第六感ー百合子編ー

Ray


 あの人の車が駐めてあったのは、富士の樹海のとある駐車場だった。

 最悪なデートを最後に行方不明となっていた。

 何か思い悩んでいたことはありませんか、などと警察からは様々な質問をされたが、思い当たる節はない。唯一気がかりだったのは、ホテルで見たであろう幽霊のこと。それに取り憑かれでもしたのだろうかと不意に思いはしたが、そんなことを言っても変人扱いされて終わりだろう。

 両親にはそれを機に初めて会うことができた。俺の両親に会ってもらえないかと言ってもらえることを心待ちにしていた自分がいたが、まさかこんな風に顔を合わせることになるなんて。

 彼の霊能力のことに関してはそこで話をすることができた。両親は息子へ邪険な態度を取っていたことを大変に後悔していた。気持ちをもっと深くわかってやれば良かったと涙しながら。

 それを言うなら私もそうだ。

 もういい加減にして、という目で彼を見た時にはとても悲しそうな顔をしていたことを覚えている。あんなやり取りが最後になってしまうだなんて、悔やんでも悔やみきれない。

 もしかしたら生きた人間よりも幽霊の方が接しやすいなどと心でも許してしまったのだろうかと、そんなことまで想像した。

 生きていれば、どうか無事に戻って来て欲しい。そうしたらまた、やり直せるだろうか……


 私は今、彼の車が発見された駐車場に訪れている。タクシーで別れた翌日の昼頃にはもうここに駐められていたようだった。

 一体何をしにここへ来たのだろう。そして、何処へ消えてしまったのだろう。

 何十人という捜索隊のお世話になりながらも、痕跡さえ掴めなかった。一度入ったら出られないという樹海のおぞましさに身震いが止まない。

 気持ちを落ち着かせようとしたのか身に付けていたダイヤのネックレスを指先で触れた。これは付き合ってから一年が経った時におねだりして貰ったジュエリーだった。

 あの人と出会ったのはその一年前、取引先との飲み会。

 私にずっと視線を向けていたので、戸惑いながらもドキドキした。ただ話しかけてはくれずに帰ってしまったので、余計に気になった。次に会えた時には私のことは覚えていないと言い腹が立った。だが、あのミステリアスな雰囲気に私はすっかり惹かれていたのだ。だから告白をしたのも、私からだった。

 霊的なものが見えることに気づいたのはそれからしばらくしてのこと。彼の誕生日のサプライズ旅行を計画して予約した古い旅館に明らかに怪訝な顔をしたのだ。その理由はそこへ行ってよくわかった。

 頭が痛いと言い始め、その後は肩が重いだの耳鳴りがするだのと言ったので、旅行は敢え無く中止。ふてくされる私に彼はこう打ち明けた。

 俺には霊が見えるんだ、と。

 最初は私の機嫌を取るために笑わそうとでもしているのかと思ったが、どうやら本当らしい。それからもちょくちょくおかしなことが起こっていた。うんざりするほどに。そして初見で私のことを見ていたのも、実は背後に何か見えていたのかもしれないとそこで落胆した。

 だが、それは彼のせいではない。わかってやれなかったことが罪に問われるのならば、私は一番の重罪人となるだろう。


 湿った樹木の香り漂う、鬱蒼と幾重にも重なり合った黒く細長い針葉樹の光景。その入り口と見える場所には案内板が備え付けられていた。

 展望台やキャンプ場、様々なルート別に分かれたハイキングコースなど観光設備があり、樹海の闇の印象を削ごうという気概が見受けられる。

 ただ自殺の名所というどぎついイメージはそれだけで払拭できるようなものではない。霊感など全くない私でさえ既に怖気付いていた。

 ここにひとりで行くと言ったら周りの人に止められもした。あいつが何を考えていたのかはわからないが、男一人でここに来るということはつまり、そういうことだ。だからもう諦めろ、などと何度も説得された。

 だが、そんなに易々と吹っ切ることなどできる筈もない。それは私が最後に接した人間であるからなのか、赤い糸で結ばれた運命の人という信念でもあるからなのか、それとも霊的なインスピレーションなのだろうか。

 ここへ訪れたのだって、何をしようとしているのかさえ、自分にだってわからない。禊のつもりなのかもしれないが、ここに来なければと心の奥底が掻き立てていた。


 私は意を決し、再び首元にあるダイヤに触れ、無事に戻れますようにと願う。


 そして足をそこに、踏み入れた――。

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第六感ー百合子編ー Ray @RayxNarumiya

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