第85話 居合い抜き
参ったね。
そりゃもう参りましたよ
居合い抜きなんてやるもんじゃありません。
刃を抜く一瞬は
無心でないといけないんです。
もしも気を散らそうものなら
指の一本や二本くらいを失うくらいの気持ちで
刃を抜かないといけない・・・。
やっちまったです
指を失ってしまったんです。
その時にね
お師匠様が薬をくれたんです。
「これは、かの有名な土方歳三先生の親戚が作られた薬なんだ。傷なんてすぐに治る。但し、30分後からだ。胃の腑に薬が落ちてから、吸収されるまでに30分はかかるんだ。30分は痛みが継続するが、それ以降に効果が現れる、さあ、飲め」
私は、その薬を飲ませていただきました。
そしてお師匠様が、その薬の入った瓶を見せてくれたんです
石田散薬ってラベルが貼られていました。
家秘相傳、と書いてある。
土方隼人、と書いてある。
それを見てしまうと
飲んだ瞬間に効いてきたような気がする。
「既に効果が現れてきたように思います」
って私は師匠に言いました。
「それは、気のせい、というものだ。本当に効くのは30分後だ」
ってお師匠様はそう言ったんです。
ただ、ラベルのその下にカタカナでラムネって書いてあったんです。
「済みません、お師匠様、ラ・ム・ネって書いてあるのですけれど?」
「そうだ、ラムネだ」
「ラムネって、子供の頃にプラスチックの瓶型のケースに入ってた、ひと瓶三十円くらいの、あれですよね?」
「そうだ、但し土方隼人製のラムネは少し違う」
「何が違うのでしょうか?」
「うーむ、一説によると、どうも灰が入ってあるらしい」
段々と痛みが増してきたように思える。
「灰ですか? 木が焼けた後に残っているあの灰のことですか? して、どのような効果があるのでしょうか?」
「私も分からないが、高血圧に良いらしい」
「私、今、指を切り落としたのですが」
「土方先生のご親戚が作られた薬だ、切り傷にも効果があると思われる」
「そんなものでしょうか」
「気のせいかも知れぬが」
「それって、効果無し、とも言えるのでは」
「そんなことはない。現に未だ消化吸収もされていないのに、お前は傷の痛みがなくなってきたような気がすると言ったではないか」
「確かに」
「そして、私と話をしている間は、その傷の痛み、忘れていたのではないかな?」
「確かに」
「それは効果ありというのではないか?」
「そう言われれば」
「そうだ、それを、気のせい、というのだ」
「気のせい、というものですか?」
「そうかも知れぬが・・・そうでないかも知れぬ。して、痛みはどうだ」
「さっきまで痛みを忘れていたのですが、訊かれれば痛くなってまいりました」
「それを気のせいというのだ」
「これも、気のせい、というものなのですか?」
「そうだ、もう一錠、飲んでみるか」
「はい、気のせいでも痛みがなくなるのであれば」
「痛みがなくなるのではない、痛みを忘れることができるだけだ」
「忘れることができるならば、貴重な薬を一錠、頂けますか」
「構わぬ、大切な我が弟子よ、一錠と言わず瓶ごと飲め」
「ありがたき幸せにございます。で、私の指はどうなるのでしょうか?」
「指がどうしたというのだ」
「確か、切り落としたような」
「気のせいだ、石田散薬を飲め」
「気のせいですか、分かりました、石田散薬、頂戴いたします」
「構わぬ、もうひと瓶ある。それも飲め」
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