二時間目 体育 : 山崎椿

 先生。聞いてください。

部活のことなんですけど、……部活、陸上部で、短距離の方でした。

その、走るのが昔から好きだったんです。

走ると自分が皆より優れているかが一発で分かるから。……でも、それと同時に隣で走ってるやつに追い越されたらすんなりと劣っているっていうことも分かる。

遅いって感じちゃったときは屈辱だとは思いました。

だから誰よりも速く、速く、走りたかった。だから俺はずっと走っていました。

 勉強は努力をいくらか積み重ねていったら、それ相応にトップには詰め寄れます。

だけど、それ以外は才能の問題。

絵も他人を見様見真似で描いていたらある程度評価はされる。

でも結局はそのある程度で終わる。

それは、絵も……、自分がしていた、短距離も、です。

 俺には……、俺は、その。

……才能が、なかったんです。

あ、大丈夫だよーとかそういう同情とか慰めは要りません。だって、自覚はちゃんとしてるんです。

 俺は走るのが好きです。

すごく、すっごく大好きです。

でも、好きからは何も昇華されなかった。好き留まりだったんです。

 だから陸上部の顧問に指さされて怒鳴られるんです。

――お前ってヤツは、向上心が無い! って。

向上心のへったくれもないです。

自分に才能がないんですからこれ以上の高みを望むことが出来ないんです。

いくら好きでも他の人が優れていたらその好きすらも奪い取られて自分は何にもなくなってしまうんです。

才能がないってだけで、自分は才能のあるやつからどんどん遠ざかっていくんです。

あの時は自分が一番速かったのに、どんどん追い抜かされて、今となっては最下位。

その時にはもう絶望もなかった。

才能がないっていう烙印を押し付けられただけなんですから。

 だって、世の中そんなものでしょう? 

いくら努力をしていたとしても、結局は努力よりも才能の方が勝ってる。

努力はいくらでもしました。

でも、でも、俺なんかより怠けてたやつに抜かされました。

才能に負けたんです。

才能に殺されたんです、だって才能がないから。

……だから、走るのを辞めた。

ほら、簡単なことでしょう。

だから、だから、だから……、部活を辞めたことを責めないで下さい。

他の先生なら、お前は逃げた、とでも言うんでしょう。

俺がした選択は逃げじゃないんです。そうですよね……?

 先生は、ちゃんと俺の気持ち分かってくれますよね。

だって、俺は逃げたんじゃないんです、逃げじゃない。

だって、俺は後悔してないから。

だって、これは仕方のない事だった。

だって、俺は卑怯者ではないから。

だって、俺は逃げてはない。

だって、俺はもう限界だったから。

だって、俺がいくら頑張っても才能にあるやつに負けるんだから。

だって、負けてどれだけ練習をしても皆に抜かされていくから。

だって、抜かされた時に走ることが嫌になったから。

だって、嫌になったから足が動かなくなったから。

だって、足が動かなくなったのは落ちこぼれになったから。

だって、落ちこぼれになったのは、才能がないから。

だって、才能がないから……。

だって、俺には才能がないんだから……。

だって、だって、俺は、だって。だって……。

そうでしょう、ねぇ、先生。

うん、って言ってください。先生。ほら、頷いて、俺を、安心させてください。

そうすれば俺は、才能がなかったという理由をちゃんと納得させることができるんです。

 だから、先生。ほら……。先生。

先生は、俺のことを弱いって、最低な人間だと思いますか? 

絶対に、思わないでください、先生。

だって、だって。逃げてない。

俺は逃げてないんです。逃げてない。

仕方なかったことなんです。

俺だって才能さえあれば走り続けました。才能がなかったから仕方なかったんです。

そうですよね? ほら、そうですよね。

あぁ、ありがとうございます、先生。

その一言で俺は生きてていいんだって、思えます。

あぁ、先生のクラスでよかった。

先生は俺の先生だ。

俺は、先生のためなら、なんでもします。

 だから先生、先生……、先生だけは、俺を信じてください……。

こんな俺でも、才能がない俺でも、生きていけるって……。あ、あはは。はははは……。

……本当にすいません、重い話をしてすいません、明日には立ち直ると思います。本当にすいません。

大丈夫です。寝て起きたらまた皆の委員長になっていますから。

聞いてくれただけでも俺は嬉しいです。

それじゃぁ、先生。また明日。さようなら。

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