アンドロイド・シンドローム

彩京みゆき

第1話

「なあ、貴島きじま

 せっかくだから、俺の秘密を話そう。

 誰にも内緒だけど。


 俺は本当は、

 アンドロイドなんだ・・・」


 誰もいなくなった教室で、貴島優子と俺、桐谷きりたに瑠偉ルイ、二人きりだった。

 無表情に言い放つ俺を、貴島はマジマジと見つめた。


「まじか・・・

 それ、説得力あり過ぎなんだけど・・・」


 目を丸くして俺を見つめると、

 次に、彼女はクスリと笑った。


「『氷の王子』も、そんな事言うんだ・・・」

「なんだ、それ・・・」

 と俺は表情ひとつ変えずに答えた。




 貴島優子は、隣の席になってから何かと話をするようになった。

 むしろ俺的にはお節介に感じるくらいのキャラだ。


 ある時、貴島が言った。

「うーん、・・・何て言うのかな?

 桐谷くんて既視感あるんだよね。

 うーん、

 ・・・そうか!

 あれだ!

 どことなく弟に似てるんだ!!

 まあ、こんな王子様フェイスじゃないけどね・・・」

 って、彼女は屈託無く笑った。


 『氷の王子』ってやつは、なぜか俺のあだ名になっていた。

 主に、ヨーロッパ系の血が1/4入ってる顔立ちのせいだと思う。

 ちなみに海外に行った事も無ければ外国語も話せないんだけれど。

 何で『氷』が付いたかと言えば、

 多分俺が無愛想で他人に興味が無いように見えるからだ。

 実際に滅多に俺の感情という物が動く事も無いのだけれど・・・。




 ある朝、教室の前でふいに女子から手紙を渡された。

「ふーん、やっぱモテるんだ・・・」

 と貴島に声をかけられた。

 見られてるし・・・。

「いや、案外不幸の手紙かもよ・・・」

「まさか。

 てかさ、

 何でそんな興味無さそうなの?」

 って、

 急に核心を突かれたような気がした。

「そんな事、無いけど・・・」

 って返してみるも、全くその通りだった。

 特に、この外見だけに興味がある女子なんて、興味は無かった。


 それどころか、

 もしかすると、俺は生きて行く事にすら興味が無いのかもしれない。

 そう。

 あの時からだ・・・。



***




 記憶が朧げなくらいの小さい頃の話だ。

 年の離れた兄がいて、よく俺の面倒を見てくれていた。

 そんな兄は、ある日突然、車道に飛び出した俺を庇って事故に遭い、運悪く亡くなってしまったらしい。

 記憶に残っているのは、

 青ざめた両親の顔と、葬式の風景。

 立ち昇る、線香の匂い。



 大きくなるにつれ、だんだんとその意味が分かって来ていた。


 俺は、

 生きていていいんだろうか?

 誰かの代わりに生かされている意味があるような人間なんだろうか?


 いつからか、

 最初からなのか?

 俺の感情はストップしていた。


 アンドロイドみたいに。


 いっそ、アンドロイドになってしまえばいい・・・。



***




 翌日の放課後。

 昨日のあの子だ。

 俺に手紙を渡して行った子が、目の前で泣いている。

「昨日の手紙に書いてありましたよね?

 私、ずっと待ってたんです・・・」


 ああ、やってしまった。

 正直、手紙は読んでいなかったし。


「ごめん・・・」

 て、そう答えるしかないし。

「もういいです。

 あなたが酷い人って分かったし・・・」

 そう言うと、彼女は走り去って行ってしまった。


 『酷い人』って。

 全くその通りだ。


 いつの間にか周りにギャラリーが出来ていて、遠巻きに揶揄うような視線が突き刺さる。

 俺に声をかけたのは、

 貴島だけだった。


「ねえ、桐谷くん、

 あなたがどんなに彼女に興味が無いか分からないけどさ、返事くらい出来たよね?

 相手の気持ち、考えられたよね?」


 って、うざいくらいに突き刺さるような、誰も言わないような事を遠慮無く言い放つ。


「そうだね・・・」

 答えた俺の声が、自分でも驚くくらいに、覇気が無い。


 すると、驚いた事に、彼女は俺の顔を両手で挟んで、自分の方を無理矢理向かせた。


「ねえ?

 何であなたは、そうなの?

 どうして、何もかも興味が無いふりをしてるの・・・?」


 ズカズカと、踏み込む、その瞳・・・。

 普通、そんな風にしないだろう。


「俺は、貴島の弟じゃないから・・・」


 その手を振り払って顔を背けた。

 でも、それ程嫌な気はしていない自分に、むしろ驚いた。


「そうだよね。

 ごめん・・・」

 って彼女は返した。


 俺は、なぜか彼女の顔を見る事が出来なかったけれど。

 

 少なくとも彼女は、

 他の女の子みたいに、俺の見た目だけで判断してないような、

 そんな気がしていた。


 

***




「なあ、貴島、

 せっかくだから、俺の秘密を話そう。

 誰にも内緒だけど。


 俺は本当は、

 アンドロイドなんだ・・・」


 誰もいなくなった教室で、貴島優子と俺の、二人きりだった。

 無表情に言い放つ俺を、貴島はマジマジと見つめた。


「まじか・・・

 それ、説得力あり過ぎなんだけど・・・」


 彼女は、目を丸くして俺を見つめた。 



 なぜだか、俺はこのお節介な隣の席の彼女が気になって仕方が無いらしい。

 自分でも不器用過ぎる言葉。

 でも、きっと何か伝えたい衝動に駆られていたんだと思う。


 吸い込まれるような真っ直ぐな瞳で俺を見る彼女に、

 いつか本当の自分の気持ちを打ち明けられるといいと、なぜかそう思った。



「あのさ・・・」


 ふいに、

 自分でもよく分からないけれど。

 彼女の頬を両手で挟んで、じっと見つめた。

 

「え・・・・

 えっ・・・!?」

 あまりの貴島の驚きっぷりに、ふと我に返る。

「いや、

 貴島だってこの間、こうしたじゃないか?」

「そうだけどっ・・・

 え!?何!?」

「だからっ・・・

 弟じゃないから・・・」

「うん、

 知ってるし。

 ・・・最初から・・・」


 なぜだか、ペースが乱される。

 そして、彼女が俺を見て笑い出した。


「ねえ、

 その顔ってもう、アンドロイドじゃ無くない?」


 言われてガラス窓に映った自分を見てみると、真っ赤になっていて。


「確かに・・・」


 そう言って二人はまた顔を見合わせて。

 

 彼女は、

 真っ赤になって笑っていた。

 


 



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アンドロイド・シンドローム 彩京みゆき @m_saikyou

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