第2話「ケーキ屋のプリン美味しいよね←わかる」(2)

「ふむふむ、なるほどね。まりちゃん。まりちゃんは幼馴染。ふむふむ」


 と、ようやくさんは僕たちのことを理解したらしく何度か頷き、僕を見てにやりと笑う。しかし僕には何も言わずカウンターから出て「まりちゃん、私のことは気軽にって呼んで頂戴ね」と微笑みながら挨拶し、まりが噴き出してしまった水の代わりを届けていた。

 おっと、それは僕の仕事なのに。

 なんて思っていると、さんが何やら僕には聞こえないようにまりに耳打ちをしていた。


 …………。

 え、いきなり何……怖い。

 僕に聞こえないよう、一体何の話を……。

 様子を見ていると、まりがやたらあたふたしているくらいでどんな会話をしているのか全く想像がつかないのだけど……。


 さすがに聞き耳を立てるのはダメだろうし、何の話ですかと横槍を入れるのも野暮だろうし。

 それと、さんが僕の方をちらちら見ては何度もウインクしてくるのがめちゃくちゃ気になる……。


「ということだから♪」

「はぅ……あ、ありがとうございます……!」


 まりが何故かさんにお礼を言っていた。

 そこだけははっきりと聞こえたけど──一体なんの話でまりはお礼することになったんだ⁉

 以前から店員と客ということで面識はあれど、ほぼ初対面みたいなものなのに⁉

 テーブルを綺麗にしたお礼か⁉ それとも水を持って行ったことか⁉ それなら僕がやってまりに僕がお礼をしてもらいたかったな⁉

 違うだろうけど。


「へっへっへ。まりちゃん可愛いから友達になってきたぜ。LINEも交換したぜ」


 カウンターの中に戻ってきたさんが嬉しそうに、そう僕に告げた。

 本当にここ、メイド喫茶みたいだな……。自由な職場だ。

 普通は店員と客の立場が逆だろうけど。


「なんの話してたんですか?」


 気になるし、話の流れとしても問題なさそうだったので聞いてみる。


「私が胸元を何故開けてるかの話だよ♪」

「たしかに説明してあげた方がいい話ですね‼」


 いやでも、まりはそれを聞いてありがたかったのかな……?

 絶対違うと思うけど……。


「うそうそ。でも説明しとこうかな♪ まりちゃん、ということで私の胸たくさん見て?」

「なんでですか⁉」


 まりが急に(しかも雑に)さんから話を振られて引き気味に驚いていた。


「いやぁ胸大きいとさ、どうしても視線感じるでしょ? 隠してても隠してなくても。もうそれなら逆に1回見といてもらおうと。こういうのって1回見たら満足しちゃうもんなんだよね。あぁ、あの子の胸1回見たわって。もうええわって。まりちゃんも大きいし、そういうのわからない?」

「ぜ、全然わかりませんが⁉」


 言ってまりは恥ずかしそうに両手で胸を隠す。

 そうなのだ。

 幼馴染ということもあり、ずっと見てきた(語弊があるけどずっと一緒にいたという意味だよ。ずっとまりの胸を見てきたとかそういう変態みたいな話ではないです)ので特別に感じたことはないけど、まりも視線を集める方に属するだろう。


 幼馴染ゆえ、言及するのも変なのでこれは言及を避けていたが。

 そういう意味ではなるほど──さんの言う1回見たら満足するだろ理論はわからなくもなかった。いやまあ、僕がまりの裸を見たのは8歳くらいの時に遡るけど(当たり前だがその時は小さかった)。

 それに、さんの胸も実際見慣れてしまっているし(再度語弊があるけど見てはない)、さん理論は正しいのかもしれない。


「というわけで、ほら、触って! 柔らかいよ、ぷにぷにだよ。触るとサービスするよ?」

「めちゃくちゃ怖いんですがーっ⁉ 触るとサービス料とか取るタイプのお店⁉」


 女子同士がイチャイチャしていた。

 今まで知らなかったけどさん、女の子にセクハラをするタイプの人間だったようだ。


「ふふ、私はおっぱいを触ってなんて一言も言ってないよ。ほら、私の眼球触って」

「猟奇的ーっ⁉ もっと怖いんですが⁉」

「おっきくて柔らかいよ? さあ両手で揉み揉みと」

「おっぱいみたいに言わないで欲しいんですがっ⁉」


 そこまでやってさんは満足したらしく「あはは!」と快活に笑った。


まりちゃん、なんでもツッコんでくれて面白いー! 私、めちゃくちゃ気にいっちゃった」

「う……!」


 さん、人を揶揄うの好きだからなぁ。

 まりまりでよくツッコんでくれるからなぁ。僕もまりがツッコんでくれることを期待している節はある。


 なんて。

 くだらないやり取りをしている間に注文のオムライスが出来上がったようだった。

 マスターから完成の声が掛る。

 さすがに職務放棄がすぎている気がするので僕は意味もなく全力でまりにオムライスを配膳した。営業スマイルもばっちり決めて「どうぞごゆっくり」と丁重にもてなす。

 言われるまでもなくごゆっくりはしていただろうけど。


「な、なんだか食べにくくなったじゃない……。いただきます」


 そう言って、まりもご丁寧にちゃんと両手を合わせてからオムライスを口にした。

 うん、これこれ! と言わんばかりの幸せそうな食べっぷりのまり


「なるほど。これはたしかに近くで眺めていたくなる食べっぷりだ!」


 さんがまりを見て、興奮気味に声を弾ませた。


「でしょ?」


 と、僕は感慨深げに首肯する。本当にいつ見てもいい眺めなのだ。

 まりはというと。

 また恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。

 それでもオムライスを幸せそうに頬張っている。

 さんじゃないけど、たしかにサービスをあげたくなる食べっぷりだよな。次回ご来店時もこの幸せそうな顔が近くで見られるならデザートくらいサービスしようと僕は思うのだった。

 勿論、自腹で。

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