【KAC出会いと別れ】新生活

風瑠璃

突飛なる関係

春の暖かい風が、僕の肌を撫でる。

桜並木もピンク色に染まり、数週間前にあった卒業式を遠く感じる。

別れは済ました。なら、次は出会いだ。


冬から季節が変わり、入学式のために歩くこの道は明日には通学路として毎日通うことになる。

視界いっぱいにある桜も、すぐに装いを変えることだろう。


「緊張するな」


新しい生活を前に体が震えた。

実家から飛び出して一人暮らしを始め、やりたいことを自由にやることができるようになった。

手始めに朝まで友達と通話しながらゲームなんてしてたから寝不足感は拭えないけど、これはこれで心地よい。

非日常な気がして楽しいのだ。

毎日やっていたら日常になるとしても、今はそれを楽しむターンだと思っている。


「おっはよ」

「おっおはよう?」


軽やかに挨拶するとサッと横を通り過ぎていく女性。制服を身にまとった彼女が同学年であることはチラリと見えた学年を識別するプレートで分かった。

長い髪を風に踊らせながら、前を行く同級生たちに挨拶していく。

フレンドリーな人なのだろう。コミュ力高そうである。ああいう人が他人を引っ張っていくのだろう。僕とは大違いだ。

友達はいるけれど、狭いコミュニティにしか属していない。多すぎると相手のことが分からずに愛想笑いしかできないのだ。

彼女が広く浅くで友達付き合いするのだとしたら、僕は狭く深くをモットーにしたいと思っている。まぁ、実際にどうなのかは知らないし、狭く浅いが僕の付き合いかたなので偉そうには言えないけど。


「色々な人が居るんだよな」


大学生活。楽しくなるといいな。



入学式を終えて二ヶ月。

激動のような時間を乗り越えた僕は、大きく息を吐いて部屋で横になる。


手付かずの家事を横目に見ながらやるのが面倒だなとため息を吐いてしまう。


明日やればいい。明日でいいと溜め込んだ洗濯物もそろそろ限界に近く。料理する気になれない。流しにはカップ麺の空容器が大量に放置してあり、これが憧れていた一人暮らしなのかと絶望感しか抱けない。

実家暮らしの良さを改めて感じる。なんでもしてくれる両親はいない。待っているだけではやるべきことは前に進まない。


「面倒だな」


誰か、代わりにやってくれないだろうか?


ピンポーン


間延びしたチャイム。

ここに引っ越して二ヶ月。チャイムを押して部屋に入ろうとする人はすでに固定されていた。

勧誘などを除き、同年代で縛るならば片手の指で事足りる。

出たくないなぁ。


相手が分かるからこそ動きたくない。まさか、こんなに付きまとってくるなんて出会った当初は想像もしなかった。


「なんで出ないかな?」

「むしろ、なんで入ってくるの?」

「鍵開いてたら入ってもいいのかなって。相変わらず汚いなぁ」


ふふふと嬉しそうに笑う山内やまないさん。入学式の日にみんなに挨拶を振りまいていた彼女だ。凄く綺麗な見た目をしているし、実際にモテている。気さくに声をかけるタイプだからだろう。多くの噂を耳にする。

ただ、なぜか僕を気に入ってよく勝手に入ってくる。鍵をかけない不用心な僕も悪いのだろうけど、疲れたらそのまま倒れたくなってしまうのだ。


「んじゃ、流しを片付けるから洗濯物をやって。座る場所もないし」

「あの、さ?」

「それとも、私は下着を座布団代わりにしたほうがいい?」

「今すぐ洗ってきます」


落ちている服を即座に集めて洗濯機に放り込む。

入学してからは毎日のように押しかけてきて僕の頭にはてなマークを大量出現させた彼女も、ここ数日は現れなかった。

飽きたのだろうと安心しきってたのに、なんで来たの?


「やっと座れるくらいになったね」

「いや、何の用さ?」

「寂しいかなって思って。ご飯は作っていいの?」

「好きにして」


寂しいかなで普通男の部屋に突撃してこないだろう。自分が魅力的な女性であることを忘れないで欲しい。部屋の香りも一気に華やいでるんだけど、なんか魔法使った?


「君はほんとに拒否しないね」

「しても意味無いじゃん」

「だって拒否じゃないもん」


ニコニコしながらエプロンを身にまとい、いつの間に入れたのか冷蔵庫の中から材料を取り出す。

肉のパックとか野菜取り出してるけど、昨日まで入ってなかったよね?


山内やまないさんは、自分が襲われる。とか考えないの?」

「襲うような甲斐性があるならとっくの昔に襲われてるかな。もしかして、ご飯よりも私を食べたい?」

「······いらない」


少し考えたけど、その先の未来を考えたらとてもじゃないけど襲えないし、勇気もない。今の関係もよく分からないので、一歩先に踏み出してその先が崖の可能性が高い。

一緒の時間が増えても知ってることなんてほとんどない。謎ばかりの女性だ。


「だから、君といるんだよ」


男らしくないと思われているようで憤慨ものだが、実際に何もできないヘタレなので文句は言えない。家事をしてくれてむしろ感謝しなきゃいけない立場なのだ。

押しかけてくるから素直な感謝は難しいけど。


「私ってさ。こんな性格じゃん? 色々あるんだよ」

「なら、やらなきゃいいじゃんか」

「ん〜無理かな。やりたいって私が思うからやるんであってやれって強制されてるわけじゃないからね」

「勘違いされまくってるのにか?」

「勘違いされまくってるのに」


気さくに話しかけるせいで男子からの好感度は高い。特に一人で過ごしているやつなんかは恋愛目的で近づいてるんじゃないかと思われることがあるようで、危ない目に何度もあっている。その度に巻き込まれる僕の身にもなってほしい。

包丁で刺されそうになったあの時の恐怖は今でも忘れない。


「他人は自分を写す鏡なんだよ」

「鏡に殺されかけた身になってくれない?」


たまに聞く言葉ではあるけど、その真意までは掴めていない。

人の振り見て我が振り直せってことなのだろうか?


「清く正しくを示していれば、きっとみんな分かってくれる。そういうものじゃない?」

「理想が高いなぁ」


高すぎて凍えそうだ。

そんな標高の話されても無茶ぶりにしか見えない。山内やまないさん一人でやっても変化なんてないだろう。


「理想は高く。目標は大きく。楽しく生きるならそれが大事でしょ。もちろん。モチベーションを保つために小さな目標を作って、それが達成できたらご褒美をあげる。ほら、できたよ」

「これをご褒美って言ったら笑うよ? 何も達成してないのに」

「家事やったじゃん。いいから食べよ。私特製の和風パスタを」


ドンと置かれる肉や野菜が大量に乗ったパスタ。出汁のいい香りにお腹が悲鳴をあげている。

家事やっただけでご褒美なんてなんて小さな目標なのだろうか。

山内やまないさん来なければやらなかっただろうけど、美味しくいただこう。


「これからも、よろしくね」

「ほどほどで」


彼女に振り回される僕の大学生活はどうなってしまうのだろうか。

神のみぞ知る。と言ったところなのだろう。



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