また会う日まで

髙橋

1

「ほんとうに久しぶりだよな」


俺はそう言い、ジョッキをぐいとかたむけ生ビールを一気に飲み干した。


「もう20年になるか、大学を卒業して以来だもんなぁ」


友人はそう言うと焼酎の入ったロックグラスに浮いている氷を指でつついた。

それを見て俺はふふっと笑い


「おまえのそのグラスの氷をつつく癖も大学時代から変わってないな」


そう言うと彼もまた笑い、



「君こそ、酒の好み変わってないよな。ビールばっかり飲んで痛風とか大丈夫なのか?」


「嫌なこと思い出させるなよ、まったく」


前回の健康診断の尿酸値が俺の頭の中を駆け巡ったが、今日ばかりは見て見ぬ振りをすることにした。


「二十年も経つと、だいぶ変わるよなぁ。体もそこかしこにガタが出てくるし」


「そうだよなぁ」


彼はそう言いつつも見る限り、見た目は大学時代とあまり変わってない。

まったく。体重が15キロも増えて、尿酸値やら血糖値にビクビクしながら酒を飲んでいるのは俺だけのようだ。


 そんな話をしていると、目の前に焼き鳥の盛り合わせが運ばれてきた。


「おっ!きたきた。酒のお供にはやっぱりこれだよな」


彼と俺は大学時代に山岳部に所属しており、お互いすぐに馬が合った。

次に登る山についての打ち合わせ、という名目でしょっちゅう飲みに行ってはいろいろと話し込んだものだ。

そんな飲みの席のつまみは必ず、焼き鳥と相場が決まっていた。

どこの部位が好きだとか、通ぶりたいところだが当時の私達には正直どうでもよかった。

ムネだとかモモだとか砂肝だとかは気にせず、とりあえずテーブルに来たらすぐに食べ尽くしてしまっていた。

どんな部位の肉だろうとタレと塩の味付けをしてしまえば、おいしく食べられたし、酒もすすんだ。

だから俺達の飲み会といえば、焼き鳥は欠くことのできない必須アイテムだった。


 久しぶりに会った友人と酒を酌み交わし、焼き鳥をつまみながら話しつつも俺は話をいつ切り出そうか迷っていた。

そして思い切って、口を開いた。


「なぁ、ずっと気になってたんだが・・・おまえいったい今までどこにいたんだ?」


そう尋ねると彼はグラスの氷をつつく手をピタリと止めた。俺は続けて


「おまえ大学卒業してすぐ、音信不通になっちまっただろ?俺ずいぶん探したんだぜ」


彼は黙って聞いている。


「心配したよ。ご両親はもう亡くなってるって聞いてたから、連絡の取りようがなくてさ。

なんか事件にでも巻き込まれたんじゃないかって思ったよ。実際は何してたんだ?」


俺がそう言うと彼は


「連絡つかないのも当然だろう」


そう言いながら俺の目をじっと見つめ


「私はもう死んでいたからね」



 彼はそう言うと、焼酎を一口飲んだ。

俺は正直驚いた。彼はあまりこんな冗談を言うタイプではなかった。なので笑いながら


「やっぱりおまえもだいぶ変わったよな。拍子抜けにそんな冗談を言うなんて」


俺が笑い飛ばそうとすると、


「やっぱりにわかには信じられないか?」


と彼はいたって真面目な顔で話している。


「いや、まぁ・・・いきなり死んでたって言われてもなぁ。おまえまさか変な宗教にでもはまったのか?」


俺の言葉を聞き、彼はテーブルを人差し指で二回叩いた。


「それなら聞くけど、この焼き鳥店にいつ来たのか覚えてるか?

君と私ででいつから飲みだしたか、始まりを覚えているか?」


 私はハッと息を飲んだ。覚えていない。何も。

俺はいつこの店に入ったんだ?彼といつから酒を飲んでいる?

分からない。気付いたらいつの間にか彼と酒を飲んでいた。

あり得ない。酒は飲んだが、まだほろ酔い程度だ。記憶をなくすほどじゃない。ましてや20年ぶりに友人と再会したというのに。

‥‥再会?

俺はいつ彼と再会したんだ?

それすらも覚えていないなんて絶対におかしい。


 絶句していると、彼は口を開き


「気付いたようだね、ここはね。死んだ人と、生きている人が会える場所なんだ。それももう終わりに近いみたいだ」


俺が顔を上げると


「さぁ、そろそろ閉店だ。久しぶりに君に会えて本当によかったよ」


彼はそう言うと立ち上がり、くるりと振り返り歩いて行った。


俺は声が出なかった。しかし何か言わなければと一言しぼりだした。


「なぁ、また会えるよな?」


そう言うと彼は顔を俺の方に向け、


「今度会ったら天国の話を聞かせるよ。そん時はまた一杯飲もうな」


 そういうと友人は光の中へ消えていった。

気が付くと、俺は一人で夜の中にいた。


 俺はまるで狐につままれたようだった。呆然としながら今まであったことを必死に思い出す。

夢でも見ていたのだろうか。

いや、そんなことない。意識ははっきりしてるし、眠っていたわけではない。

 そう思いながら店を振り返ると、そこには何もなくただ空き地が広がっていた。

後で調べて分かったことだが、俺たちがよく行っていたあの焼き鳥店は何年も前に閉店し、建物も取り壊されたそうだ。


「やっぱり夢だったのかな・・・」


俺はそう思いながら家に向かって歩き始めた。


 家に着いて、リビングのソファにどっかりと座った。

頭の中は先ほどの出来事でいっぱいだ。


 さっきまでのあれが本当にあった出来事だったのなら彼は、いったい何を伝えたかったのだろうか。

何の気もなしにテレビをつけた。夜のニュース番組が流れてくる。

特に見ているわけでもなくボーッとテレビを眺めていたが、アナウンサーの一言で一気に頭がクリアとなった。


「昨日、〇〇山の山道脇の崖下で男性の遺体が発見されました。男性の名前は・・」


次の瞬間、友人の名前がアナウンサーの聞き取りやすい声ではっきりと読み上げられた。

 

 俺は心臓が口から飛び出るかと思った。あわてて体を起こし、食い入るようにニュースを見る。


「△△さんの遺体は、ほぼ白骨化しており、持ち物から身元が特定されました。警察は事故と事件の両方の可能性を~」


そこまで聞いて、ようやく彼が何をしたかったのか分かった。


「そうか・・あいつ最後に挨拶に」


 また彼と会えるだろうか。

そのときはまた焼き鳥をつまみに酒を酌み交わしたい。

俺はそう思いながら上を向いて涙が垂れないようにした。

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また会う日まで 髙橋 @takahash1

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