異世界RTA

吾音

第1話 前人未踏(だった)世界記録

 週に一回のメールボックス確認をしていると、俺のPCに一通のメールが届いていた。今時PCにメールを送ってくるなんざ、詐欺メールか、登録したことも忘れたサイトからの定期メールくらいだが、俺は敢えてネット上での知り合いとはPCメールを使うことにしている。


 いつも通りロクなメールが無い事をスクロールしながら確認していると、ひとつの送信元名が目についた。送信者は「Soku」。コイツは俺がネット上での活動を初めて直ぐにできた知り合いだ。学生時代にはいろいろな所でコイツと覇を競ったものだ……と、過去の記憶に耽ろうとしていたが、タイトルが俺を正気に戻してくれた。


 大体知り合い同士のメールではタイトルを付けないことが多い。むしろ"無題"であることが、知り合いからのメールだと気付き安くしてくれているフシまである。ところが、そのメールのタイトルには、【世界記録更新】とだけ記載されていた。


 そのタイトルの意味に気付いた俺は、すぐさまメールを開いて中身を確認した。迷惑メールであれば確実に引っかかっているが、送信者を確認したので問題ない。その内容は実に簡潔なものだった。


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 親愛なるShunへ

 既に聞き及んでいるかもしれないが、つい先日、RSのRTA記録が破られたそうだ。まさかあんなモノを俺たち以外に真剣に走る奴がいるとは思ってもみなかったな。これで俺たちも晴れて過去の人になったぞ。一応添付に動画のURLを貼っている。まさかお前以上の豪運の持ち主がいるとはな。

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 俄かには信じ難かった俺は、さっそく動画を再生し、内容を確認した。実に懐かしく、未だに大半の内容を覚えているゲーム画面が映し出されており、タイトルには『RS RTA世界記録更新 2:30:43』となっている。急いでPCの動画リストを確認し、自分のRTA動画の記録を確認すると、2:30:55となっていた。確かに自分の記録よりも12秒短縮されており、レギュレーションも問題ない。完全に記録を更新されていた。


 俺は落胆というよりも、むしろ驚愕していた。RSこと、Road to Story は、俺が生まれる前に発売された、いわゆるレトロゲーと呼ばれるRPGだ。

 挑戦的なフリーシナリオシステムに、自由度の高いパーティ編成、豊富過ぎるサブクエスト。それまでのRPGの概念を覆す、革命的なソフトであったが――


 挑戦的なアイデアには、それを実現する優れた技術が必要だ。RSの前例にないシステムには、大小多様なバグが溢れ、自由度の高いパーティは、致命的なバランス崩壊を起こし、豊富過ぎるサブクエストは、フラグ管理を極めて複雑にし、完走する方法が誰にも分からない幾つものクエストが残った。


 そう、RSはお世辞にも完成しているとはいえない、製品ギリギリのクソゲーなのだ。一応クリア自体は可能であったが、現代であれば炎上待ったなしだろう。

 しかしながら、豊富なバグはプレイヤーに有利なものもあり、発売当時、一部界隈で早解き、今でいうRTAのようなものが流行ったらしい。


 俺がRSを知ったのは、実に単純な理由で、自宅の倉庫にソフトがあったのだ。小学生の時にソフトを発見した時に、ゲームの内容を父親に尋ね、先ほどの知識を得たというわけだ。

 初めてRSをプレイした時、それまでクリアできるように作られたゲームしかプレイしてこなかった俺は衝撃を受けた。

 ・導入も無くフィールドに放り出される主人公

 ・フィールドを彷徨っていると、ザコキャラに即死させられてゲームオーバー。

 ・近くの町に入ろうとすると、見張りに捕まってゲームオーバー

 ・町に入っても、家が全部同じ造りで店が分からず、誤って民家に入ると捕まってゲームオーバー


 プレイして30分でこれだけの事を経験した。だが、それらはバグではなかった。レトロゲーに導入が無いのは珍しくなく、説明書にストーリーに書かれていることが多いらしい。フィールドは、とにかく北に進めばレベル相応のザコが出てくるため、南に動かなければ問題ない。町に入る前に、少し離れたところでケガをしている町人を助ければ、見張りに捕まることは無い。店は何度も死んで覚えれば良い。


 そう、不親切なだけでクリアできないことは無いのだ。俺は様々な理不尽やバグと戦いながら、少しずつ少しずつ進めていき、ついにクリアまで漕ぎつけたのだった。


 大学生になった時、RSを生放送で走っているRTA動画を見つけ、俺は夢中になって動画を見た。その内容は俺にとって衝撃的だった。

 ・スタート地点からいきなり南下し、強力なザコからはひたすら逃げ続ける

 ・町には入らず、拾い物だけで進んでいく

 ・クリアに必要最低限なイベントのみをこなしていく


 それらの動きがチャート付きで細やかに説明されていた。しかしながら、それはあくまで全て上手くいった場合のチャートであり、南下して逃げミスして即死、操作ミスで町で逮捕されて終了、肝心なところで攻撃を外すなど、チャート通りにいかないことの方が多く、これ程のチャートを作れる人間にも、クリアは容易ではなかった。


 数十回のリトライののち、RSはついにクリアされた。そのタイムは3時間を超えていたが、当時としては世界記録に肉薄する記録であった。

 俺は居ても立っても居られず、配信者にチャートを貰えないかコンタクトを取った。それがSokuとの出会いだった。


 それから俺たちは互いのRSに関する情報を交換し、チャートを練り上げ、気の遠くなるほどのリトライののち、前人未踏の3時間切りを成し遂げ、挑戦者が余りにも少なかったこともあり、堂々世界記録保持者となったのであった。

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異世界RTA 吾音 @Naruvier

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