全力でまた首に噛みつく!今度は放さないよ!

 噛みつかれたネズミは悲鳴を上げて体を振り回し、僕は木や地面にたたきつけられるけど、絶対に放してやらない!お爺さんが「コハク!?離れるんじゃっ!」と叫んでるけど、嫌だ!ネズミはお爺さんの弓では致命傷を与えられないと最初に噛みついたときに分かってた。それに対してネズミがお爺さんに噛みつけば、ほぼ間違いなく食いちぎられ、場所によっては一撃で致命傷になると思う。お爺さんを危険な目になんてあわせてたまるか!

 それから5分くらいかな、お爺さんは僕が離れないから攻撃もできなくて、その間涙声で「コハク…コハク…」と繰り返しているのが聞こえてたけど、正直口を放さないことに一生懸命すぎてよく覚えてない。そしてやっとネズミが動かなくなった…。僕はたたきつけられてできた傷からの出血とネズミの傷から噴き出した血で全身血まみれ土まみれだったけど、動けなくなるほどの大きな怪我はないみたい。ちょっと〝ふらっ〟とはするけどね。ネズミの首からから口を放しお爺さんに近づくと「コハク…コハク…」と涙を流しながら抱きしめられました…。怪我しているところが痛いけど、心配させたんだから我慢しないとね…。心配かけてごめんなさい…。



 それからしばらくしてお爺さんが落ち着きを取り戻すまでの間に、お爺さんの叫び声が聞こえていたみたいで、他の狩猟をしていたおじさんたちが集まり、ネズミを見て悲鳴を上げるということが数回繰り返された。

 誰もこんなネズミは見たことがなく、まさかと解体することになり、ネズミの心臓に魔石があったから魔物であることが分かった。それが分かるとみんな急いでネズミの死体と魔石を持って森を出ました。


 村に戻ってからは他の村人も集まって緊急会議をしてる。僕はそのそばでお婆さんに泣かれながら手当(体をきれいに洗われ、薬草とかをすりつぶしたものを傷に塗られてます)を受けてた。

 みんなが話し合っているのはこの魔物が自然発生したものかどうか。

 僕が管理人さんに聞いた通り、魔物は魔素の濃いところで自然発生するか、魔物同士が子をなすかで増えるということは常識らしく、この村の周辺は魔素が薄く、村の人たちも今まで魔物を見たことがなかったそうです。

 だけど、今回魔物が現れた。恐らく、この魔物は単なる動物の僕が倒せたことから弱いものだと思われる。これが薄いながらも存在する魔素によりたまたま生まれただけなら問題ないらしい。もう一つ問題ない場合は他のところからたまたま魔物が来たというとき。

 次に魔物が子をなしていた場合。これの時は下手するとこのあたりで繁殖している可能性があり、ネズミであれば爆発的に増える可能性がある。そうなると村人にとって危険なのはもちろん、ネズミを殲滅できたとしても、それまでにこのあたりの生態系が破壊され、今後狩猟や採取では生活できなくなるかもしれない。

 そして最悪なのは見つかっていないダンジョンがある場合。本来ダンジョンからは魔物は出てこないんだって。ただある条件を満たした場合、ダンジョンから魔物が出てきてしまう。その条件はダンジョン内の魔物が長い間討伐されずに増え続けていること。そうなったダンジョン内の魔物は居場所がなくなり、共食いを始め、まず最初に共食いから逃げる弱い魔物が外に出てくる。これが魔物大流出の前兆、その後に起きる大流出をスタンピードというそうです。このネズミがスタンピードの前兆なんじゃないかとみんな恐れています。

 魔物を倒すとレベルが上がる、これは魔物も変わらない。そして魔物はレベル上限に至ると進化する。ダンジョンが深ければ深いほどスタンピードは起きにくいけど、深いダンジョンでスタンピードが起きた場合は人類が滅亡するといわれているそうです…。

 この辺りは魔素が薄いためダンジョンがあったとしても浅いと考えられるけど、あっただけでもすでに問題。スタンピードの前兆の逃げ出す魔物は弱いとはいえ、スタンピードが起きれば共食いで進化して上位種になった魔物たちも出てくる。魔物の討伐でレベルを上げていないこの村の住人達には対処できるはずもない。そもそもスタンピードが起きてしまえばこの村の問題だけでは済む話ではない。そんなことを話していました。

 僕はこの村以外を知らないけど、近くには他の村や街、領都があるらしく、すぐに領都にいる領主と冒険者ギルドに連絡することが決まりました。あの魔物がどの場合に当たる魔物かはわからないけど、それを調べるためにはできる人間に頼る必要があります。

 もしスタンピードであっても、あの魔物がスタンピードの前兆が起きた直後に見つかったのであれば、まだ2週間くらいの猶予があるそうだけど、はっきりしたことが何もわからない以上油断はできない。


 若く体力のある村人が数人、それぞれ他の村や街、領都に連絡しに馬に乗って走っていきます。

森から戻ってきたのがお昼前だったから、急げば今日中に領都に着けるそうです。



 原因が早く判明することを願うことしかできません…。

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