群青の修羅

ジャージー・デビル

プロローグ 虎と鬼

 ある日、角をもがれた鬼が家に来た。

群青学園の入学を控えた春先の事だった。


「お前に国を取って欲しい」


 鬼は人間の男だった。名前は戌爪リュカ。身長は俺を優に超えて190センチ前後。左目の上から頭のてっぺんにかけて大きな切り傷があり、さながら角を捥がれたような印象を与えている。衣服もカグツチでは過去の物となって久しい着流しで雰囲気も合わさり、ふと妖怪が人の世に現れたかのような立ち姿でこの世ならざる者としての拍車をかけていた。

 また腰には鎖が繋がれた刃物が据えられており、背中には大柄な彼の身長を超すほどの大太刀が担がれていた。

 だが目だ、真っ先に頭をよぎるのは彼の深淵とも虚無とも言えない、「何故かここにいる」としか形容できない無関心。

 あの目が、酷く目を引いた。

 何を言ったのかは忘れたが、その手を取った事は覚えている。


「こっちにも色々あるがぁ、ありていに言えばやらにゃあならねぇからだ」


 どうしてやるのか、と訊いたらかえって来たのがこれだ。

やる気があるのかないのか、本当によくわからない。今まで彼のように近づいてきた人間はいくらでも来たが、その全員は金を目的とした詐欺師だ。彼らと目の前の鬼となんの違いがあるのか。

 分からないが、それはどうでもよかったと思う。


「誘っておいて言うのもあれだがよぉ、こんな簡単に命かけてよかったのか。目指す物を考えればまず命はねぇぞ」


「……世界は何で出来ていると思う」


「あ?」

 

 訊かれた事を無視して質問を投げると初めて鬼の目に色が宿った。


「俺はな、俺がどう見るかだと思っている」


「……」


鬼は黙って聞いた。


「怒っている時はいつも気にも留めない子供の笑い声もいらだちを生むし、悲しい時は……世界の全てが敵に見える。俺を訪ねてきたって事は知っていると思うが、俺は後ろ指を指されて生きてきた。『あいつら』がやった事の影が俺を覆うっているんだ。俺を見るやつの眼に映るのは俺じゃない、いつか聞いた『あいつら』の子孫だ」


 口を回すと同時に記憶が頭を駆け巡り、怒りがこみあげてくる。


「ムカつくんだよ!!俺を見ない連中も、眼にも入らない自分も!!……俺は何かの一人じゃないただの一人の人間だ、俺の顔見て話す時は俺を見ろよ。どうせこっから先どれだけ動こうがほとんど負け犬の人生だ。『俺』が残るためなら国の一つや二つ分捕ってやる」


 短い演説を終えると鬼の瞳の色が消え、代わりに測ってやるという意識が宿る。


「それで、お前はなんて覚えて貰おうってんだ」


「虎崎シュウ、カグツチから白虎を奪う男だ」


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