第4話

 ミラちゃんに仮面を外されて屋敷を飛び出します。


 私には『疾走』スキルがあります。並大抵の者では追っては来れません。


 今は1人になりたい──


 そう思いながら全力で走ります。


 しばらくすると人気の無い広場に到着し、丁度いい大きさの石の上に腰を下ろします。


「ミラちゃんとせっかく仲良くなれたと思ったのにな……私の顔見て怖がってるだろうな……」


 本当に久しぶりだった……両親以外とまともに会話をするのが……。


 楽しかったなぁ……。


 怪我をする前はそれが当たり前だったのになぁ……。


「ひっく……ひっく……どうしてこんな事になったんだろ……」


 これからもこんな事が続くのかな?


 今は亡きお母様は──


『嫌な事があったら、次には良い事が必ず起こるから』


 ──って、いつもよく言っていた……。


 でも、いくら待っても良い事なんて来ないよぉ……。


 いつまで待てば良い事が来るの?


 悪い事ばっかりだよぉ……。



 ……死にたい……死にたいよぉ……楽になりたいよぉ……。


 ふと前を見るとお母様の命を奪い、私の顔に傷をつけた忌々しい魔物──


 ブラッディベアがいました。



 これで楽になれる──



「最後ぐらい楽に逝かせてよね……」


 私は目を瞑ります。


「あぁ、神様──私はあなたを恨みます」


「──中々良い言葉だ。それは本心か?」


 ──!? いるはずのない人の声──


 アーク様の声が聞こえてきました。


「そうよ──神様なんてクソ喰らえよッ!」


「ふむ、ならば我と気が合うな──ソアラ・スカーレットよ」


 こいつは何を言ってるいるの? 状況がわかってるの?


「早く逃げなさいッ! いかに強いと言われているアーク様であっても討伐ランクAの魔物には勝てません。さっさとお逃げなさい」


 兵士の中隊でも手こずる魔物です。どうせ勝てません。私はあの時、たまたま助かっただけ……。


「断る。この程度なら逃げる必要もあるまい」


「なにを──!?」


 アーク様の姿が一瞬ブレると──


「──ほら、終わったであろう?」


 ──そう口元を吊り上げていました。

 ブラッディベアの方を見ると、首がねられ血が噴き出しています。


「う、そ……」


「それより──我はソアラ、お前が気に入ったぞ。我が妻とならんか?」


「──嫌よ」



 ◆



 しまった……魔王口調で話してしもうた……。


 もう少しスマートにプロポーズする予定だったのだが失敗してもうた……。


 しかも断られてしまうとは……。


 我、撃沈。


 しかし、おかしい……以前、ネット検索した結果ではこういう危機的な状況を恋愛感情と勘違いさせる『吊り橋効果』というのを期待したのだがな……。


 所詮は異世界の知識という事か……今度からは過信せずに行こうと思う。


 そもそも吊り橋なんぞ怖くもなんともないしな。


 しかし、ソアラは妻にはなってくれんのか……。


「ねぇ、さっきの話し方が普通なの?」


「そうであるな……普段は気をつけておる……」


「私は嫌いじゃないわ」


「そうであるか……なら我が妻に──「それはダメ」──であるか……」


「おかしな人……こんな醜い女より、もっと貴方には相応しい人がたくさんいるわよ」


「おらんよ。こうやって普通に話してくれる者などおらぬ……」


 我って呪われておるし……。


「そう? なら──学園生活中にもし誰も見つからなかったら奥さんになってあげるわ」


「まことであるか!? 約束だぞ!? 気が変わったらいつでも婚約してくれても構わぬぞ!?」


 我、言質取ったりッ! 妻確保であるッ!


 あぁ、涙が出そうだッ!


「ふふっ、本当、おかしな人ね……」


「ソアラ嬢──いや、ソアラは良い笑顔であるな。我は好きだぞ? 周りを明るくしてくれる──そんな笑顔である!」


 それに声が透き通っておるな。聞いていて飽きない。


「ありがと……お世辞でもそう言ってもらえたら嬉しいわ」


「お世辞ではない。貴族という人種とその周りは作り笑いばかりで好かん。同情とかいらん」


 それに我は前世でたくさんの人を見てきたからな。それなりに本質を見抜くのは得意なのである。……まぁ、気軽に話せんから人の観察しか出来なかっただけであるが……。


「あー、それは同感かな。うんざりよ」


「我ら似ておるな」


「そうね」


 我とソアラは見つめ合い──


「ふふふっ」

「はははっ」


 同時に笑い出す──


 久方ぶりに笑った気がする。


「そうだ。これ──プレゼントだ。帰ってから開けると良い」


「ありがとう……嬉しい……」

「そう、であるか……」


 例え醜い顔であっても人の根っこの部分はそう簡単には変わらぬ──と思っておる。この本当に嬉しそうな顔がその証拠であろう。


 婚約破棄した王太子は見る目がないな。



 我も喜んで貰えて嬉しいのである。


 なんか胸がむず痒いのである。


 ──これが恋という奴なのかもしれん。


 前世と合わせて初めて恋をするか……それもまた良かろう。


 ソアラをこんな目に合わせた神々はいつかお仕置きせねばなるまい。


 しかし、それにはまだまだ力が足りぬ。今日もで魔力を根こそぎ持っていかれておるからな……。


「帰ったらミラちゃんに謝らないと……」

「ミラには我がしっかり言いつけておく。それにミラはソアラの容姿の事は何も触れておらん。ただ心配をしていただけだ。謝る必要などない」


「そう、なら心配かけてごめんなさいはしないとね?」

「そうであるな。それが良かろう」


「なんかアークって偉そうね?」

「我は元魔王であるからな」

「ふふ、何よそれ」


 我らはゆっくり歩きながら雑談して屋敷に戻る──



 そして、帰った後は3人仲良くプリンを食べたのである。

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