甘美な響き

桝克人

甘美な響き

 夕飯の買い出しに出かける時にいつも通る近所の公園がいつもより騒がしい。歩きながら横目で見ると、学生服を着た集団がはしゃいでいる。ざっと見三十人。それぞれの手には筒状で紺色の入れ物や包まれた赤い花———おそらくカーネーションがある。誰もが楽しそうに笑い、泣き、抱き合い、ふざけ合い、最後の学生生活を惜しむようだ。恐らくこれが『楽しかった高校生活』ということであろう。


 私がそれを最後に手にしたのは二十年位前の話だ。親しい友達がいなかった自分は、当時もこんな風にはしゃいでいるクラスメートから少し離れた場所でその様子を見つめていた。幸いなことにいじめとかそういうものはなかったが、クラス内の派閥、もといグループには所属しなかった。

 常に孤独だったわけではない。誰とでもそつなく話せ、どこかのグループに交じれば話を合わせるのも難しくはない。しかし踏み入った話はしなかった。周りからもなんとなく話せば話せるやつ程度の認識だったと思われる。

 だから卒業を迎えてもそれほど感慨深くもなく、ただこの集団から身を離せるのだという事実だけが心の真ん中に立っていた。


「すみませーん」


 私はいつの間にか歩くのをやめてその光景をぼんやり眺めていたようだ。私に気付いた一人の女子高生が駆け寄ってくる。


「みんなで写真撮りたいんでお願いしても良いですか?」


 流行りのキャラクターのカバーがついたスマホを差し出した。私は快くそれを受け入れる。女子高生は「写真撮ってくれるってー!」と待っている彼らの元に走って戻り、手早く並ぶように指示をした。

 彼らは私に向かって礼儀正しく口々にお礼を言ってくれる。



「はい、じゃぁ、撮るよ。笑って—…はい、チーズ」


 今でもそういう掛け声なんだろうか?とどうでもいい疑問が頭を過る。私は機械的にシャッターを押した。コロンッと軽やかな音色を奏でて写真が撮れたことを知らせる。


「もう一枚撮っておこうか。はい、もう一度行くよー…はい、チーズ」


 またコロンッと短い音がした。それを合図にスマホを渡した女子高生が礼を言いながら駆け寄ってくる。


「一応、確認してね。ぶれてるかもしれないから」


 彼女はスマホに指を滑らし、撮れた写真を二枚確認した。


「大丈夫です!ありがとうございます!」


 カメラを向けられた時と同じようにとびっきりの笑顔を向けてきた。


「うん、じゃあ、私はこれで…」


 軽くお辞儀をして彼らに背を向けると、背中に大量のお礼を浴びせてくる。少し離れてから後ろを振り返る。あの頃の私は少し離れて、彼らの楽しそうな様子を笑って見ているような気がした。


「卒業おめでとう!」


 大声でそう投げかけると、彼らは嬉しそうに卒業証書の筒を持った手を大きく振った。


「さようなら」


 私は小声でつぶやく。あの頃の私に。そしてまた一人で買いだしの道に戻った。

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甘美な響き 桝克人 @katsuto_masu

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