第47話

「はい、アーク〜。アーンですよ♪」

「あぅ……」

「よちよち、良く出来ました♪」


 赤子になった我は現在──


 満面の笑みを浮かべるから離乳食を与えられておる。


 実は我とマリアの2



 マリアが言った最後のお願いとは──


『残り少ない命をアーク様と2人きりで過ごしたいのです』


 ──だった。


 このお願いに父上と母上は了承し、必要な物を運んだ後は普通の親子のような生活をしておる。



 まさか二度目の赤ちゃんプレイとやらをする事になるとは……。


 そんな事を思っていると──


「アーク、抱っこしますよ♪」


 マリアは我を持ち上げて子守唄を歌い始める。



 我は考える。


 最後のお願いが何故我と過ごす事なのか──


 マリアは我の乳母だ。しかし、あの頃のマリアは『アーク様』と我を呼んでいた。


 しかし、今は呼び捨てにしている。



 我の予想だが──


 マリアはに憧れがあるのかもしれぬ。


 マリアの過去は暗殺者として育てられ、暗殺者として生きた。その後は祖父に拾われてメイドとなっておる。


 当然ながら結婚もしておらぬから子供もおらぬ。


 今回、我が赤子になった事により、普通の生活を送ってみたくなったのでは? と推測する。



「ゴホッ…ゴホッ……」


 マリアは我をベットに戻すと咳込みながら血を吐く──


 マリアの命は残り4日と少し──


 我の推測通りであるなら──せめて、人並みの人生を少しでも体験させてやりたい。


 我は回復魔術を使ってマリアの症状を緩和する──


 今の我に出来る事は苦しみを少し和らげてやる事ぐらいだ。


「体が楽に……なった? まさかアークが? やっぱり赤ちゃんでもアーク様はアーク様なのですね……きっと中身は赤ちゃんじゃないのかもしれませんね」


「あぅ」


 言葉に出せぬのは辛いな……魔力も回復魔術で直ぐに尽きる。


「私が死ぬまでは──御無礼をお許し下さい……」

「あぅ!」

「……私の独り言になりますが、少し話を聞いて頂けますか?」

「あぅ!」


 それぐらい構わぬ。話ぐらい、とことん付き合おう。



 マリアは我を見つめながら話しかける──


「アーク様……私はこの人生で好きな殿方は出来ませんでした。唯一、私を拾って頂いたジュダ様は私より強く──私の憧れでした。今ではこの気持ちが好きという気持ちだったのかどうかはわかりません。ですが、アーク様の成長したお姿はジュダ様そっくりで昔を少し思い出しました。そして、アーク様が赤ちゃんに戻って──私は思いました。もし、ジュダ様にお情けを頂けていたなら──アーク様のような子が出来たかもしれない──そんな普通の生活が少しでも体験出来るかも知れないと……そう思いました……。私にとってこれは夢だったんです……もう少しだけ付き合って下さいね? こんなお婆ちゃんは嫌かもしれませんが……」


