こんにちは。さようなら。いつかまた、

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死者との出逢い、そして二度目の別れ


「あああっ、上手い文章が出て来ねぇ!!」


連載をしている小説の続きを書こうとパソコンの前に座り、すでに二時間が経過した。


しかしながら画面に表示されているのはなんとビックリ、僅か三行だけ。



「女心なんて、俺にゃ分っかんねーっつーの!!」


つらい仕事から逃避するために書き始めた、恋愛小説。


ガラにもなく切ない恋愛ジャンルなんて選んじまったせいで、俺のキャパシティー不足が露呈してしまっている。



その結果が、画面のコレである。


書いては消し、書いては消してを繰り返してようやく出せたのが、たった三行ぽっちだ。


別れたカップルが再会したのだが、その後のシチュエーションがどうも気に入らない。



ありきたりすぎる。


それでいて、リアリティがない。


脳内の仮想編集者が、こんな駄文なんか世に出せるわけがねぇと叫ぶ。



「ちきしょー!! 俺には才能がねぇのかよぉおお!!」


あぁ、執筆が“また”詰まっちまった。


予定更新時間である21時は、もう間近に迫っている。

更新が滞っちまったら、大して多くもない読者が余計に減っちまう。


手癖で後頭部をワシャワシャと掻きむしり、マグカップの底にうっすらと残っていたコーヒーの水溜まりをグイッと飲み干す。


舌に残る濃縮された人工甘味料の甘さが、なんとも気持ち悪い……。



「チッ。気分転換だ、気分転換」


ったく、嫌になるぜ。


気分転換に始めた創作活動でストレス溜めてんじゃ本末転倒だっつぅの。



パソコンのキーボードの隣りに置いてあったスマホを手に取った。


ツイッターを眺め、周りの創作仲間の近況を見る。


書籍化、重版、受賞……うへぇ、有能な奴らばっかり溢れてやがる。


みんな、俺を置いて遠い所へ行っちまったな……。



「……ん、訃報ふほうか」


とても人には言えないような、嫉妬の呪詛を心中で吐き出しながらタイムラインを眺めていると、一つのツイートが目に付いた。



「書籍化作家が病死か。脳梗塞……あぁ、作家病ってやつだよなァ」


俺みたいな趣味でやってるシロウトでも、こうして長い時間をイスに座っていると、フッと意識が遠くなることがある。


座りっぱなしのせいで血流が悪くなって、心臓やら脳で血の塊が詰まるそうだ。


これを……エコノミーなんちゃらって言うのか?


作家って生き物は、コレに掛かりやすいってのを誰かが言ってた気がするな。



この人が専業だか副業でやっていたのかは知らないが、書籍化まで行ってるんなら……どんな生活をしていたかは何となく予想も付く。



「はぁ~、マジかよ。俺と同い年じゃねーか」


遺族が代理で投稿したんだろう。


その訃報には、故人の最期や作品の今後についてが書かれていた。


読者に対する感謝なんかもつらつらと書いてあるのだが、その中に死んだ作家の享年があった。



「はぁ、三十代って若すぎるだろうが……ん? この作家、俺のことフォローしてんじゃん。たしか、こっちはしてなかったと思うんだが……」


ちょっと気になってソイツのプロフィールを覗いてみると、『フォローされています』との文字が表示されていた。


どういうわけか、以前に俺と繋がりがあったようだ。



しかし俺がプロをフォローするならまだしも、逆っていうのは珍しい。


フォロワーの数なんて、俺と比べたら向こうの方が倍近く上なんだけどな。



向こうのフォロー数は百ちょっと。


無差別にフォローしているわけでもなさそうだ。



「なんでだろう。ちょっと理由が気になるな」


何か共通の話題でもあったのか?


それとも、記憶にないだけでどこかで会話でもしていたんだろうか。



「っつっても、向こうのペンネームにも、アイコンにも見覚えはないんだよな……」


今度は検索をしてみるが、俺とリプライのやりとりをした形跡も見当たらない。


自分のフォロワーの一覧を見てみると、俺をフォローしたのは俺が作品の投稿を始める前からだった。



「……駄目だ、全然分からん」


直接本人に聞きたくても、死んじまっているんだからそうもいかない。


増々、その作家の謎が深まっていく。


この作家はどうして俺をフォローした?



