五時間目 数学 : 千田翔馬

 先生。この光景も、この結果も、すべては先生のためなんです。

だってぼくらは、先生の生徒なんだから。

先生のために、従う生徒だけを残しました。

先生のために、従わない生徒は消えました。……それがこの結果です。

どうですか? 先生。嬉しいですか? 

先生。ぼくらは先生のために全て尽くしました。それを否定するのならば、先生はぼくらの先生じゃなくなるんです。

そんなの嫌、ですよね。

だったら、この光景を素直に受け取ってください。

 これはぼくらから先生への卒業祝いです。

先生、おめでとうございます。

卒業、おめでとう……。って。あはは。嬉しいに決まっていますよね。

 だってもうここには先生の言うことを素直に聞く奴隷しかいない。奴隷って言い方悪いですかね。

……そうですね。言うならば、盲信者。

先生はいわば、一宗教の教祖です。そしてぼくらはその信者。

もし、先生が、皆死ね、と指示棒を振るのならばぼくらはそれに従います。だってそれがぼくらの願いなんですから。だってそれが先生が指す願いなんですから。

で、先生の願いはなんですか? ぼくを呼び出したということはなにか聞きたいことがあるって言うことでしょう?

 ……え、宮村亮太が自殺した理由? あー。懐かしいですね。あれはぼくがクラスのために死んでって言ったんです。遺書にも書いてあったでしょ? そしたらクラスのために死ねるなら本望だーとか言って、死にました。

死ぬ瞬間、ぼくは見てました。クラスメイトも見ていました。

遮断機がカンカンと鳴っていて、履き慣らされたスニーカーを脱ぎ線路の上で泣き喚く親友の姿はすごく感慨深かったです。あんなに強がっていた宮村亮太が死ぬ間際になって泣き喚いているんですから。

 元々ぼくは宮村亮太に対して劣等感を抱いていました。ぼくと宮村亮太は小学校からの幼なじみなんです。だから余計目につきました。

宮村亮太には運動も勉強もできて人望もあるし、先生のお気に入りの生徒だったでしょう?

ぼくといったら、運動はできない勉強も人並みで人望はない。

先生にとってはしょうもない人間にしか見えなかったでしょう。

 でもぼくは選ばれたんです。

宮村亮太は死んでぼくは死ななかった。

宮村亮太の死は神格化されるんです。このクラスの安寧のために捧げられた死として。

 だって潰された時はすごく綺麗だったんですから。

バン、という破裂音がしてピンクの脳みそが飛んで、血が噴水のように飛び散る。まるで苺を潰したかのように愛らしく舞う血汁。甘い香りは漂ってきませんでした。全てが血生臭かった。クラスメイトは叫ぶ人も泣く人もいました。周りの人の様子を見てようやく気付いたんです。

 クラスでお調子者だった宮村亮太は死んだんだって。

 ぼくらのために簡単に死んでくれたんだって。

正直言って笑えました。人って簡単に死んじゃうんだなって。

 クラスのために死ぬ? そんなの嘘に決まってるじゃないですか。

ただ単にぼくらのユートピアを作るには宮村亮太が邪魔だったってだけです。

幸いなことに宮村亮太はぼくに信頼を置いてくれてました。死んでくれました。

宮村亮太はぼくらの平和な教室なための礎になったんです。

 あ、机の上に置いてある花の水は毎日取り替えてあげてください。枯れた花はぼくらの教室には合わないから。

 ところで、話は変わるんですが、ぼく、今先生を目指しているんです。

だって、ぼくは先生みたいな先生になることが夢なんですから。

先生と同じ教科の数学を教える教師になろうかなーって。

だってぼく、先生のために数学は良い点数を取っていたでしょう? 

そのたびに先生は褒めてくれました。あの時の喜びをぼくはまだ覚えています。

――千田君は、すごいねぇ。って。

あはは。まぁ、アイツらの先生は、お前じゃないんですけどね。ハハハハハ、知ってましたか? 知ってなかったよね。

 だって、お前はクラスメイトのことを何も見ていないからだ。見ていた? よくそんな口を叩けるな。見ていないんだよ高坂、お前はクラスメイトを誰一人見てなかった。

 高坂なんで宮村が死んだと思う?

いじめ? 家庭環境? 書類にどうやって書いた? 宮村亮太が死んだとき高坂はどう思いましたか? 悲しかった? 悔しかった? その感情は一つたりとも違うんだよ。

嬉しかった、でいいんだよ。

 だってぼくは嬉しかったんだから。

宮村亮太が死んでクラスがどよめくのが嬉しかった。

宮村亮太が死んでぼくらのクラスに興味がない奴らは次第に学校に来なくなった。

宮村亮太が死んでぼくらの教室が完成した。

宮村亮太が死んでぼくがみんなの先生になった。

っていう事の顛末になったこと、高坂は知ってた? どうせ知らないんでしょ? だから高坂は何も見てないんだよ。

 だってこの教室はお前のモノじゃなくなったんだ。

え? 私は先生だからって? ふーん。それなら高坂。答えてください。



問題

[稲垣ひよりは誰に恋をしていた?]

解答

[大江光介]

お前はあの教室でどこを見ていた? 割れたチョークの在り処でも探していたのか?



問題

[山崎椿はどうして部活を辞めた?]

解答

[空白]

問題外。

ねぇ、本当に、お前は、何を見ていたんだ?


……あ。そんなこと言っちゃいけませんね。……うん。それじゃぁ、また明日。先生。


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