第28話仕事に追われる魔王様
「俺、よくよく考えてみたんですけど……」
「うん?」
二人は身なりを整えて、ベッドに横たわって軽くじゃれあっていた。そんな中、遥はふと沸いた疑問をモーヴにぶつける。
「俺たち、普通に会話をしていますよね?」
「そうだね。それがどうかしたの?」
首を傾げるモーヴに遥が言う。
「魔力がある人は、その場に合わせて言語を操れるんですよね。なら、おかしいですよ。今は魔界に居るんだから、モーヴさんは魔界の言葉を話しているはずです。その言葉を俺が理解できる状況は変です。どういうことなんでしょうか?」
「ああ……たぶんそれは……」
モーヴは頬を搔きながら言った。
「非常に言いにくいんだけど……遥、君は今、魔術を使っている状態なんだよ」
「……ええっ!? 俺が魔術を!? 待ってください! 俺はただの人間ですよ!? 魔術なんて使えるわけがないです!」
「僕の魔力が移っちゃったんだよ。わずかな量だけど……その、キスをしたから」
「キス!?」
「そう。人間が魔力を持つ者とキスをするとね、微量だけどキスの相手の魔力を体内に吸収してしまうんだ。ごめん、説明するのが遅れてしまって……」
「いえ……便利で良いかなって思いますけど……モーヴさん、俺以外の人間にもキスしたことあるんですか?」
「ふふ。妬いた?」
「そんなんじゃ、ありません!」
ぷいと、そっぽを向く遥の頭をぽんぽんと撫でながら、モーヴは微笑みながら言った。
「初めてだよ。人間にキスをしたのは、遥が初めて」
「……っ」
「人間界では、初恋の人としかキスしないって決めていたんだ。だから、ある意味、遥は僕のファーストキスの相手なんだよ? ね、だから妬かないで?」
「だから、別に妬いているわけじゃ……」
「遥……」
「……ん」
二人がくちびるを合わせようとしたその時、ばん! と勢い良く寝室のドアが開いた。何事か、と遥とモーヴは顔を見合わせ身構える。
ドアを開けたのは、頭から足の先まで真っ黒な人物だった。肌の色は褐色で、伸びている爪はナイフのように鋭い。
「モーヴ様! お帰りなら、まずは報告をしていただかないと困ります!」
「え……その声は、クロさん!?」
遥は驚いた。今聞いているこの声は、間違いなく使い魔――クロの声だ。
クロだと思われる人物は、遥に向かって一礼した。
「遥様、先日はどうも」
「あ、いえ、こちらこそ……ひ、人の姿になれるんですね……」
「ええ、鳥の姿よりはこちらの方が便利ですので。私レベルの使い魔ともなると、これくらい容易いのですよ」
誇らしげにそう言った後、クロはモーヴのことを睨みつけた。
「報、連、相! 社会人の鉄則ですよ! それくらい守っていただかないと! 貴方は魔王なのですから!」
「はいはい。分かったよ……何の用? 僕、今、とっても忙しいんだけど」
「……ベッドでいちゃついているだけにしか見えませんが?」
「うるさいな」
「まぁ、良いでしょう。モーヴ様、貴方がこの世界を留守にしている間に溜まったお仕事がたくさんございます。今日は、それを処理していただきたく、こうして呼びに来たのですよ。しばらくは、遥様といちゃつくことは出来ないものと思って下さい」
クロの言葉に、モーヴは顔をしかめる。
「嫌だね! 僕は毎日、遥と愛し合うって決めてるんだ!」
「えっ!? ま、毎日!?」
「え? 嫌?」
嫌では無い。けれど、それでは恥ずかしさで心臓が爆発しそうだ。遥は苦笑しながらモーヴに言う。
「毎日するのはキスだけにしましょう……それより、お仕事、あるんですよね? 俺のことは構わずにそっちを優先して下さい」
「えーっ……」
「仕事を完璧にこなすモーヴさんは、きっと格好良いんだろうな……そんなモーヴさんのことを見たら、ますます好きになっちゃうかもな……」
「……よし、さっさと片付けよう。クロ! 僕は執務室に籠るから、邪魔はしないでくれたまえよ!」
「はい。どうぞごゆっくりと」
「遥、ゆっくりここで身体を休めてね? 何かあれば、すぐに僕を呼んでね?」
「はい、分かりました」
「では、行ってきます!」
勢い良くそう言うと、モーヴは寝室を飛び出して執務室の方に行ってしまった。クロは「フッ……」と鼻で笑いながら遥に言う。
「遥様、貴方はモーヴ様を扱うのがとてもお上手ですね。助かりました」
「いや、俺はそんな……」
「これからも、モーヴ様がお仕事いやいやモードに入った時は、たくさんおだててやって下さいね」
「クロさん……」
「フフッ。私の肩の荷が一つ下りました」
使い魔もいろいろな苦労があるんだな、と遥はクロの疲れ切った表情を見て思った。
それから数時間後、遥はクロに案内されて執務室を訪れた。その中では、ぶつぶつと独り言を呟くモーヴが、大量の書類に埋もれていた。彼はペンを素早く動かしながら「無理だ……締め切り……間に合わない……無理だ……」と言っている。
「あの、モーヴさん?」
「っ! 遥!」
モーヴは手にしていたペンを放り出して遥のもとに駆け寄った。そして、遥が手にしているトレイの上のものに視線を向ける。
「……コーヒー? それから、こっちのは何?」
「抹茶プリンです。厨房に行ったら、抹茶とかゼラチンとかがあったので……作ってみました。味の保証は出来ませんけど……」
作った抹茶プリンの上には、真っ白な生クリームが乗っている。クリームを作るために泡だて器でかき混ぜるのが一番苦労した。おかげで右手がとても痛い。
遥は、トレイごとコーヒーと抹茶プリンをモーヴに差し出した。
「お仕事、お疲れ様です。コーヒーで眠気を覚まして、甘い物で当分補給をして頑張って下さいね」
「遥……君って人は、どこまで優しいんだ……!」
遥に抱きつこうとするモーヴを、クロが長い腕で制止した。当然、モーヴは不満の声を上げる。
「何をするんだ、馬鹿鳥!」
「いいましたでしょう? いちゃつかれるのは、お仕事が終わってからですよ、と」
「けち!」
「ふん。何とでもおっしゃいませ。遥様にだらしのないところを見られて嫌われてしまえばよろしいかと」
「は、遥!? そ、それは困るよ!」
モーヴは慌ててトレイを受け取り、急いで自分の持ち場に戻った。
「遥、素敵な差し入れをありがとう! こんな仕事、すぐに終わらせてみせるからね! だから……」
「ふふ。大丈夫ですよ。嫌いになったりしませんから、休みながら頑張って下さいね」
微笑む遥を見て安心したのか、モーヴはほっと息を吐いた。その様子を見て、遥は心の中でくすくすと笑う。楽しくて、仕方が無かった。こんな夢のような時間が、毎日続いていくのだと思うと、幸せだ。幸せでたまらない――。
――モーヴさん、頑張って下さい。応援していますから。
遥はあたたかく満たされた心の中で、そうモーヴにエールを送った。
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