 やはり、推測通りか……。


 我はマリアの命が尽きるまで親子でいようと決心する。


「あぅッ!!!」


 我は当然だと返事をする。

 言葉は伝わらぬがマリアの顔を見るに察してくれておるだろう。


「ありがとうございます……だから──目一杯、自分の子供のように接しますからね? 呼び捨ては勘弁して下さいね?」


 微笑みながらマリアは再度、我を抱っこする。


 そして、顔を擦り付けたり、高い高いしたりして、戯れる。


 マリアは本当に嬉しそうな顔をしていた。


 ちなみに我は、体の辛さをなんとかする為にシロ丸を呼び出し、マリアの体内で痛みを緩和するように命令をした。


 するとマリアから辛そうな表情をする頻度が減った。




 その日から──


 我とマリアの共同生活が始まった。



 ◇◇◇



 次の日──


 我は少し成長していた。


 話す事は出来ぬが、どうやら副作用は時間の経過と比例して少しずつ戻るようだ。


 ちなみに血十字軍ブラッドクルセイダーズは古屋の周りで警護をしてくれている。何かあっても守ってくれるであろう。


 ジョイ以外は騒がしい連中だが、今だけは念話も使わずにそっとしてくれている。空気は読めるようだ。



 まぁ、こちらの生活ではマリアが変わらず、我をでる事に全力投球だがな……。


 寝る時はもちろん、起きる時は額にキスをしてくる。そしてやたらと抱きしめてきてくれる。


 まるで、離れなくない──そう思っているかのように。


 そして、シロ丸だけでは辛さを緩和するのが困難になってきた……辛そうにする間隔が短くなってきている。


 我も魔力が回復するとマリアに回復魔術で痛みを和らげるようにしておる。


 残りは4日──



 ◇◇◇



 3日経つと我は3歳相当に成長する。


 マリアは体が辛いはずなのに、我にずっと笑顔を向けてくれる。


「マリ…ア……」


 少し話せるようになった我は恥ずかしいが、マリアにたどたどしい言葉で話しかける。


「アーク!? 言葉が話せるようになっているじゃないですかッ! 今日はお祝いですよ〜♪ お母さんが美味しいご飯を作りますね♪ ここまで大きくなったら普通のご飯も食べれますよね!」


 その日、マリアは故郷の料理である煮込み料理を作った。


 それを「美味しいッ!」と言いながら我は食べた。



 だが──


 元気だったのはその日までだった──


 次の日からは立てなくなり、寝たきりになる。


 我はマリアの為に食べやすい物を作り、回復魔術を使いながら看病するようになる。


 スプーンにスープをすくってマリアの口元に運ぶとマリアが話しかけてくる。


「こうやって看病してもらえるのも嬉しいものですね……」


 マリアは元気そうに振る舞うが、声はとても弱々しい……。


「無理しなくて良い」


 食事も喉を通らない……食べる事すら出来なくなっている。


 こんな時に気の利いた言葉をかければ良いのだが、何と声をかければ良いのかわからぬ……。


「すいません……ご迷惑をおかけします」

「気にするな」

「アーク様……もう2人の時間は十分堪能出来ました。私のお世話などしなくていいですよ……アーク様は貴族なのですから……」


 本来、貴族の我が料理をするなどあり得ない光景だ。そんな事をさせる事に躊躇いがあるのかもしれぬ。


「気にするなと言ったぞ? ──今の我らはだ。そもそも我は菓子も作ったりしておったのだ。料理ぐらいはなんて事はない。我は育ててくれたマリアに恩返しがしたいのだ」


 その言葉にマリアは精一杯の笑みを浮かべる。


 体中が痛いであろう……辛いであろう……。


 我には痛みを和らげるか、こんな言葉しかかけてやれぬ。


 せめて、鎮痛薬ぐらい作っておけば良かった……そうすれば苦しさを緩和出来ただろうに……。




 この時からマリアは現実に引き戻されたのか──


 我の事をアークと呼ぶようになった。



 その日はマリアの側でずっと昔話をしたり、最近の出来事を話し続けた──


 マリアは頷きながら、たまに微笑んでくれた。


 話が終わり、寝ようとマリアから離れると──


「アーク様……今日は一緒に寝てくれませんか?」


 そう言われので我は了承し、その日の夜は2人で寝る事になった。


 夜中にマリアのすすり泣く声が聞こえてきた……。


 我は離れずにずっと抱きしめる事しか出来なかった。




 5日目の朝──


 起き上がってマリアを見ると、正気のない顔で天井を見つめていた。


 見る人が見れば死期が近いのがわかるだろう。



 我はマリアの頭を優しく撫でる──


「マリアよ……寝れなかったのか?」

「そうですね……色々と思い出したりして寝れませんでした……アーク様……最後にお願いを聞いてもらえますか?」

「構わぬ。遠慮なく言え」


 マリアはベットから起き上がろうとしたので、そっと手を差し伸べて介助する。


 そして──


「昨晩のように──抱きしめてくれませんか?」


 そう言う。


 我は小さな体で精一杯の力でマリアを抱きしめる──


 マリアも我を抱きしめ返すが、腕に力は入っていない。


「……また痛みも和らげてくれたのですね……ありがとうございます」


「こんな事しか出来ぬからな……」


 抱きしめたまま、顔を上げてマリアを見詰めると目が合う──


「ふふふ……良いんですよ。短い間でしたが、私なりに母親になれた気がしました……ありがとうございます」


「──元々、生まれてからはほとんどマリアが育ててくれていたからな。もう1人の母親と言っても構わぬだろう」


「そうでしたね……そう思って頂けているなら満足して死ねます。きっと、私は地獄に落ちるでしょう……人を殺しすぎました。その前に幸せな日々をありがとうございました……何回もすいませんが、まだお願いがまだあるんです……」


