その名はサウダージ

大黒天半太

その名はサウダージ

 出会いと別れは、人生に人生に付き物である、とは理解している。


 しかし、それが、毎度、毎度、自分の都合でないものに左右され続けるのは、結構つらい。


 そして、それが、毎回今生の別れとなるのは、半身をもがれる想いがするものだ。


 私は、左右田そうだ一治かずはる、政府機関に属する異世界往還者リターナーだ。コードネームは【サウダージ】。

 一つ言っておくが、私が自分で付けたわけではないし、一治の一はカズと読むのであって、長音の横棒じゃない。

 さらに、私の能力と仕事を考えると、駄洒落で付けられるには、あまり気持ちのいい言葉ではない。郷愁、憧憬、思慕、意味を考えると、そして、それに該当する様々な自分の想いを考えれば、切なくて涙が出そうだ。そんな気持ちを、任務の度に味あわされるのだから。


 異世界帰還者リターナーは多くはないが、そんなに珍しいわけでもない。

 歴史を辿れば、迷い込んだ異世界から帰還した者は、浦島太郎や甲賀三郎、リップ・ヴァン・ウィンクルまで枚挙に暇がないし、異世界からきて異世界に帰るのは、かぐや姫やら鶴女房やら葛の葉まで物語の定番でもある。


 だが、異世界帰還者リターナーの中のごく少数の者は、何度でも異世界へ行き、その都度ヨーヨーのように元の世界に戻って来ることができる。私が、そうであるように。

 そうした異世界帰還者リターナーは、政府や巨大利権に囲われ、異世界からの収穫をもたらす者として、その下で働くことになる。


 そうした組織に見つかる前の私は、それが現実であるという認識に乏しかった。子どもの頃から、極短時間の往還をしていたのだろうと思う。家族のいる現実と、そうでない夢か幻の世界。幼い頃、父母や周囲の人に話しても、想像力の豊かな子とか、映画やマンガを見て、現実とフィクションの区別がまだつかないのだとか言われて、話はおしまいになった。


 十五歳の時、初めての本格的な異世界転移を体験する。そのリドア王国の召喚の儀式によって、呼び出された勇者とか言われた。その儀式と私の転移体質の波長が、たまたま合ったのかもしれない。剣と魔法の特訓を受けて、仲間を引き連れ、竜退治をさせられた。異世界で一年を過ごしたある日、突然、地球に戻って来た。地球でも一年経っていて、私は高校受験のタイミングを逃したので、中学の同級生たちの一学年下で高校に入った。正直に異世界のことを話したが、家出中の作り話だと決めつけられた。


 二度目は十七歳の時、再びリドア王国に召喚されたのだが、今回は前回の二百年前の世界だった。剣技も魔法も、ずっと洗練されておらず、今回は二百年後の技術や知識を、私がリドア王国へもたらす存在となり、私は賢者と呼ばれた。

 正直な話、ここで下地をきちんと整備しておかないと、二百年後に召喚される私自身が受けた、勇者としての剣や魔法の特訓のカリキュラムが、成立しない可能性があり、竜退治どころの騒ぎではなくなる。

 私が鍛えた兵士や魔法使いたちは皆、一ランクも二ランクも強さが上がった。リドア王国軍は半年後、山脈を越えて侵攻してきたホブゴブリンとオークの大連合軍と真正面から激突し、圧倒的な勝利を収める。

 異世界から一年後に地球に帰還した時、地球では三日しか経っていなかった。


 この二回目の帰還の際に、異世界の物品を持ち帰っていたので、それを見せたのだが、あっという間に政府の知るところとなり、私は秘密機関に取り込まれた。


 表向きの生活は、普通の高校生、大学生、会社員と続けていたが、裏では異世界との往還の条件の調査や実験の日々だった。


 私の能力は、ヨーヨーというより、バンジージャンプだった。地球に起点となる場所を設定し、召喚される力でそちらへ引っ張られる。召喚した魔力が弱ければすぐ戻ってしまうし、召喚に目的があればそれが達成されると儀式の効果も終了するので戻ることになる。そして、地球側でその起点に作用して、無理矢理私を地球に戻す技術も、異世界からの魔法技術の応用で完成した。


 そこまで、何度も異世界を往復することになったし、その技術が完成してからは、さらに積極的に異世界へ赴くことになった。一度行くと短くて半年、長ければ数年滞在する。その時々の社会になじみ、信頼を得て、地球に有用な技術や物品を持ち帰ることが目的だからだ。人間関係をその都度構築し、地球に帰還する時は一瞬で全てを捨てなければならない。

 尊敬する人、愛する人、信頼してくれた人、そうした人々に別れも告げられないことさえある。


 そして、二十代の頃、何度目かのリドア王国で、私は愛する人を得て、帰還しないことを選択した。

 政府機関にはひた隠しにしていたが、自分で転移する起点を決められることに気づいたのだ。当然、決意と同時に、自らの起点をリドア王国の大地に設定した。

 私は、リドア王国の小さな都市に家を構え、妻と子どもをもうけて家族との生活を選んだ。リドア王にもその都市を領有するアークリッド伯爵にも、過去に召喚された勇者の子孫という説明をして、剣と魔法の腕前を見せ、伯爵家の騎士団の指南役として迎えられた。市井でも学校を開いて、才能のある者に剣と魔法を教え、さらに希望する住民達に読み書きや計算を教えて生活した。


 三十年が経ち、子ども達も成人し、孫も生まれた。子ども達と弟子達の多くは、伯爵の騎士団や王国軍に仕官し、学校もその評判を受けて大きくなった。全ては、順風満帆と言えるかもしれない。


 だが、その三十年は一瞬で奪われた。私は、なぜか、強制帰還させられたのだ。


 私を帰還させようとして失敗した機関は、消去したはずの過去の起点を復元して、私の『救出』を試みたのだ。でなければ、異世界からの収穫を、自分たちが手にすることはできないから。


 彼らは、それに成功した。


 いや、彼らは失敗したのかも知れない。

 

 地球では、私がリドア王国へ転移した日から、まだ一年も経過していなかった。彼らが取り戻したかったのは、まだ二十代の、組織に忠実な地球人で異世界帰還者リターナー・左右田一治だった。しかし、そこに現れたのは、心を強いサウダージで一杯にされた、五十代の、リドア王国でも指折りの剣と魔法の使い手だ。


 私がそれまでに持ち帰った、数多の魔法技術や物品で守られた秘密機関の施設も、今の私には何ほどの物でもない。


 全てを消し去る決意とともに、私は腰の剣を抜いた。

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