いや、分かってる。


死んだ人間のことを、ここまで執着するべきじゃないだろう。


さっさとスマホを置いて、執筆に戻るべきだ。


だが心のどこかで、何かが引っ掛かっている。



「あれ? “いいね”はされていたのか」


最後の望みをかけて、彼女のアカウントにある“いいねの項目”を眺めていたら、そこに俺のツイートがいくつかあることに気が付いた。


どうやらこの作家、俺とは直接会話はせずに、ある特定のツイートばかりに反応をしていたようなのだ。



「猫……? ぜんぶ猫のツイートだ。猫が好きだったのか?」


俺は自分の家で飼っている愛猫の画像を、ちょくちょく投稿することがあった。


コイツは当時付き合っていた彼女と一緒にペットショップで選んだ、大事な俺の相棒だ。




以前働いていた職場で付き合っていた、同い年の彼女。


俺より仕事ができて、上司からも気に入られているちょっとムカつく女。



アイツ、俺が仕事で失敗してこんな仕事辞めてやると言った時は『このまま私たちが結婚するとしたら、その方が良いかもね』とあっけらかんと言いやがった。


良い意味でも悪い意味でも、裏表のない、良い奴だった。



結局俺の転職が上手くいかず、喧嘩ばかりになって別れちまったけど。


最後に会った時は、俺よりも、猫と会えなくなるのが寂しいとか言ってやがったっけ。



それからは居なくなってしまった彼女の代わりに、精一杯の愛情をこの猫に注いできた。


今も俺の隣りでスヤスヤと眠っている。


アイツとは違って、大人しくて美人の良いオンナだ。



「さて、そんな愛猫のツイートにくだんの作家が見ていたってことは、猫を見たくてフォローをしていたのか……?」


俺が投稿するくだらないツイートは殆ど反応されることは無い。


だがやはりモフモフは正義なのか、この時だけはかなり多くの“いいね”を貰っていた。


フォロー外からも反応を貰っていたから、この作家の“いいね”はその他大勢に埋もれて気が付かなかったんだな。



「……そういや俺が小説を書くようになったのって、元カノの影響だったんだよな」


休日はいつも書店に行って、お気に入りの作家の本を買っては『読むのが楽しみ。これで仕事も頑張れる』とか笑っていたっけ。


その度に俺は、くだらない嫉妬心を出して拗ねてたんだよな。


そうしたら彼女から一冊の本を渡されて、仕方なく俺は読み始めて……見事にハマった。


それがアイツと別れた後に、自分でも書くようになっちまったんだから笑っちまうよな。



あぁ、そうだ。思い出した。


この死んだ作家も、元カノが好きだった作品と同じジャンルを書いていた。


ダサかった元カレが、見違える程の良い男になって求婚してくるラブコメディ。



亡くなる数日前に会うのが楽しみと呟いていた推しの先輩作家の名前も……見覚えがある。



「いや、そんなまさか……な」


口ではそう言いながら俺の手はスマホに伸び、共通の友人に久しぶりに連絡を取った。





――結果的に言えば、その死んだ作家は俺の元カノだった。


アイツ、酒ばっか飲んでいる俺に『健康に気を付けなよ』とか口煩く言っていた癖に、俺より先に死んじまった。



「馬鹿だよ、お前は……俺も……」



どうせお前のことだから、仕事のストレス発散に執筆を始めたんだろう?


書籍化して、推しと同じ舞台に立てて喜んでいたんだろう?



「死んじまったら、続きが書けねぇじゃねぇかよ……」



もう忘れかけていたアイツとの思い出が、雫となってボロボロと溢れ出す。


俺は滲むディスプレイに向かって、ひたすらに四行目を書き始めた。



今度は俺が書籍化して……


良い男になって……


それで――

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