 マリアはもうすぐ死ぬ──そう思うと胸が締め付けられる。


 これが失う恐怖か……だが、今はマリアの事だけしか考えてはならぬ。



「言え、我が叶えよう」


「──もう一度、と呼んでも構いませんか?」


「それぐらい構わぬ」



「アーク……」



「何だ?」



「アーク……『お母さん』と呼んで?」


 そういえば、マリアとばかり呼んでいたな……恥ずかしいがマリアの願いだ。


「……お母さん」


 恥ずかしそうに頭をきながら言う──



「うふふ……次は『母さん』って呼んで?」



「……母さん」



「次は……『母上』と……」



「……母上」



「次は『ママ』ね」



「……それはさすがに……恥ずかしい……」



「ふふふ……ならもう一度、母さんでいいわ」



「母さん」


「もう一度……」


「母さん」


「もう…一度……」


「母さん」


 それからしばらく、お互いに存在を確かめ合うように呼び合う──



「アーク……」


「……母、さん……」


 気が付けば──既に我の頬は濡れていた。声も震えていた。



「アーク……濡れてるわよ?」



「……泣いて…おらぬ……」



「ふふふ」



「これは汗だ……母さんこそ──涙が出てるぞ?」


 母さんも我が呼びかける度に涙を流していた。



「うふふ……そうね……別れるのが寂しいわ……」



「我も別れは寂しい……」



「アーク」



「どうした? 母さん?」



「最後に私が朝晩してたようにキスをして? おやすみのキスを……そしてギュッ、と私がまで抱きしめて?」



「……わかった……」



 我は額にキスをしてギュッ、と抱きしめる──


 ポタポタと我の涙は母さんの体に伝う……。



 ダメだ……涙が止まらぬ……。



「アーク……ありがとう……また会いましょうね? ずっと見守っていますからね?」


 もう1人の母さんは、その言葉を最後に脱力して我に体重を預ける。



 それから母さんの目は二度と開かなかった──



「……こちらこそ…ありがとう……母さん……」



 我は優しく母さんを抱き抱えながら、小屋の外に出る──



 すると、屋敷の者達全員が整列していた。


 おそらく血十字軍ブラッドクルセイダーズが集めてくれたのだろう……。



「……アーク……マリアは……」


 父上が代表で我に聞いてくる。


「はい……逝きました……」


 皆が、我の言葉に嗚咽を堪えて泣き出す。


 メイド長として慕われていたのがよくわかる。



「幸せそうな……顔だな……そういえば、マリアはお前の乳母だったな……」


 抱き抱えている母さんを見ながら父上も涙を流す。父上も幼い頃から一緒にいたはずだ。悲しいだろう……。


「はい……私のもう1人の母親です……」


「そうだな……お前の子守りを任せっきりだったからな……。……さぁ、弔おう……」


「……ええ、道化に死体を使われたくないので火葬します」


 父上は我の言葉に頷く。


 せめて、今の我に魔力さえあれば──


 血十字軍ブラッドクルセイダーズのように眷属として我と共に生き長えられたのだがな……。


 それを本人が望んだかはわからぬが──


 母さんを失いたくない我は魔力があればきっと眷属にしていたであろう。



 心に穴が空いたような感じだ……。


 初めて──


 この世界で身近な者を死なせてしまった……。


 我に力が足りなくてすまぬ──




 母さんを小屋のベットに戻し──


 今、行える最大の火魔術を使って小屋ごと燃やしていく──


 しばらくすると火は小屋全体を覆う。


 赤い火花が空に舞うとマリアの顔が目に浮かぶ──




 また、いつか──


 今度は本当の家族として会えると良いな──



 涙が溢れないように上を向いて、精一杯の笑みを浮かべる──

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