幸せだった?

紗久間 馨

シロ

 夏が始まる少し前のことだった。ご近所さんが保護犬の新しい飼い主を探していた。ずっとは置いておけないが、なかなか引き取ってくれる人が見つからないという。

「山へ向かう道の廃墟に繋がれて捨てられていた」

 そう聞いた。一歳くらいのオスで、白い中型犬らしい。

 家族で話し合った結果、その犬を引き取ることにした。過去に犬を飼った経験があったし、また犬と暮らしたいと思っていた。


 対面の日、その犬はほっそりした姿で尻尾を元気よくブンブンと振っていた。保護したばかりの時はガリガリに痩せていたそうだ。捨てられてしまったというのに、最初から人懐っこい性格だったという。色は白というより白っぽい茶色だ。写真では白に見えるほど白に近い。シュッとした顔の雑種で、優しい目をしていた。


 必要な物を準備する、動物病院に連れて行く、役所で登録をする・・・・・・。迎えることになってから落ち着くまで、少し時間がかかった。

 

 名前は「シロ」に決まった。家族会議で仮に呼んでいたのを採用した。白いからシロ。安直ではあるが、その名が合っていると思った。

 

 注射をする時は驚くほどにおとなしかった。

「おとなしいねー。いい子だねー」

 と、獣医さんにいつも褒められたものだ。歳をとっても変わらず、嫌がったりしなかった。


 散歩に行こうとリードを付ける時は大変だった。興奮して体当たりを繰り返す。力が強くてなかなか付けられなかった。

 散歩のコースはいつも同じだ。田舎のため車通りも人通りも少なく、安心して散歩することができた。それでも、リードは短めに持ってシロに横を歩かせた。シロは走りたがったが、しつけのためだ。


 出発するとすぐ、自宅にある家庭菜園の端でシロは草を食べる。名前のわからない細長い草だ。いつもそこで食べるので、丁寧に手入れをした。枯れないように、虫がつかないように。シロがいなければ雑草の世話なんてすることはなかっただろう。


 人懐っこくて誰にでも尻尾を振り、撫でさせてくれた。番犬にはならないタイプだ。家族なのだから、それでいい。


 ビスケットよりもジャーキーが好きだった。できるだけ無添加のものを選んで買った。ジャーキーを手に持つと、お座りの姿勢になって待っていた。「よし」の合図と同時に、ものすごい勢いで食いつく。

 それくらい好きだったジャーキーも、老いると食べることができなくなった。代わりに缶詰を与えると喜んで食べた。


 家族になってから十二年が過ぎた冬、シロは天国に旅立った。迎えた時には一歳くらいだったので、十三歳にはなっていただろう。大きな病気や怪我をすることはなかったし、健康的に歳をとれたのだと思う。


 シロの遺骨は家庭菜園の端に埋めた。好きだった草の下に。その周りには白い菊を植えた。毎年、菊は花を咲かせる。シロの命が続いているような、シロがまだそこにいるような気がする。


 とても可愛くて、いい子だった。シロと暮らせて幸せだった。シロはどうだっただろうか。

 捨てられて、保護されて、我が家の家族になった。幸せにしたいと思いながら、ともに暮らしてきた。


「シロ、うちに来て幸せだった?」

 別れから数年が経った今も、そう問いかけている。答えなんてわかるわけもないのに。

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