そして、曲がり角にて。
おくとりょう
悲しき運命
我らのヒロインの朝は早い。
……わけではない。むしろ、遅い。我が家で一番早く起きるのは彼女の母親だ。
朝一番に起きた彼女はすぐに雨戸を開けて回る。母親が固く冷たい雨戸が開けば、柔らかな陽射しが家中に差し込み、静かに眠っていた家も仔犬のように目を覚ます。居間からはテレビやラジオが唄う声が響き出し、台所では愉しげに火や水が舞い踊る。そうやって温かい熱が広まっていき、他の家族たちも目を覚ます。
ただひとり、我らがヒロインだけを残して。彼女は未だ夢の中。窓の側のベッドの上。
降り注ぐ陽射しは繭のように彼女を包む。幸せそうに微笑む寝顔。白い頬を紅くして。……あぁ。私の知らない素敵な男の腕にでも抱かれているのか。
……あぁ、どうして。
どうして、私を見てくれないのか。こんなにも私の愛はこれほどまでに熱いのに。こんなにも貴女のことを待ちわびているというのに……。
熱い愛は溶けて沁みゆき、火照る我が身が黒く焦げつく。粉を身にして、貴女に尽くす。貴女とひとつになりたくて……。
なのに、どうして。……どうして貴女はいつも
チーンっ!
私の想いが弾けるように、音が響いた。熱い心は溶けきって、甘い香りが部屋に満ちる。すべてはあの子の幸せのために。
だけど、彼女はまだ現れない。私の熱も永遠ではないというのに……。
「……ったく、あの子ったら
いつまで寝てるつもりなのかしら」
彼女の母が呟いた。あぁ、貴女がヒロインであるならば、私がこんなに待つことも、冷えて冷たくなることもなかったのだろう。そっくりな横顔を見てそう思う。
それでも、私のヒロインはあの子なのだ。
この熱は彼女のもので、我が身はすべて彼女のもの。私のすべては彼女のために。
そのとき。叫ぶ彼女が部屋に飛び込んできた。
「ぎゃあぁあぁあぁぁ……!
寝坊したーっ!!何で起こしてくれないの?!?!?!」
満を持して、寝癖頭のヒロイン登場。
「何度も声かけたでしょ……もう。
朝ごはんは食べないの?」
呆れ顔の母を尻目にドタバタと家中を走り回る彼女。そして、机の上の冷めたコーヒーをぐっと煽ると、側の私を乱暴に掴んだ。
「ごめん!時間ないから、もう行くね!」
ピョコンと跳ねた寝癖はそのまま、彼女は家を飛び出した。透き通るような青空の下、私は彼女とともに風を切る。
そうして、勢いよく角を曲がったときだった。
「うわあぁあぁぁぁ!!!」
二つの悲鳴が重なった。磁石みたいに弾けた二人は、勢いそのまま尻餅をつく。かたや、我らのお寝坊ヒロイン。かたや、美形の転校生。このあと、恋のドラマが始まらないわけもなく、私は地面でホッとしていた。
一口欠けた冷めた食パン。いわゆる、恋の
まだほんの少し肌寒いけれど、私の熱はきっと彼女に届いただろう。私はひとり、騒ぎながら学校へ向かうふたりを見送った。
どこか遠くでカラスの鳴いてる声が聴こえた。
そして、曲がり角にて。 おくとりょう @n8osoeuta
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