メビウスキッズ
サムライ・ビジョン
はじめまして、さようなら。
僕は気がつくと真っ白な空間にいた。
夏の日差しにやられたのか、一瞬だけフラッとして、固く目を閉ざして…
その片時のうちにも景色が変わった。
「どこだここ…夢?」
地面も空も真っ白で、地平線がかろうじて見える程度だ。
「…あれ?」
またしても気がつくと、僕の服は赤いTシャツになっていた。
まったく意味が分からない…困り果ててあたりを見渡してみる。
「なんだあれ?」
遠くの方に、幅1mほどの赤い線が見えた。
赤いTシャツと同じような赤。
その赤い線は僕から見て横に引かれており、左右どちらを見ても果てしない。
僕は目印となるようにハンカチを置いて…
まずは左の方向へ歩いてみた。
遠い。とにかく遠い。…いや、厳密にいえば「遠くは」ないのかもしれない。
近い遠いというのは、目的地があって初めて成り立つ感覚だ。
この線の先に何もないのなら、遠近を確かめる土俵にすら立てていないことになる。
それでも僕は歩き続けた。この白い空間にいるとどれだけ歩いても疲れないし、そのうえ暑さも寒さも感じない。
ハンカチがもう見えなくなるほどまで遠のいた頃、視界の端っこに…
僕から見て地平線の左側に人影が見えた。
僕は走った。赤い線の上を走って、あることに気がついた。
その人は女性で、青いTシャツを着ている。
そして…
僕の赤い線と、彼女のたどる青い線が、交差している。
僕はその交差点で彼女を待った。
彼女はというと、僕と同じく知らない場所でひとりになった心細さからか、小走りでこちらへ近づいてきた。
「は、はじめまして…あの、あなたも僕と同じで、いきなりこの場所に来たんですか?」
彼女は僕と同い年くらいだった。
「はい…気がついたらここにいて、服装も変わって…それから青い線を見つけたんです」
まったく同じ状況下だった。
「疲れないしお腹も空かないけど…こんな場所に長くはいたくないですよね」
「私もです。…あの、気づきましたか?」
「何がですか?」
「私…青い線から出られないみたいなんです」
僕は驚いて、赤い線から出られるか試した。
「本当だ…僕も出られません!」
何もない空間とはいえ、行動できる範囲が狭まると不安になった。
「…あの、後ろを向いててもらえますか?」
「え?」
彼女は唐突にそう言った。青いTシャツに手をかけて…まさか!?
僕は思わず顔を逸らした。そこからしばし時間が経ち…
「…見てください」
おそるおそる視線を送ると、そこにはキャミソール姿の彼女と…
忽然と姿を消した青い線。
「線がなくなってる!?」
彼女を見ると、意味深に頷いた。
上半身だけとはいえ異性の前では少し恥ずかしかったが、僕も赤いTシャツを脱いだ。
「消えた…僕のも消えましたよ!」
「消えたのは線だけじゃないみたいですよ」
彼女はそう言ったが理解できなかった。
しかし、僕はその意味をすぐに理解することになった。
「あれ…元に戻ってません!?」
白い空間にはやがてヒビが入り、上の方から崩れていった。青い空が、見える。
「このへんって、神社…ありましたよね?」
僕は青い空を見て、身近にある赤いものを思い出した。
「…ごめんなさい。私はこの街には来たばかりだから…」
白い空間が崩れ、僕がもといた住宅街の景色も見えはじめる。
彼女もまた、もといた場所に戻っているのだろう。そのまま遠くへ移動している。
「大丈夫です! 一番有名な! 神社ですから! すぐに分かります! そこで! また会いましょう!」
彼女は耳に手をかざして僕の話を聞いてくれた。彼女がなんと言ったのかは分からなかったが…頷いていた。
「…戻ったか」
僕は白い空間に来る前の服装に戻っており、目印にしたハンカチもポケットにある。
こうしてはいられない。
僕はあやふやな口約束を交わしたのだ。
彼女はこうしているうちにも、待ち合わせの場所まで向かっているかもしれない。
メビウスキッズ サムライ・ビジョン @Samurai_Vision
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