エレノアが見た夢
瑠璃光院 秀和
第1章 泥だらけのエスケーパー
その日の夜も更けた時、幾万ものダイヤモンドに七色のレーザー光線を照射したような、鮮やかな眩い光に包まれて俺は気を失っていた。
俺が意識を取り戻して迎えたファイナルウォー以来最悪の朝は、湿り切って暗い洞窟の中だった。
前方のかなり先に洞窟の入り口らしい明かりが見えた。
俺は立ち上がると、ふらふらとその入り口に向かって歩き始めた。
入り口に近づくと、太陽の光が自分自身の身なりを映した。
コットンの長袖シャツの上にレザーベスト、上着は防水加工された亜麻色のフード付きジャンパー、ボトムはまるで20世紀の戦闘服の様な大きなポケットが付属した迷彩柄のズボン。
幾つかのホルダーが装着された幅広のベルトを締めていた。
履物は、これも前世紀の陸上部隊戦士が履きそうな何の変哲もない粗雑なブーツ。
頭にはダークブラウンのニット帽を被っていた。
どう見ても、栄光のサンミッシェル専属防衛隊の隊員には全く似つかわしくない服装だった。
俺は腰のベルトにホールドされていた、小型の薄い通信機風の器具を手に取った。
表の面にはアナログの時計とコンパスが埋め込まれており、スイッチを押すと前方側面から光が出て辺りを明るく照らした。
前方片側の側面にはレンズの様な穴があって、そから覗くと景色が拡大されて見る事が出来た。
裏の面はソーラーパネルに成っており、動力源は太陽光だった、
多機能のフラッシュライト、即ち懐中電灯とでも呼ぶべきか?
何れにしても、それはレトルト感が溢れるアウトドア用品に違いなかった。
だが、肝心の通信機能は多分有してはいない。
これはきっと、誰かが仕組んだ悪質な「サバイバルゲーム」だと俺は直感した。
一刻も早く洞窟の入り口から外に出たい衝動に駆られたが、目覚めた時、近くに乗り物の様な物体が薄っすらと見えた事を思い出して俺はフラッシュライトの灯りを頼りに元の場所まで戻った。
そこには、歴史書の写真で見覚えがあるリヤカーらしい物体が目に映った。
リヤカーとは、俺の故郷「今は無き日本」を中心にアジア全域で荷物の運搬に使われた20世紀に於ける手押し車の事だ。
その幌付きのリヤカーには、ひとつの大きなバックパックと幾つかの袋が載せられていた。
バックパックには毛布、乾燥パンや缶詰めの食糧品類、それにペットボトルに入った飲料水が6本。
袋の方は、小型のテント用品一式、加熱して食事を摂る為の器具が一式と相当大き目な寝袋がひとつと丈夫そうなナイフが1本入っていた。
そして驚いた事は、昔懐かしい「グロック17自動式拳銃」が予備の弾倉17発とセットで袋に入っていた事だ。
「グロッグ17」は、これも今は無きオーストラリアに本社を置くグロッグ社が開発、発売したその名の通り「複列弾倉装弾によって17連発」が可能な拳銃だ。
基本的には護身用だがそれなりの殺傷力も有し、何より17連発が魅力的なハンドガンである。
しかし、これが支給されていると云う事は洞窟の外には何者かから襲撃を受けたりして「生命に危険が及ぶ」状況が存在すると云う事なのだろう。
俺は軍人なのでその名前は知っていたが、流石に前世紀の骨董品的拳銃を撃った経験はなかった。
俺は実際に弾丸が発射されるのか、そしてその威力はどの位かを知るべく直ぐにでも試し撃ちを行いたかったが、限りある貴重な弾丸なので食料が枯渇してウサギ等の小動物を射止めざるを得ない状況に陥るまで試射を我慢する事にした。
そしてそのリヤカーの荷台には地球共通語、即ち英語がベースになっている言語でこう書かれた紙が貼り付けられていた。
「このエリアの出口を見つけて脱出せよ!銀、金、虹色の鉱物か植物の花、又はキノコ類を採取してそれを極楽鳥に渡せ!種類には極端な制限が有るものの生き延びる為に必要な最低限の物資を手にする事が出来るだろう。尚、その鳥は言語を解するので念の為!」
やはり、これは気が滅入る程のレトロな世界観に基づく誰かが仕掛けた洒落に成らない「サバイバルゲーム」、正確には「脱出ゲーム」だったのだ!
だが、そもそも極楽鳥なんて存在するのか?
増してや地球人類の言語を理解するなど!
極楽鳥に限らず全ての鳥類は、しかも特に成鳥は全て「先のファイナルウォー」で死滅している筈だった。
本当は、馬鹿げている!と怒鳴りたい気分だったのだが、怒鳴っても状況に変化は無くただ疲労感が増すだけなので俺はこの件に関して考える事を放棄した。
一通り支給品を確認すると、俺は更に洞窟の奥の方を調べてみる事にした。
暫くすると洞窟が行き止まる場所に着いた。
そこには銀色に輝く拳ほどの大きさのガラス質鉱物が5個、古代の冒険者が置き忘れたかのように眠っていた。
これが鳥に渡すブツか?
これを極楽鳥に渡して支給品を手に入れる事を学習しろ!と云う事らしい。
これじゃ、まるで安っぽいRPGゲームのチュートリアルだな!
俺は思わず苦笑した。
荷車を引き摺りながら俺は洞窟の外に出た。
「此処は一体?」
俺は驚きを隠せなかった。
高々と茂った樹木たちが溢れる大森林が行く手を遮っていたからだ。
空が曇っている事にも驚いた。
3年前に起こったファイナルウォーを生き残った地球人類は、現在、全員がサンミッシェルの巨大地下シェルターで生活している。
地上で人類が生息可能な場所は、これもサンミッシェルの巨大ドームの中だけの筈だ。
その巨大ドームは、将来に於いて人類が月と火星に移住出来るかを調査する為、試験的にキャンプで生活していた人々がファイナルウォー後に地球に戻って建設した物だ。
地下シェルターに備蓄されている莫大な食料もやがて枯渇する為、ドームの中で放射能に汚染されていない野菜や穀物の栽培が行われ始めている。
また樹木も、大気の清浄化や生物の多様性を促進させる目的で植林されいるが、漸く苗木に育った段階でそれが森林を形成するまでに何年の月日を要するか見当もつかない。
ドーム内の植物に水分を与える為にドローン機が水滴を落とす事は良く見かけるし、大量の水蒸気を放出させる事も有るが、とても天井全体が曇り空に成るような量では無い。
「それでは此処は一体何処?」
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