さようなら

瀬川

さようなら






 今日でお別れ。

 そう思うと、悲しさを通り越して感慨深いものがあった。


 最初は一目惚れからだった。

 内覧で来た時に、隣の部屋から出てきた姿を見つけて心が高鳴った。


「ここにします!」


 まだ部屋を見る前にそう言ってしまったから、不動産の人を困らせたし、あいつには笑われた。


「よろしくな、可愛いお隣さん」


 ニヒルに笑ってきたから、照れ隠しで強めに殴った。でも軽く交わされて、どうしようもない気持ちが吐き出せずに溜まる。



 それからは大事な思い出が、少しづつ増えていった。

 最初はただの隣人、そこから知り合い、友人、恋人に昇格するまでは長い時間がかかった。

 無理だと諦めたこともあったから、告白を承諾された時は、大号泣してしまったほどだ。


 あいつは笑っていたけど、その顔がいつもより赤かったのをはっきりと覚えている。



 恋人になってから、俺達の関係には甘いものが加わった。

 ずっとこのまま。二人ともそう思っていたかもしれない。



 でもそれは先週、あいつの言葉で変わった。

 ずっと我慢していたらしい。そしてとうとう我慢出来なくなって、ついに言うことに決めたと眉間にしわを寄せていた。


 俺は頭が真っ白になって、そして涙がこぼれた。

 ああ、そうか。お別れしなきゃいけないのか。

 悲しかった。でも俺も心のどこかで、同じことを思っていた。だから言葉を受け入れた。



 期限は一週間。

 それまでに無心になって準備をした。大変だったけど、これからのためだと思って頑張った。



 そして一週間が経ち、全ての終わらせた。



「今までありがとう……さよなら」



 涙で視界がにじみながらも、お別れの言葉を伝えた。返事はない。それで良かった。










「おい。そろそろ行くぞ」


 最後のお別れをしていた時、玄関の扉を開けてあいつが入ってきた。


「何泣いてるんだよ」


 そう言いながらも、俺の気持ちを察して体を引き寄せて抱きしめられる。


「色々なことを思い出したら、なんか涙が出た」


「これから幸せになるんだから、もっと楽しそうにしろって」


「ははっ、そうだな。……それじゃあ、行こうか」


 あいつと共に、俺は部屋を出る。

 今日でこの部屋ともお別れだ。一人で住むには十分でも、それ以上となると手狭だったからだ。


 これから二人で住む場所に向かう。

 あいつの言う通り、幸せになるために。


「ありがとう」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さようなら 瀬川 @segawa08

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説